女神教の来訪5
「おい、この小娘を牢にぶち込め!」
「大神官様、それは……。領主様のお身内に、そんなことをしては!」
大神官に指示をされた従神官たちがギョッとする。
さすがにそのあたりの商人と領主の妹を同じ扱いにはできないらしい。
「神官様、それはご容赦を!」
シルヴェストル様も顔を青くし、大神官を止めようとする。
リンカ嬢はまったく怯みもせず、キッと大神官を睨みつけたままだ。……可愛らしい見目なのに、いい根性をしている。
「ええい、逆らうのか! そのような不信心者たちには聖女様の恵みは降りて来ぬぞ!」
そんな従神官やシルヴェストル様に、大神官が一喝する。
――おいおい、そんなわけないでしょ。
思わず胸の内で、ツッコんでしまう。
聖女の力ってあくまで『空気清浄機』みたいなものでしょう?
その場の空気を綺麗にするだけで『意地悪で誰かに恩恵を与えない』、なんて細かい選別ができるものではないと思うんだけど。
だけどその実情を知っている人々が……どれだけ居るのか。
従神官は顔色を変えて我先にとリンカ嬢に手を伸ばそうとし、シルヴェストル様は壁に掛けてあった剣を手にしてその間に立ち塞がる。
武器を持った人間が間に入ったことで従神官たちは下手に手出しができず……その場は膠着状態となった。
「ランフォスさん。私、なにかできませんかね?」
「ん、なにかって?」
小声でランフォスさんに訊ねると彼は小首を傾げる。
「こう、聖女パンチみたいな。やつらを追い払えるような強めの技とか無いんですかね」
博識っぽいランフォスさんなら知らないかなぁと、ダメ元で訊いてみる。すると彼は苦笑いをした。
「そういう話は聞かないねぇ。ほら、戦闘はどっちかというと聖獣の役目というか」
「あーですよねぇ。聖女がマッシヴであれば、護り手は必要ないですもんね」
なるほど、と納得する。ということは、私にはやれることがないのかな。
しかしこの状況を放置するのもなぁ……
「女神様~。人々の信心を利用してお金をせしめようとする輩がいるんですよ!? もっとなにか、ないんですか!」
冗談のつもりで女神様に乞いながら、扉の隙間から手を差し入れ大神官に『ハッ!』と気合を打ち込む。
そう。こんなの冗談のつもりだったのだ。
「え……!」
手のひらが淡く発光し、それはすぐに強い光になる。そして一筋の矢のような光が放たれた。
それは大神官の胸を激しく打ち、彼はその場に倒れ伏した。
室内は騒然となり、光が発せられた扉の方へと目が向けられる。
そこには当然……呆然とした私と、ランフォスさんが居るわけで。
「は……え? ランフォスさん、なんか出ちゃったんですけど!? 話が違いますよ!」
「そうだね、なんか出たねぇ。いやぁ、出るもんだね。すごい、ニーナちゃん!」
「呑気に褒めてる場合じゃないですよね!?」
「そこの女! 大神官様に危害を加えおって! むっ、その男も怪しい見た目をしているな!」
従神官たちがいきり立ち、突然の出来事に対応しきれていないのか、シルヴェストル様とリンカ嬢はぽかんと口を開けてこちらを見ている。
そうですよね。王家と権威を二分するような『女神教』の神官に、いきなり魔法を打ち込むような人間なんてこの世界にはあまり居ないのだろう。
ランフォスさんが私を庇うように前に立ち、すらりと腰の剣を抜いて正眼に構える。
「いけません、ランフォス様!」
そんなランフォスさんを制止しようと声を上げたのは、シルヴェストル様だった。
「その女がやったのでしょう!? ならばその女を差し出して終わりにすればいい!」
「いや~そういうわけにもいかなくて。ニーナちゃんは俺の命の恩人だしねぇ。そんな彼女を守るって誓いを立てたんだ」
「ランフォス様……!」
私にとっては恐ろしいことを提案したシルヴェストル様は、ランフォスさんの言葉を聞いて眉尻を下げる。
その時――倒れ伏していた大神官がむくりと起き上がった。
「大神官様! ご無事ですか!?」
「あの者たちは今捕らえますゆえ!!」
従神官たちがよろよろと起き上がる大神官に駆け寄り、その身を起こす。
大神官はじっとこちらを見て――ふるふると頭を振った。