村へとたどり着きました
「素敵な旅人さん?」
頬を染めたままコクコクとうなずくアリサの様子を見ながら、私は思わず首を傾げた。アリサの村は街道からは外れた裏道にあり、隣国へのルートがあるとはいえそうそう旅人が行くような場所ではない。だからこそ、キールが村を経由する道のりを選んだのだ。
しかもハーミア村は現在宿泊施設も機能しておらず、居心地がいい状態ではない。
――そんな村に、なぜ立ち寄ったのだろう。
私たちのように内密に動く必要がある誰か……だったりして。これは私の考えすぎかな。
「どんな人なの?」
少し興味を惹かれて訊ねてみると、アリサは瞳を輝かせた。これは確実にあれだ。淡い恋心を抱いている人について語る、恋する女の子の顔だ!
そんなアリサを見ていると自分自身の学生時代の片想いの記憶が思い出されて、微笑ましいなぁという気持ちになる。両想い? 彼氏いない歴二十三年の私に、そんな言葉をぶつけてはいけない。
「ランフォスさんという方で……」
アリサの話によるとランフォスさんは、三十歳くらいの金髪碧眼の美形だそう。アリサ、二十は年上だろう男性にときめくなんて、おませさんだね!?
彼は王都にある商家の次男坊で、国のいろいろな場所を回って商売のネタになるものを探しているとのこと。空き家を借りて、のんびりと村を見学しているそうだ。
「ランフォスさんは、わ、私みたいなのにも優しくて。お手伝いで荒れた手を見ても、頑張ってる証だねって微笑んで言ってくれるんです」
アリサはそう言って、頬に両手を添えて愛らしく赤面した。大丈夫なのかな、その人。なんだかタラシの匂いがする。
それにしても、金髪碧眼の美形ねぇ。私を即座に追い出した王子のことを思い出し、思わず顔を顰めてしまう。
「同じ村に滞在するなら、お会いする機会もあるかもしれませんね」
ブリトーをもぐもぐと食べながら、キールがさして興味も無さそうに相槌を入れる。
キールは私以外の物事には、基本的には興味が無いのかもしれない。アリサへの態度も『失礼ではないけれど、親身でもない』というもので一貫されている。
「狭い村ですし、たぶんお会いするんじゃないかなって!」
アリサは嬉しそうに笑うと、かぷりとブリトーに齧りついた。
*
お昼休憩を終えて、私たちは旅を再開した。
周囲の風景を観察すると、立ち枯れている草木が散見される。これも神気の濁りのせいなのだろう。
……こんな時でも、王都には富が集まるように出来ているのだろうか。
王都の前の街道を行き交う、多くの馬車や旅人たちのことを私は思い返す。
地方の貴族はよく黙っているなぁ。どうして反乱が起きないんだろう。
それを疑問に思った私は、キールにこっそりと訊ねてみた。
「聖女召喚が王家の者しかできないからですね。あれは口伝で王家の嫡子にのみ、伝えられるものなのです」
キールはあっさりとそう答えてくれて、なるほどと私は納得した。
反乱を起こして王位に就き、神気の濁りが晴れませんでした、そして聖女は喚べません――となると八方塞がりになるものね。清廉潔白なお貴族様ばかりではないだろうし。
なかなか、ままならないものである。
そんなことを話してからさらに歩みを進めているうちに、周囲は少しずつ日暮れに近づき。夜の帳が下りる頃に、私たちは村へとたどり着いたのだった。
村は数十の家で成り立つ集落のようで、こじんまりとした家々が身を寄せ合っている様子は、日本の限界集落を思わせた。
「ハームさん!」
村に入ると見回りをしていたらしい村人に、アリサが話しかける。体格がいいその男性はアリサと、そして一緒にいる私たちを見て目を丸くした。
「アリサ、帰ったのか。父ちゃんたちが心配してたぞ。なんかお前、ツヤツヤしてんな。そっちは旅人さんか?」
「そう! ニーナさんとキールさん。とても親切にしてもらったの!」
そんな会話を耳にしながら、私は村の様子をこっそりと観察する。
村を囲う柵の壊れた部分は放置され、牛舎に繋がれた牛たちは痩せ衰えている。畑に生えた作物は半分以上が枯れていて、村が窮状した状況に立たされていることが見ただけで察せられた。
アリサとハームさんに視線を戻す。そして私はぺこりと頭を下げた。
「仁菜と申します。一週間ほどこの村に滞在したいのですが、大丈夫でしょうか?」
「こんななにもない村にか? しかも今は不作でおもてなしなんてもんはできねぇぞ」
私の言葉を聞いたハームさんが目を丸くする。するとキールが、私とハームさんの間に立った。
「僕はニーナ様の従僕のキールと申します。ニーナ様はか弱き女性なので、ゆったりとした旅程での旅をしておりまして……。生活のことはこちらでなんとかできますので、適当な空き家をお借りできればと」
「んー、それは別に構わねぇけど。あんたたちが暴漢やらには見えねぇしな。二ヶ月前に別の街に越したサンソン夫婦の家が空いたままだったよな。アリサ、案内してやってくれねぇか? 村長には俺から話を通しとくから」
ハームさんがそう言うとアリサはコクコクと頷く。ハームさんはこの村で、ある程度の決定権を握っている人なんだろうか。
「ありがとうございます。宿泊費は……」
「んーこの状況だし、あると助かるけどよ」
『この状況』と言いながらハームさんは壊れた柵を指した。
この世界の物価の相場がよくわからないので、私はキールとちらりと見る。
キールはふさふさの尻尾を揺らしながら、さり気なく髪をかき上げ緑色の方の瞳をハームさんに向けた。そして「ふむ」と小さく声を漏らすと、マジックバッグから小さな皮袋を取り出した。
「銀貨が十四枚入っています。一般的な宿の一泊が、一人銀貨一枚ほどだったと思いますが……これで足りますかね?」
「宿みたいなもてなしはできないのに、いいのか?」
ハームさんは革袋の中身を確認すると、目を丸くした。
「構いません。住居さえ確保できれば、後は僕がなんとかできますので。それとこちらは、お近づきの印です」
キールはマジックバッグから猪のブロック一つと酒瓶一本を取り出して、ハームさんに差し出しながらにこりと笑った。
次回は謎の旅人さんとの邂逅…かもしれません。