聖獣とデート4
「キール、これ! たくさん欲しい!」
「わかりました、ニーナ様」
キールはハキハキと返事をすると、棚にあるカレー粉をすべて確保する勢いで買い物かごに入れていく。さすがにそれは、買いすぎなんじゃと思いつつもカレー粉ならいくらあってもいいような気がしてくる。
この魔法の粉が無くなってから嘆いても遅いのだ。うん。キール、買い占めて!
「おいおい、そんなに買うのかい」
店主が呆れたように声をかけてくる。するとキールは満面の笑みを浮かべた。
「ニーナ様がご所望なので! さぁ、ご主人。カレー粉に合う食材を出すのです」
「カレー粉にはなんでも合うけどよぉ。これなんかどうだ?」
そう言って店主が差し出したのは、鯖に似た魚だった。
鯖……カレー粉……鯖カレー!
そんな連想が頭を過ぎる。
鯖カレーはたまに実家で出たメニューだ。鯖缶、トマトホール、じゃがいも、玉ねぎ。それらを炒めてからふつうのカレーみたいに煮て、ルウを入れるだけ。鯖がほろほろと崩れて、とても美味しかったんだよなぁ。
お母さんが作ってくれていたのは水煮缶でだったけれど、生の鯖でも美味しいのかな。キールの腕なら、お願いしたら美味しいものが出てくるのだろうけど。
「ああ、バルサですか。これにカレー粉をつけて焼くと美味しいんですよね」
キールはそうつぶやくと、店主から魚を受け取った。
このお魚は『バルサ』と言う名前らしい。
カレー粉をつけて焼く……なんだかとっても美味しそうだ。ぎゅるりと鳴りそうなお腹を、私はぐっと手で押さえる。この後は屋台もあるのだ。美味しいものはきっとすぐに食べられる。
「しかし今、魚は大量にあるんですよね……」
キールは、主の切り身のことを思い浮かべているのだろう。
しかし繊維が大きい主の切り身と、鯖っぽい魚ではきっと食感が違う。
「キール。ちょっとだけ欲しいな」
「ご主人、六尾ほどください」
キール、私がねだってからの反応速度が早すぎるよ。この様子にご主人も少し苦笑している。
「ずいぶんと姉ちゃんが尻に敷いてるんだねぇ」
「いえいえ、僕が尽くしたいだけですから。妙なことを言わないでください」
店主の言葉を、キールは即座に否定する。しかしその言い方だともっと危うい誤解を与えそうだ。
「キール、変なこと言わないの」
「変なこと? 僕はニーナ様に尽くすために生きているんですから、まったく変なことは……」
「もう!」
ぽふりと口を塞ぐと、不思議そうに首を傾げられる。ああもう、可愛い顔をして!
「はーん。その姉ちゃんを落とせば、そこの兄ちゃんがなんでも買ってくれるわけだ」
「……妙な学びを得ないでくださいよ」
じろりと睨むと、店主はガハハと豪快に笑う。キールは私がねだれば妙な壺でも買いそうだからなぁ……
「他にはなにがあるんだろう?」
「おう、見てけ見てけ。そして遠慮なく買ってくれ」
そんな店主の言葉を背にして、私は店内をさらに見て回る。そんなに広くはないけれど、棚にはぎっしりとスパイスや乾物、麺類などが詰まっている。
「ん……? これは……」
色とりどりの飴が入った瓶が目に留まる。ああ、こういうタイプの甘味って少し懐かしいなぁ。
「ああ、そりゃ隣国から取り寄せた砂糖菓子だ。可愛らしいよな」
私の後ろには、いつの間にか店主がいた。ちゃっかり購買意欲を刺激するつもりらしい。
「お、オススメされても負けませんからね?」
「まぁいいから。ちょっと試食してみろって」
瓶がポンと開けられ、手の上に飴をいくつか置かれる。
私はつい誘惑に負けてそれを口にしてしまう。
「――ッ! 美味しい!」
固い飴を想像していたけど、それはソフトキャンディのような食感だ。そして南国のフルーツのような、甘酸っぱいフレーバーが使われている。
悔しいけど美味しいな。だけど店主の意のままになるのも……
飴の瓶を見つめながらぐぬぬと歯噛みしていると、キールがやって来て瓶をさっと買い物かごに入れてしまった。