聖獣風トルティージャ
コロコロに切られたジャガイモを、キールは水によくさらし、その間に卵液に塩胡椒で下味を付ける。そして先日も使っていた刻んだ玉ねぎが入っている小瓶を取り出した。
「さて」
キールはつぶやくと熱したフライパンに油を引き、鳥肉、ジャガイモ、玉ねぎを炒めはじめた。じゅうじゅうといい音を立てる食材たちは周囲に食欲をそそる香りを漂わせる。
私とアリサはその香りを嗅いでゴクリと唾を飲んだ。
「キール、ご飯炊く?」
「いえ、今朝はパンにしましょう。お昼も僕が作ります」
そっか、これ以上アリサの体に影響が出たら怪しすぎるもんね。現時点でも、昨晩と比べても恐ろしいくらいの変化を起こしているけれど。
キールがおにぎりを握れば神気の塊みたいなおにぎりにはならないんじゃ? と思ったけれど。炊飯器自体が神器でキールも聖獣だからなぁ。それに私が手伝わないのも不自然だ。
私はキールの言葉にコクコクとうなずいてみせた。
たまにはお米を食べない日があってもいいよね。
アリサに聞いたところ村には誰も使っていない倉庫が一つあるらしい。旅の疲れを癒したいから、という理由を付けて私はそこを三日間借りることにした。宿という体を成していないので、たぶん銀貨数枚で貸してくれるだろうというのはアリサの言葉。
私にはその価値がわからないのでキールに目を向けると、首肯されたので適正な価格なのだろう。
そこでだったら私とキールがこっそりお米を炊いていてもバレないはずだ。結界もあるし。
……だけど周囲が困窮している人々ばかりなのに、こそこそと自分だけ腹いっぱい食べるのってどうなんだろうなぁ。それを考えるとちょっとため息が出る。
私がそんなことを考えている間にキールはフライパンの具材の上に卵液を落とした。そしてしばらくかき混ぜてから、木製の蓋をちょんと乗せる。
……スペイン風オムレツ、スパニッシュオムレツ、トルティージャ!
キールが作っているのは、私の世界ではそう呼ばれる卵料理だろう。
ジャガイモがほくほくして美味しいんだよね。お母さんがたまに作ってくれたなぁ。
ケチャップをかけて食べたいけれど、そういうものはないのかな。
キールはライ麦パンを石の上で軽く炙りながら、今度はマロコ茸を薄切りにして皿に盛り付けた。そういえば、この茸生食でもいけるんだっけ。そして盛り付けた茸の上に、リュックから取り出したドレッシングらしき液体をとろりとかける。
「キール、それは?」
「調理にいろいろと使える、お酢の調味料ですね」
ぺろりと一口舐めさせてもらうと、ビネガーソースの甘酸っぱい味がした。
絶対にサラダと合うヤツだ!
くるくると小さな音がしたので隣を見ると、アリサが恥ずかしそうにしている。今のはどうやらお腹の音だったらしい。『お腹が空いたよね』なんて声をかけようとした瞬間、今度は私のお腹がぐるるると可愛くない音を立てた。
……おう、恥ずかしい。腹の音にも女子力の差ってものがあるらしい。
へへへ、とアリサと照れ笑いをしている間にもキールの調理は進んでいく。
彼は大皿を用意すると蓋を開けて中の焼け具合を確認する。そして満足そうな顔をすると、フライパンをポン! と大皿に被せた。
「ふわぁあ……」
フライパンを上げると、中から現れたのはスポンジケーキのような形にふんわりと焼けた卵の丘。黄色の生地はいかにも食欲をそそり、合間から見えるジャガイモや鳥肉が暴力的なまでに視覚を刺激する。
――キールが作るものは、本当に犯罪的に美味しそう! 視覚に対しての暴力だ!
トルティージャは切り分けられ、大皿の余白にはパンが添えられた。そして取皿として中皿が渡される。
「さ、どうぞ」
「いただきます!」
「いただき……?」
にっこり笑って料理を示すキール、手をパン! と合わせて『いただきます』をする私。アリサが不思議そうに私を見つめる。『いただきます』はこの世界にないものね。
「『いただきます』は私の国の食事の前の挨拶だよ」
「なるほど……では、いただきます!」
アリサも見様見真似で『いただきます』をするとスプーンでトルティージャをお皿によそった。私も続けてお皿によそう。
ほかほかと美味しそうな湯気を立てる黄色の生地にスプーンを入れる。するとどっしりとしたジャガイモの感触が手に伝わった。
少し息をかけながら冷まし、口の中に入れる。すると絶妙な塩加減のお味が口中に広がった。
「う、うみゃ!」
濃厚でふわふわな食感の卵、ほくほくと崩れる熱々のジャガイモ。そして鳥肉のジューシーな味わい。それが口の中で一体となり、美味しさのハーモニーを奏でる。
目分量で味付けをしていたように見えたけど、どうしてこんなに絶妙な味付けにできるんだろう。キールは天才だ。
「美味しい……」
アリサも隣で口の中で粗熱を取るようにはふはふと息を吐きながら、感嘆の声を漏らす。料理を作ったキール自身は、お茶の準備をしてからようやく自分の食事に取りかかっているようだった。……できた子だ、本当に。申し訳ないくらいに。
「次は……」
私は次に茸のサラダに照準を合わせた。四センチくらいはあるんじゃないかという大きな茸を、大口を開けて口に入れる。
「ふぁっ!」
炒めた時とは風味が違う、爽やかな香りが鼻を抜けた。繊維などの抵抗感が薄い上品な食感。ビネガーソースがその少し淡白な風味に味の彩りを添える。
これも……美味しいッ。
「なんだか爽やかな味わいですね」
もくもくと茸を頬張りながら言うアリサに、私は同意するように何度もうなずいた。
「お昼は揚げ鳥でも作りましょうかね。ニーナ様はお好きですか?」
揚げ鳥! つまりは唐揚げだろうか!
思わずキラキラとした目を向けると、キールに優しげに微笑まれた。
……ママみが強いよ、この聖獣。
※一口メモ
大鴉。両翼を広げるとニメートル弱はあろうかというカラス。
神気が濁っていない土地では温厚な動物なのだが、濁った土地では凶暴化、そして多少巨大化する。
森で木の実を中心に食べているため、その肉は濃厚な味わいを持ちつつも臭みがなく美味。




