女神教の来訪1
「では、行ってきますね!」
翌朝。
キールは元気に言うと『盗賊退治』というあまり洒落にならない任務へと出かけて行った。
昨夜作ったお弁当を大事に抱えて出かけるその姿は、まるでピクニックに行くみたいだったな。
屋敷の門前で遠くなる背中を見えなくなるまで見送っていると、大きな手がぽんと頭に置かれる。
見上げると、そこにはランフォスさんが居た。
「心配しなくても大丈夫だから。キールさんは、ニーナちゃんが思ってる何百倍も強いよ」
「そうですね……それはわかってるんですけど」
『聖獣』は、女神が恩恵を与える『聖女』の護り手なのだ。
キールは私の想像の範囲を軽く越えて、いろいろなことができるんだろう。
だけど心配なものは、心配なんだよなぁ。
顔を曇らせていると、ランフォスさんが私の前に跪く。そしてそっと手を取られた。
「姫、今日の護り手はこの私めです。信じて身を任せては頂けませんか?」
ランフォスさんはそう囁くと、手の甲にそっと口づける。
……こういうキザなことが、本当に似合う人だなぁ。うう、恥ずかしいな。
だけど。これはきっと、私を元気づけようとしてくれているのだろう。
「じゃあ、守ってもらいましょうかね。まずは朝食の席まで!」
「わかりました、姫」
ランフォスさんは私の手を引くと、食堂へと連れて行く。
「……なぜ、ランフォス様にエスコートをさせているんだ」
すると、先に来ていたシルヴェストル様に苦い顔の見本のような顔をされた。
「俺はニーナちゃんの騎士だからね。エスコートをするのは当然のことだよ」
「まぁ! 素敵な騎士様が居て羨ましいですわ!」
リンカ嬢からは明るい声が上がる。そんな妹君にもシルヴェストル様は苦い顔を向けた。
……このご当主も、笑ったりするのかな。それはなかなか想像がつかないことだ。
「……もう一人はどうしたんだ?」
シルヴェストル様はキールが居ないことに気づき、少し眉を顰める。
「キールには買い物をお願いしていて。もしかすると今日一日家を空けるかもしれません」
「ふん、そうか」
自分から訊いたくせに会話を素っ気なく打ち切ると、シルヴェストル様はグラスに入った水を口にした。
「さぁ、どうぞ。ニーナちゃん」
ランフォスさんはそっと椅子を引いてくれる。そんなことをされたことがない私は、緊張しながら椅子に腰を下ろした。これは案外目測が付けづらいな。……私は高級なレストランなどには、行ったことがないのだ。
朝食はパンとコンソメのスープ。そして香ばしく焼いた厚切りのベーコンのサラダだった。
――美味しい。
だけどやっぱり量が足りない気がする。
ランフォスさんはそんな私の気持ちを見透かしたらしく「部屋に戻ったらデザートがあるからね」と、こっそり耳元で囁いた。
「本日は昼に神官様がいらっしゃるので。その時間は必ずお部屋に居てください」
シルヴェストル様はそう言うと――ランフォスさんに目を向けた。
「んー。できるだけそうするよ」
ランフォスさんはそう言うとへらりと笑う。そしてパンを頬張った。
どうして、ランフォスさんに釘を刺すんだろう。
『女神教』の神官はこの世界での権力者だ。だから得体の知れない旅人である私が釘を刺されるならまだわかるんだけど……
『貴族』の身であるランフォスさんは顔を合わせても支障がないんじゃないの?
そんなことを考えていると、シルヴェストル様と目が合ってしまう。
「……貴女もだ。部屋に居るんだぞ」
そしてぶっすりと釘を刺された。
『神官様』には興味がないし、いいんだけどね。別に。