祭りのあとに起きたこと1
村人たちは申し訳なさそうにしながらもたくさん食べて、綺麗に後片づけをしてから、お礼を何度も言って帰っていった。『いつか恩返しを』なんて言ってくれる人も居たけれど、私がこの村に立ち寄ることは、たぶん二度とないんだよなぁ。
――皆やつれて、つらそうだった。
私が滞在することで神気の濁りが清められて、あの人たちを助けられる。……本当に、そんなすごいことができるのかな。つい最近までしがないOLだった私は、少し不安になってしまう。
「ちょっと……疲れたなぁ」
大きく息を吐いてぺたんと座り込んだ私を、ひょいっとキールが抱えあげる。そしてスリスリと額を擦り合わせてきた。キール、相変わらず近い。だけど疲れて抵抗する気力もなく、私はキールのなすがままになっていた。
「お疲れ様です、ニーナ様。お茶でも淹れますね。ご飯の残りを食べて一息ついてください」
そう言ってキールは、私を椅子に座らせる。ランフォスさんもちゃっかりと椅子に座って、お茶を待っている。
「ニーナちゃん、お疲れ様」
「いえいえ、ランフォスさん」
この数時間で、ランフォスさんともずいぶん馴染んだような気がする。
彼は滞在中村を見て回りながら、困った人々の手助けをしているらしい。村人たちは皆、そんなランフォスさんのことを好いているようだった。
……本当に、ふつうにいい人なんだよな。チャラいけど。
「ランフォスさんって、いい人なんですねぇ」
「突然なんなの、ニーナちゃん」
冷えたオムライスを食べながらしみじみと言う私に、ランフォスさんが笑顔を向ける。
「いえ、ただの陽キャでチャラいお兄さんなのかなーと思ってたので。見直しました」
「ヨウキャもチャライもよくわからないけれど、一応褒められてるのかな。可愛い女の子に褒められるのは嬉しいなぁ」
「……やっぱり、チャラいですねぇ」
うん、いい人だけどやっぱりチャラい。だんだん慣れてきたけど。
「ニーナ様が可愛いのは、天に日が昇るのと同じくらい当然なことです。今さらどうこう言うことでもないですよ」
キールはランフォスさんの前に叩きつけるようにお茶を置いて、じろりと睨みつける。その視線を受けて、ランフォスさんは苦笑いをした。
「君たちとお話をしたかったけれど、また明日がいいかなぁ。今日は、ちょっと疲れたもんね」
「――お話をしに来ない、という選択肢もありますが」
キールのランフォスさんに対する当たりは強い。私が食べ終えたオムライスのお皿を持って、洗い場に向かうキールの背中をランフォスさんは眺めながら――
「君の恋人は、焼きもち焼きだね」
と、小声で言った。
「こ!?」
その言葉を聞いて、体中の血液が顔に集まった気がした。顔が信じられないくらいに熱い。口をパクパクさせる私を見て、ランフォスさんは首を傾げた。
「あれ、まだ付き合ってないんだ。ニーナちゃんの片想い?」
のほほんと言いながら、ランフォスさんはお茶を啜る。
「お、おかしなことを言うと、出禁ですよ!」
「はは、それは嫌だなぁ」
まったくこの人は、なにを言うんだ。キールと私が、恋人!?
あんな綺麗で可愛くて格好よくてスパダリな男子と、私が釣り合うわけないでしょう!
……それ以前に聖獣と聖女って恋愛できるの?
――聖女と恋をした聖獣はいるのかな。
キールに聞けばそれは教えてくれるのだろうけど……私はなぜか、それを聞くのが怖かった。
*
翌朝。私は人々が騒ぐ声で目を覚ました。
腕に抱いたキールもその声で目を覚ましたようで、耳をぴるぴるとさせながら迷惑そうな顔をしている。
この家にはベッドが一つだけなので、昨夜は子犬状態のキールと一緒に寝たのだ。キールは床で寝ようとしたのだけれど、止めたんだよね。床で寝せるなんて、そんな鬼畜なことできるわけない。
……ベッドでの共寝に、ランフォスさんが言った『恋人』という言葉が一瞬頭を過ぎったけれど、それは必死に振り払った。
「……なんの騒ぎだろうね、キール」
なかなか上がらない瞼を上げようと努力しながら、キールのお顔をわしゃわしゃする。するとキールは気持ち良さそうに目を細め、小さく舌を出した。はー犬は可愛いなぁ。続けてお尻のもふっとした毛に触ったら、短い足で、てちりと顔を押されてしまった。……お尻はダメですか。
今のキールは、どう見てもコーギーっぽい子犬だ。
……このまま子犬のままなのかな。それとも成犬に成長するんだろうか。大きくなっても可愛いだろうなぁ。
キールは私の腕の中からするりと抜け出すと、ベッドを下りて人間の姿に変わる。そして私の頭を優しく撫でた。
「様子を、見てきますね」
「……うん」
「まだ、ゆっくり寝ていてください」
キールは頭をもうひと撫でしてから、外へと続く扉を開けた。
ランフォスさんはチャラいい人なのかもしれません(*˘︶˘*).。.:*♡