わんこは美少年にジョブチェンジしました
眩しい光が瞼を刺す。
昨日カーテンを閉めて寝なかったのかな。というか今何時だ? 会社に遅れる!
私はバネのように上半身の力のみで起き上がる。するとゴツン! と激しい音を立ててなにかと額がぶつかり、その痛みでまた倒れ込んでしまった。
涙目になりながら見上げた視界に入ったのは……
薄紫色の髪と褐色の肌をした……整いすぎた顔立ちの少年。
「ふぇい!?」
私はまた飛び起きようとした。しかしその動きは、額に優しく置かれた白い手袋を着けた手によって止められてしまう。
「おはようございます。僕のおでこに、先ほどおでこをぶつけたでしょう。痛かったんじゃないですか?」
少年はそう言って、私のおでこを優しく撫でた。な、なんだろうこの状況は。頭の下に感じる温かで硬いものは少年の足なのかな。つまり私は、なぜだか美少年に膝枕をされているのだ。
昨日お持ち帰りでもした!? そんな記憶はないんだけど。
私には、男性経験のひとつもない。はじめてのお持ち帰りがこの子なら、大金星もいいところなんじゃないの!? この子は一体いくつなんだろう。ギリギリ十八は越えて……越えてて欲しいなぁ。私がお縄にならないために。
じっと彼の顔を見つめると、困ったような笑顔で首を傾げられる。綺麗な上に彼はとっても優しそうだ。しかし見れば見るほど浮世離れした子だなぁ。
彼はどこの国の人なのだろう。絶対に日本人ではない。褐色の肌はインドあたりの人間を思わせるけれど、顔立ちは西洋的。薄紫色の髪で右目は隠れており、見えている左目は黄金よりも美しく甘い金色をしている。服装は白いシャツに、黒のベスト。高級料理店の店員のような服装だな、と私は思った。
ん? ……よくよく見ると頭の上に、わんこのような獣の耳がついてる?
「うーん。夢、なのかな」
そっと手を伸ばすとその手を取られ、すりすりと手のひらに頬ずりをされた。その感触はやけに生々しい。
「……貴方は、誰?」
「キールとお呼びください。ご主人様」
そう言って少年……キールはうっとりとした笑みを浮かべた。
……ご主人、様? 私はこの幼気な少年になにをしたの……?
「青少年保護育成条例!!」
叫んで飛び起きようとしたけれど、キールの手でまた遮られる。
「ご主人様。落ち着いて、深呼吸をしてください。昨晩なにがあったか覚えていますか?」
「さく……ばん」
キールに優しく言われて、私は記憶を掘り起こそうとした。
いつもの通りブラック企業の社畜として過ごして。家に帰って、変な男たちに――『喚ばれ』『捨てられた』?
「待って、あれ、ここは夢? 現実?」
混乱しながらはくはくと口を閉じたり開けたりしていると、眉尻を下げたキールに優しく頭を撫でられた。
「ご主人様。いい子、いい子」
キールは甘い声で囁きながら私の頭を撫で続ける。
その心地よい感触は、少しずつ私の心を鎮めていく。
「ご主人様。落ち着いてくださいね、深呼吸をして」
キールは私の額に口づけをしてくる。その柔らかな感触を受けて、私の体は固まった。そんなことをされて落ち着けるはずがない。
「キール、くん? 距離感が、おかしくない?」
「キールと呼び捨てで。昨晩は同衾した仲なのに、額に口づけで照れるなんて……ご主人様は愛らしいですね」
「ひぃ!」
にっこりと愛らしく微笑まれて……私は怯えた声を上げてしまった。
待って。目を覚ましたら好感度MAX? のイケメンがいる状況なんて理解が及ばない!
しかも、ど、同衾? やっぱりこの子とワンナイトラブをしてしまったの!?
なにが夢でなにが現実なんだろう……
「同衾ってその」
「昨日の子犬。あれは僕です」
そう言ってキールは、ふふっと笑った。
紫色のあの子犬。彼の髪の色はたしかにあの子とそっくりだ。
そして彼の頭の上の犬耳は実に生き物らしい動きをしていて……作り物だとは思えない。
眉間に深い皺が寄る。キールは微笑みながら、その皺を指先で解した。
「ご主人様、僕は怖くないですよ」
キールはそう言うと、大きな目を細めてくすくすと鈴が転がるような笑い声を漏らす。美少年は笑い声まで美しいらしい。
「キール、キール!」
「はい」
「状況を、一から説明してぇ!!」
混乱が高じた私は、つい絶叫をしてしまった。大声が耳に響いたのか、キールは犬耳を両手で押さえる。そのおかげで動きを手で遮られることなく、私はようやく身を起こすことができた。
「――ッ」
目に入ったのは。
……平原、街道。そして私が追い出された城塞都市の姿。
街道を行く人々は異国の顔立ちと装束だ。
――ああ、昨夜のことは現実だったんだ。
実はすべては夢なのでは? なんて希望的観測は木っ端微塵に打ち砕かれた。
息が乱れ、胸が苦しくなる。わけがわからない。これはなんなの?
「深呼吸、ご主人様。落ち着いて。怖くない、僕がいます」
キールが背中を優しく撫でてくれる。彼の方を見ると安心させるように微笑まれて……
私は、大泣きしながら彼の胸に飛び込んでいた。
モフモフはジョブチェンジしたのです。




