聖獣とデート3
貝と海老は確定で買うとして……他にはなにがあるのかな。『昆布』や『鰹節』なんてものもあると、日本人的には非常に助かるんだけど。
目ぼしいものを探してきょろきょろと店頭を見ていると、うさぎの獣人らしい店員さんと目が合った。
彼はピンと上に立った白く長い耳をしていて、髪は綺麗な白銀の色だ。背は小さく、可愛いお顔をしている。十代前半に見えるけれど……お父さんの代わりに店番でもしてるのかな。食材に関する質問をしても大丈夫なんだろうか。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。うちはいいもん揃ってんだろ?」
……可愛い少年から飛び出した壮年の男性のような渋い声に、私は目を丸くした。
え、なにこれ。声がめちゃくちゃ渋すぎる。声帯と容姿の組み合わせに、どういう事故が起きたらそうなるの?
私が目を白黒させていると少年(仮)は、ガハハと豪快な笑い声を立てる。
キールはそんな少年を半眼で軽く睨んだ。
「うちのニーナ様をからかわないでくださいよ。ニーナ様、この方はきっと見た目通りの年齢ではありません」
「え……見た目通りじゃない?」
「そうだな。俺ァ今年で五十になる」
ごじゅう。
見た目と年齢の不協和音で、頭がぐらぐらとする。これは一体、どういうことなんだろう。
「うさぎ族の方々は、見目が老けにくいんです。店主、そうやっていつもお客をからかってるんでしょう」
「ガハハ! バレたか!」
店主は快活に、また豪快な笑い声を立てる。見た目とこの声のギャップに正直まだついていけない。
すごいな……さすが異世界。こんなの前の世界のアンチエイジングどころではない。
「客をからかってないでオススメとかあったら教えてくださいよ。僕らは旅をしている最中でして。まだまだ旅程があるので、食材を多めに買っておきたいんです」
「なるほどなァ。兄ちゃん、マジックバッグは持ってるか?」
「ええ、あります」
「だったら保存のことは考えなくていいか。じゃあオススメはよぉ……」
大ぶりの卵、牛肉、ピクルス、サンマのような魚の干物……いろいろなものを店主が提示し、キールがそれらを真剣に吟味する。手持ち無沙汰の私は、なんとなく店内を覗き込み……
「あ、ああああ! こ、これは!!」
とある物を見て、思わず声を上ずらせてしまった。
「ニーナ様、どうされたんですか!?」
私の驚愕の声に反応したキールが、素早くこちらに駆けつける。私は棚に並べてあった瓶を手に取り、震える手でそれをキールに差し出した。
その瓶の中にはしっとりとした質感の……『濃い黄色の粉』が入っている。
「キール! ここここ、これってどういう調味料なのかな!?」
『アレ』じゃなかったらちょっとどころじゃなく、がっかりするな。どうか『アレ』でありますように……!
「ああ、スパイスを数種混合したものですね。主に香り付けに使います。ニ代前の聖女様が普及させたものでして……」
そう言ってキールが瓶の蓋をぱかりと開ける。
キールの後ろからは店主の「開けたら買えよ!」という野次が飛んだけれど、瓶の中から漂った匂いをひと嗅ぎした私にはそれを気にする余裕もなかった。
「ビンゴ!」
このスパイシーな香り。そして私と同じく異世界人である、二代前の『聖女様』が普及させたという事実。もう間違いない。これは、愛しの……
「カレー粉だぁ!」
私はガッツポーズをしながら、歓喜の声を上げた。
「二代前の聖女様もそう呼んでらっしゃったようですね。ニーナ様はカレー粉がお好きなのですか?」
「大好き! カレーはいくら食べても飽きないもん!」
カレーは最高だ。大半の日本人の魂に刻まれている食べ物だと思う。
ちなみに今私が想像しているのはインドカレーではなく、『日本のおうちカレー』である。インドカレーも美味しいけれど、日本でカレーと言うとやっぱりそちらなのだ!
ありがとう! カレー粉を生み出せるくらい料理に造詣が深かった二代前の聖女様!!