もう一人の聖女の話4(心愛視点)
「この国の危機を救わんと、聖女様が降臨されたのだ――」
――退屈だ。
校長先生のお話しかり、偉い人の話しなんて元来つまらないものだけれど。
王様やら神官長様やらのありがたい話を、私は豪奢な椅子に座ってにこにこと聞き流していた。ここは王宮のバルコニーでその下には大勢の王都の民が集まっている。私はバルコニーのより一段高い場所に置かれ、どこからでも姿が見えるようにされていた。
人々の視線はずっと私に突き刺さりっぱなしだ。こんなの、あくびの一つもできやしない。
唯一の癒しは膝に乗せたシラユキだ。彼は今日もよく眠っているけれど、時々目を覚ましては私を励ますかのように手を舐めてくれる。
犬猫が可愛いだなんてちっとも思ったことがない。だけどこの子は、本当に可愛い。
……聖女である私の半身のようなものだから、だろうか。
シラユキは薄目を開けると、そのサファイアのような瞳で私を見つめる。その頭を私は優しく撫でた。
人々の地響きにも似た歓声が上がる。どうやら長い演説が終わったらしい。
ジェミー王子がこちらに目配せをするので、私は民に笑顔で手を振る。すると歓声は一際大きくなった。
「――さて、聖女のお披露目はこれで済んだ。各地に早馬を飛ばして聖女の降臨を知らせよう。そして、数日後には巡礼への出立だ」
部屋に戻った私に、ジェミー王子は笑顔で言った。
本当に……なんとも忙しない話だと思う。この世界に来て、召喚された初日を含めてもまだ五日目だというのに。
「わかりました、ジェミー王子」
だけど私はにこりと微笑んで、それを快諾してみせた。
ジェミー王子はこの世界でのスポンサーだ。その機嫌を損ねるのは、今は得策ではない。
――そう、今は。
聖女として確固たる地位を築ければ、この立場も逆転できるはずだ。
だってこの国は、私が居ないと回っていかないんでしょう?
「早く民を救わなければなりませんものね。民と愛しい王子のために、尽力させて頂きます」
「私の聖女! 本当に君は健気だ」
ジェミー王子は私を抱きしめ、口づけを与えてくる。
そんな私の足元にシラユキが纏わりついて、なにかを警告するかのようにその小さな口で服の裾を引っ張った。
けれどそんなシラユキの様子には構わず、私はジェミー王子とベッドへともつれ込んだ。
巡礼開始の日は――すぐにやって来た。
私は美しく飾り立てられ、豪奢な馬車に乗せられて王都を旅立つこととなった。
お供には十人の護衛と三人のメイドが付き、私の旅を不便がないように支えることになっている。ジェミー王子は旅への随伴はしてくれないけれど、タイミングが合った時には陣中を見舞ってくれるそうだ。
馬車の窓から手を振ると人々が歓声を上げる。中には感動で打ち震え、泣き崩れてしまっている人もいた。その光景を見ていると……異様なくらいに気分が高揚した。
――人に崇められるのが、こんなに気持ちいいだなんて。
巡礼を無事に終えた時、私の名声はさらに高まっているのだ。
それはなんて素敵なことなんだろう。
唯一気がかりなのは……シラユキだ。
シラユキはジェミー王子が用意してくれた神気が篭もった食べ物を口にしても、ちっとも元気にならない。彼は病気にでもなっているんだろうか。
「シラユキ……大丈夫なの?」
不安になって声をかけても、彼は眠たげに瞼を上げるだけだ。私はその頭を何度も撫でた。
……私を守る、私のための聖獣。
そのシラユキがこんなことで、この旅は大丈夫なんだろうか。
歴代の聖獣は常に人化していたという。このイレギュラーに関することは、王宮で誰に聞いてもわからなかった。
「大丈夫、だよね」
深まる不安を、歓声が引き裂く。
再び馬車の外に目を向けると、私は笑みを浮かべて手を振ってみせた。
久しぶりの心愛ちゃんの視点でした。




