聖獣の緑の瞳
話を終えたキールと私はテントへと戻った。
中ではアリサが、すやすやと安らかな寝息を立てて眠っている。
「うーん……」
アリサの肌艶が、どう見ても良くなっているような。
起こさないように頬をぷにりと突くと、それは健康的な弾力を返した。
骸骨に皮が張り付いたようだった手足も、なんだか肉付きがよくなっている気がする。
「キール、アリサの肌艶。よくなってない?」
私が問いかけると、キールは少し困った顔になって沈黙を返す。キールがこういう顔をしている時は『なにか知っているけれど話したくない』時だ。それくらいはこの短い付き合いでもわかるようになった。
狭いテントで押し問答をしてアリサを起こしたくないし、今度聞けばいいか。
毛布に包まりポンポンと隣を叩くと、キールが子犬に変じる。目の前で人間が動物になるなんて、なんだか不思議だ。どういう原理かはわからないけれど服が脱げるなんてこともなく、シームレスに変化していくその様子を私はマジマジと見つめた。
完全に子犬の姿に変じたキールはトコトコとこちらにやって来ると、私の隣に寝転がった。
「来て、寒いから」
囁くと彼は返事の代わりのようにピクッと耳を震わせてから、私の毛布に入ってきた。抱きしめたキールの体は、繊細な感触の被毛に包まれていて気持ちいい。ふわふわで温かなそれに頬を擦り寄せながら、私は眠りについた。
翌朝。
私はキールに髪にリボンを結んでもらっていた。
旅に必要なものを埋めていくわけにもいかないので、自分の『持ち物』を即興で作っているのだ。なぜリボンが持ち物にあったかというと『ニーナ様に似合いそうだったので』というスパダリな理由で王都でキールが買っていたらしい。
……なんなの、ずるい。キールは色々ずるい。
そんなリボンを地面に埋めなきゃなんて、本当にもったいないよ。
そうは言っても他に埋める持ち物もないんだけれど。前の世界から持ち込んだ衣類は処分してしまったし。
ちなみにアリサはまだテントで眠っている。相当疲れていたのだろう。その安らかな寝顔を見ていると起こす気にはなれず、私はキールとこっそりテントを出て外にいるわけだ。
「髪を流しているのもお可愛らしかったですが、後ろで結わえているのもお似合いですね」
そして髪を結びながらこんなことを平気で言うんだ! この美少年は!
「キールの、女たらし」
思わずジト目でそう言うと、きょとんと首を傾げられた。
薄紫の色の髪がふわりと揺れて、隠れているもう片方の目がちらりと見える。
「――あ、緑だ」
思わず、そんなつぶやきが漏れた。
キールの隠れている方の瞳は美しい新緑の色。天然のオッドアイだ。
金の方の瞳も綺麗だけれど、緑の瞳もとっても綺麗。
上品な色合いの宝石が並んでいるみたいだと、私は思わず見惚れた。
「綺麗な緑。どうして隠してるの?」
そう訊ねると、キールは綺麗な形の眉を下げて困ったように笑う。
「こちらの目は、見えすぎるので」
その不思議な返事に……私は首を傾げた。
「僕の緑の目には人の悪意が見えます。聖女に害をなす存在を見分けるために、こちらの目はあるのです。ただ使うと疲れてしまうので隠しております」
なんだか、聖女を守るためにカスタマイズされすぎなんじゃないの。
それで片目での生活なんて不便をかけてるのは、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「悪意が見えちゃうなんて、大変だよね。ごめんね、キール」
「いいえ。この目のお陰でニーナ様をお守りできますから」
キールは晴れやかに笑うけれど、本当にそれでいいのかな。
色々してもらいっぱなしは、なんだか嫌だ。
「キール。私にできることがあれば、なんでも言ってね」
「いつまでも健康で幸せでいてください」
「キールは私のお母さんか! 他にないの?」
「では、僕のすることでニーナ様が少しでも喜んでくれると嬉しいです」
「いつも喜んでるよ! つーか、私のことばっかりじゃない!」
怒ったフリをすると、綺麗な唇を手で隠しながらキールがくすくすと笑う。
本当に、なにか返せることを探さなきゃ……
「おはようございます」
背後から声がして、そちらを見るとアリサがテントから這い出してくるのが目に入る。
「おはよう、調子は?」
「それが……なんだか驚くほど体の調子が良くて!」
そう言って自分の体を不思議そうに眺めるアリサは、昨夜と比べて数段健康に見えた。
短めですがきりが良いので。




