もう一人の聖女の話2(心愛視点)
「聖女様、聖女様」
小さな声が私を呼ぶ。今夜は共寝をしていないから、この声は王子ではない。
……王子よりも、ずっと美しい声をしているし。
眠たさで重たい瞼を開けると、そこには白い髪をした獣の耳と尻尾を持つ少年がいた。
淡雪のような髪、新雪のような白い肌。青いサファイアのような瞳。儚い印象を与える整った顔立ち。今までに見たことないくらいの、綺麗な男の子。
――なにこの子……綺麗。
不審者だとかそんな感想の前に、私がその子に感じたのはそれだった。
少年はなぜかほろほろと綺麗な涙を流しながら、私の頭を優しく撫でている。
正体のわからない少年を警戒しようという気持ちは、なぜだか起きなかった。
「貴方、誰?」
手を伸ばすとその手をそっと、壊れ物でも扱うかのように優しく取られる。少年の手は驚くほどにか細くて頼りない。
「名無しの聖獣です、聖女様」
「聖獣? ああ、私を守るという……」
聖獣は生まれてすぐは子犬の姿しか取れないのだけれど、この世界に馴染むと人の姿も取れるようになる。そして私を守るために働くのだと、王子にそんな話は聞いていた。そして私の聖獣はなぜか『人化』が遅いと。
そんな私の聖獣がようやく『人化』できたのだろう。だけど私を『守る』という割には彼は幼く頼りなく見える。
頬を流れる涙をそっと手のひらで拭う。すると少年は消えそうな笑みを浮かべた。
「名前が、無いの? じゃあ付けてあげる。白雪……シラユキ、でどう?」
我ながら安直なネーミングだと思うけれど。それしか思いつかなかったのだ。
だって積もりたての雪みたいに、綺麗だから。
「シラユキ……嬉しいです」
シラユキはふわりと笑って、コロンとまた子犬の姿に戻った。
……これは、一体どういうことなのだろう。
夜が明けてから。
部屋を訪れたジェミー王子に、私は昨晩のことを話した。
「問題なく人化できたのなら、よかったではないか」
王子は笑顔でそう言うけれど、本当に?
「問題なく?私には弱っているように見えましたが」
昨晩のシラユキのか弱く頼りない様子。あれは今にも消えてしまいそうなもののように感じた。
「そんなに心配なら……そうだな。神殿に植えられたサキアの実でも調達しよう。あれは神気を強く帯びていると聞く」
「ええ、ぜひお願いします」
そのサキアの実にどれだけの効果があるかは知らないけれど。それであの子が元気になるなら、いくらでも持ってきて欲しい。
だってあんなに綺麗な子なんだもの。弱って、死んでしまったりしたらもったいない。
私は側で眠っている子犬の頭を優しく撫でる。元気になって、また綺麗なあの姿を見せて。
「そうだ。三日後に聖女お披露目の式典をするのだが。お召し物はどのようなものが好みかな」
「……三日? ずいぶんと急ですね」
私はまだこの世界に来たばかりなのに。式典をして美しい私を披露すること自体に異論はないけれど、とにかく急のように感じる。しかも『聖獣』であるシラユキの調子も万全とは思えない。
「申し訳ない。だが……美しい聖女の姿を国民に披露し、安心感を与えたいのだ」
王子は眉尻を下げながら私の手を握った。そして何度も、額や頬に許しを乞うように口づけをする。私は王子の態度と言葉に、すっかり気をよくした。愛らしく美しい私の姿を見せたいというのなら、それは仕方のないことなのだ。
「巡礼の旅は、いつからはじまるのです?」
「式典後、数日したらお願いしたいと」
……数ヶ月はのんびり過ごせるものだと思っていたのに。
ずいぶんと性急な話である。
「三ヶ月の巡礼を終えれば。次の巡礼までの九ヶ月はどれだけの贅を尽くし、どれだけゆっくりと過ごされても結構だ」
――贅を尽くし、ゆっくりと過ごしても。
その一言を聞いて、私は口まで上りそうになっていた不満をぐっと飲み込んだ。
今は……我慢のしどころなのかもしれない。
巡礼の旅でたっぷりと恩を売って、いい暮らしをさせてもらうんだから。
「わかりました、この国を救うために尽力させていただきます」
私は聖女様。
だから慈愛の精神で少しくらいのワガママなら、許してあげる。
そんな心愛の視点でした。
もうしばらくすると、彼女と聖獣、そして護衛たちの巡礼の旅がはじまるようです。




