キュレーター推薦賞①
B-REVIEWキュレーター推薦賞受賞作
蛾兆ボルカ 「飛行機/テイク3」
路上で真上を
見上げると飛行機は
railの上を滑るように
超低空で
ゆっくりと着陸してゆく
あれが文明
金がないので
私が乗っていない飛行機であり
作り方も
飛ばしかたも
私にはわからない飛行機
Sindesimaumade
Oreniwa wakanenda
それが私の空を
のうのうと飛んで
対岸の空港に着陸していく
Oreni kotowari mo naku
しかたないよね、と私は文明を許す
空が
空であることを諦めないのだから
飛行機がいようがいまいが
この空は頑なに明るい
雲は白く
Oremo sorawo akirame nai
Musuno sishatati ga tomoniiru kara
地上にて私は
降りてくる飛行機を眺める
* * * * *
選評執筆者 藤一紀
「文明」というものはその時代々々に生きる人々に恩恵を与える反面で、各々の生活という視点から見れば、はじまりも進展も、どこでどう根を下ろしたのかも実感できず、生活者とは無関係に(第二連)世界を、また日常の生活空間(第三連)をどんどん覆って横断していく不気味で忌々しい一面をもっています。
一連目(の行分け)で提示された、飛行機が着陸していく様子からは、そのゆっくりした速度とともに「文明」がもつ重く不気味な音が響いてきます。これは語られる言葉の通底音としてその後も響いているように感じられます。
***
ところが作品は決して暗澹としたものにはならない。第四連の一行目で、
しかたないよね、と私は文明を許す
本文より
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とあるように、「私」が許しているからです。この鮮やかな転換は何だろう。その答えは、
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空が
空であることを諦めないのだから
本文より
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にあるのだろうけど、どのようにそれを知ることができたのか。この部分を「《空が/空であることを諦めないのだから》と『私』が思った」ととるのではなく、私はある種のヴィジョンや気づきの訪れだと取りました。「飛行機」を眺め、「空」を眺めている時に、そのような意志のようなものの訪れが「私」にあったと。作品の言葉としても第三連で《私の空》として表されていた「空」は、ここでは主体性を獲得して「私」と対面するように表されています。それで考えると《しかたないよね》も腑におちます。ここは何度読んでも唸らされる。そして、それゆえに明るさがもたらされていて、前向きな気持ちになります。
最後に作中にローマ字表記で表された箇所は、「私」でなく〈ore〉となっており、他者の声として「私」の後ろから聞こえてきます。これは「私」という自我の背後にある「私」に関わり構成してきた多くの存在を感じさせ、そこには今では死者となった存在も含まれているように思いました。そして「空」には無数の死者が還り、抱えられています。それらの声が響き合うのを「私」が聴くとき、「私」もまた諦めずに生きようと、生きる側へと意志を向けるものになるのではないでしょうか。最終行の眺める目つきにそのような意志の現れを感じました。「稚内」や「エキゾチカ」など、遠さ、届かなさを強く感じる作品との間で迷いましたが、明るさがもたらされている点でこの作品を選出しました。ありがとうございました。