表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

月間B-REVIEW大賞受賞作

月間BREVIEW大賞受賞作


たもつ 「稚内」


千葉駅から外房線に乗り南下して

稚内に向かう

どんなに行っても沿線に稚内はない

外房とはそういうところ

風が吹いている


都会なのに美しいジャングルがある

それが稚内

珍しい、と思われる獣がいる

美しい、と評判の鳥がいる

おそらく虫の類もいるだろう

都会だから毎日のように

事件・事故があり人々が巻き込まれ

同様に他の生き物も巻き込まれる

空が青い

それが稚内

オンリー稚内


淋しさについて語れば

寂しさから遠ざかっていく身体たち

たどり着く先は稚内

外房線の沿線に稚内などあるはずがないのに

茂原あたりから

もしかしたらこのまま稚内に着かないのでは

と思い始め

本当にたどり着かない

一事が万事

バンジージャンプもある

妻はバンジージャンプはしない

高所恐怖症だから


 妻は台所から出ようとしない

 台所には高いところがないから

 可愛いそうな妻はこれからもずっと

 呼吸も

 深呼吸も

 台所でし続けなければならない

 そっと稚内からバンジージャンプを撤去する

 違う

 本当に大切なのはそんなことじゃない


稚内に雪が降る

ジャングルにもやがて降り積もるだろう

生きているものは皆寒い思いをするだろう

妻を怖がらせないように

外房線は低く低く進む

稚内にたどり着かないまま

外房線は安房鴨川で折り返すと

稚内を目指して再び千葉へ向かう

車内はそんな乗客で溢れかえっている

いくら勝浦があっても足りない

足りないものを埋めようとして

自分が埋まっていく

ありとあらゆる自分が埋まっていく





* * * * *




選評執筆者 あさぬま

千葉駅から外房線に乗り南下して 稚内に向かう どんなに行っても沿線に稚内はない 外房とはそういうところ 風が吹いている


本文より

どうやら作中の主人公は外房線に乗って稚内に向かっているらしい。しかしどんなに沿線を行っても辿り着かないという。普通は稚内は北海道にあるので、千葉駅からは飛行機にでも乗らないと辿り着けない筈が、外房線に乗って行こうとしている。稚内とはどういうところだろうか。 二連目で稚内の詳しい説明がなされる。


***

都会なのに美しいジャングルがある それが稚内 珍しい、と思われる獣がいる 美しい、と評判の鳥がいる おそらく虫の類もいるだろう


本文より

***


ここで、どうやら作中の稚内は現実の稚内とは違うぞ、という事が読者に示される。都会で美しいジャングルがある、夢幻の稚内が立ち上がってくる。『珍しい、と思われる』とか『美しい、と評判の』とか『おそらく虫の類もいるだろう』とかの曖昧な記述がなされる。しかし二連目の後半では現実の稚内ともとれる記述が登場する。


***

都会だから毎日のように 事件・事故があり人々が巻き込まれ 同様に他の生き物も巻き込まれる 空が青い それが稚内 オンリー稚内


本文より

***


この二連目の前半の幻想的な稚内と二連目の後半の現実的な稚内が混じり合って、全くの空想でも、全くの現実でもない、現実から半歩ずれた稚内像が浮かび上がる。この辺りのたもつさんのバランス感覚は凄まじい。 そして三連目の後半で転換が訪れる。


***

一事が万事 バンジージャンプもある 妻はバンジージャンプはしない 高所恐怖症だから


本文より

***


万事の語からバンジージャンプが導かれたと思うと、唐突に高所恐怖症の妻が出てくる。 続く四連目は全体が一字下げされており、この詩の中で特異な連である事がわかる。 四連目は終始妻の説明に割かれる。妻は高所恐怖症のため台所から出られず、主人公はそれをかわいそうに思っている。そして妻のためにバンジージャンプを稚内から撤去しようとして 『違う  本当に大切なのはそんなことじゃない』 事に気づく。主人公は明らかに妻との間に問題を抱えているにも関わらず、一、二連目では全く妻の話が出てこず、稚内の話ばかりしている。この辺りの構成も巧みだ。 最終連で主人公は稚内に辿り着かないまま安房鴨川で折り返し千葉へ向かう電車に乗って稚内を目指す。電車の中はそんな乗客で溢れているという。五連目にして初めて出てくる他の乗客は主人公と同じく稚内を目指している。


***

足りないものを埋めようとして 自分が埋まっていく ありとあらゆる自分が埋まっていく  


本文より

***


この最後の三行は主人公だけの声ではなく乗客の声の様にも聞こえた。人々が生活する中で足りないものを埋めようとすると自分が埋まって行ってしまう逆説。確かに主人公も妻の高所恐怖症を埋めようとして稚内のバンジージャンプを撤去しようとする。しかし

『違う

本当に大切なのはそんなことじゃない』のだ。 最後に乗客が登場する事によって、それまで主人公の問題を遠目で眺めていた読者は自分も電車の乗客の一人である事に気づかされる。足りないものを埋めようとして自分が埋まっていく。

『違う

本当に大切なのはそんなことじゃない』と言いつつ、誰もが永遠に辿り着かない稚内を目指している。 ファンタジーに飛びすぎない不思議な世界観の提示、言葉のリズムの良さ、所々に現れるアフォリズム、そして語りの展開の巧みさ、全てが高いレベルで達成されていると感じた。



選評執筆者 るるりら

本作品のコメント欄にて、私は オシドリの話をさせていただいた。オリドリという鳥は、美しい、と評判の鳥だからだ。鮮やかな羽根色が 冷たい水面を滑ると いかにも 温かい印象がする。そのせいか時折、日本画でも良い夫婦の象徴として 描かれる。


けれど、実際のオリドリは 一夫一妻制では ない。オスは、数多くのメスにダイブする。


車内に 様々な乗客が溢れているように、鳥の世界も様々な事件があるようだ。空は、空っぽなんだろうか?皆寒い思いをしているのかもしれない。みんな満たされない思いを 満たそうとして、ありとあらゆる手を尽くしている。


本作品は、一人の人が 二人になるという もっともシンプルな人間関係の微妙な 温度差を感じた。お互いを深めようとして それとともになにかを埋めようとしている。それは心の 穴だろうか?お互いを、たしかめつづける手触りを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ