あの子と束の間の別れ
ご飯を一緒に食べた後。シラユキ君に布に包んだ三合分のおにぎりを渡すと、彼は何度も私に頭を下げた。
「ありがとうございます! この神気の塊があればココア様が救われます」
出会った時の今にも消えそうな様子と比べて、シラユキ君はずいぶん元気になったように見える。儚げな雰囲気はそのままだけれど、白い頬は健康的なピンク色に染まり、声にもちゃんと張りがある。うん、おにぎりすごいな。
「日持ちの工夫はそちらでしてもらってもいい?」
「あっ、それは心配ないかと思います! この神気の輝きですし、なにもしなくても美味しいままで数週間はもつかと!」
……それは初耳だ。神気ってすごいんだなぁ。
嬉しそうに布に頬ずりしながらほにゃりと笑うシラユキ君を見ていると、心愛さんのことが大事なんだな……ということがこちらまで伝わってくる。
「シラユキ君も、おにぎりをたくさん食べてね。聖女を支える聖獣は元気でいなくちゃ」
「ありがとうございます、ニーナ様!」
「また一緒に、食事もしようね」
「はい、ぜひお願い致します」
シラユキ君はにっこりと笑って、小さな白い尻尾をぴるぴると振った。
……本当に礼儀正しい、いい子だなぁ。
こんな子をあの王子のところに置いておいて、大丈夫なんだろうか。
「……ニーナ様、そろそろ彼は帰しませんと。長時間の聖獣の不在を、あちらに怪しまれるかもしれません」
キールが私の肩にのしりと顎を乗せる。彼の言う内容は正論なのだけれど、口調には少しの焼きもちも含まれているようだ。
キールの頭を宥めすかすようによしよしと撫でる。すると『もっと』と言うように、手のひらに頭を押しつけられた。……可愛い。
大きなお耳を掴んでわしわしと揉み込むと、キールはくすぐったそうに笑う。キールのお耳は、ふかふかで気持ちいいなぁ。
「では、そろそろ戻りますね」
シラユキ君はそう言うと、ちょこんと頭を下げた。
「うん、じゃあまた……」
「シラユキ君。万が一だけれど……王宮で変事があったら知らせてくれないかな」
お別れに、口を挟んだのはランフォスさんだった。
「……変事、でございますか?」
シラユキ君はその細い首を傾げる。すると綺麗な白の髪が、ふわりと揺れた。
「俺もアルマ国の貴族の末席だからね。聖女の力で国は潤い平和に終わりました、ならいいんだけど。なにかあった時には、動かなければならないこともあるだろうし」
ランフォスさんはそう言うと、ひょいと肩を竦めた。
……ランフォスさんにも、貴族の責務的なことがいろいろあるんだろうな。詳しく聞こうとは思わないけれど。
「わかりました。不穏な空気を感じたらお知らせします」
シラユキ君はそう言うと、ぺこぺこと数度頭を下げ……ふっとその姿がかき消えた。
「消えた!?」
「転移魔法です、ニーナ様」
驚愕する私の頭をキールが何度も撫でる。す、すごいなぁ。あんなふうに一瞬で移動できるんだ。ここにも転移魔法で来たんだろうな。
「妙な縁ができたね。……『残り滓の聖女』の聖獣か」
ランフォスさんはそうつぶやいて、うんと伸びをする。
「深入りはしちゃいけませんよ、ニーナ様。あくまでおにぎりを時々渡すだけです」
キールが私の前に立って両肩にがしりと手を置く。そして真剣な表情でそう言った。
「うん、もちろんそうする。関わりすぎて『王家』に正体がバレるのは面倒だし。私はこの国の聖女になる気はないもの」
頷きつつそう返すとキールはほっとした顔をしたあとに、私をぎゅっと抱きしめた。
温かな体温と優しい花の香り。意外に逞しい体の感触。
……それらに包まれて、心臓はドキドキと跳ねてしまう。
「キール、なんで抱きつくのかな!」
「……自分を見捨てた相手の助力をするニーナ様はお優しいなと、少し感極まってしまいまして」
キールはそう言うと、私を抱きしめる腕に力を込めた。
「優しくなんかないよ。隣国に行くまでの時間稼ぎは必要でしょ? 打算で手助けするって決めたの!」
助力しなきゃこの国の人が困るよなぁとか、シラユキ君のことが心配だったりとか、心愛さんのことがすこーーーーしだけ心配だったりとか、という気持ちもあるにはあるけれど。心を占めた打算の割合も大きいのだ。
私はキールが買いかぶってくれているような、優しい『聖女様』ではない。
ぽんぽんとキールの背中を叩きながら、彼が落ち着くのを私は待った。
「明日になったら、街に着くねぇ」
そんな私たちの様子を気にするでもないランフォスさんが、ぽつりと独り言をつぶやいた。
次回は街にたどり着きます(*´ω`*)