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第四章:第七話:“鴉”

 

「落ち着いたか?」


「はい…もう大丈夫です。」


 あれから数十分、シェーンは静かに泣き続け、サツキはただ優しく抱き止め続けた。


「なぁ、シェーン。一つ気になったことがあるんだが…」


「…何でしょう?」


「他の偽りの天使ファルシュ・エンゲルはここにいないのか?」


 サツキは泣き止んだシェーンの肩に手を置き、真正面からシェーンを見つめる。


「…はい、皆魔王との戦いで命を落としました。」


 シェーンは再び目を伏せながら静かに答える。


「そうか…シェーンだけ生き延びれたのか。」


「違います。」


「え?」


「私は戦場へ行くことなく、この施設の中でラグナロクを過ごしました。」


 静かに頭を横に振るシェーン。


「それは何故?」


 シェーンの顔がどんどんと沈んでいくのが分かるが、サツキはどうしてもこの話に踏み込まなければいけないと感じ、静かに確信へと迫る。


「それは…私が出来損ない………感情があったからです。」


「出来損ない、感情…?」


 意味の分からない言葉にサツキはただ繰り返すことしか出来なかった。


「はい、本来は偽りの天使ファルシュ・エンゲルに感情がありません。それは私達に殺戮意志を植え付けさせ、壊れるしぬという恐怖を無くし、天上軍を殲滅させる兵器に仕立て上げる為です。」


 その言葉を聞いたサツキは胸糞悪い思いにただ駆られるだけだった。


「そんな中で私は感情があるというだけで出来損ないだった…余計な事を考える私は…外に出してもらうことも無かった。ただ話に聞いた外の世界を、空を海を…山や川、花や動物を見て、触れて、感じたいと思うことの何が悪いのでしょう!? なんで、うぅ、あ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 シェーンは先ほどの静かな涙と違い、小さな子どもの様に泣き叫んだ。


「悪くない…シェーンは悪くない。悪いのはこんな巫山戯たコトを計画した野郎だ。」


 サツキは慟哭するシェーンを再び抱きしめ、頭を優しく撫でながら、言い聞かせる様に言葉を紡ぐ。


 そんなサツキの優しさにシェーンはひたすら泣き叫んだ。


 爆発する感情の奔流…世界を羨望、廃棄される悲しみ、死を恐怖する心を持った少女は、優しき青年の胸で幼き子どもの様に泣いた。


・・・・・・


「一緒に行こうか?」


「えっ?」


 どのぐらい抱きしめていただろうか…一分か、十分か、それとも一時間か…それは分からないが長い間だったの確かだ。


 すでに泣き止み、だが未だに胸にしがみついているシェーンにサツキは優しく訊ねる。


「外…見たいんだろ? なら俺と一緒に行かないか?」


「っ…」


 シェーンはバッとサツキから離れると驚きに満ちた顔を見せた。


「どうする?」


「いいんですか…? 私は兵器、ですよ。それに…」


「関係無い。俺の目の前にいるのは普通の女の子だよ。」


 シェーンの戸惑いを断ち切る様にサツキは心を込めて言葉を紡ぐ。


「羽根、生えてますよ…」


「それでも、だ。」


 サツキはシェーンの碧眼の双眸を正面から見つめる。


 シェーンもそれに応える様に真剣な眼差しをサツキに返す…その瞳には、同時に動揺が揺れていた。


「本当に、いいんですか?」


「あぁ…」


 二度目の確認にサツキは力強く頷く。


「迷惑をたくさん掛けると思いますよ。」


「たくさん掛ければいいさ。全部面倒見てやる。」


「私は…サツキさんと一緒に行っていいんですか?」


「俺は全部を受け入れた上で来て欲しいんだ。」


 シェーンの三度目…最後の確認にサツキは自分の思いを伝え、優しく抱きしめる。


 それを聞いたシェーンは三度目の…涙を流す。


 今までとは違う、嬉しくて流した涙だった。


・・・・・・


「落ち着いたか?」


「はい。」


 起きてから何回も泣いているな、とシェーンはサツキの胸に埋めていた顔を離す。


 見上げるとサツキは優しく微笑んでいるが少し苦笑いも混じっている。


 きっと、向こうも自分と同じことを考えているんだろうな、とシェーンもサツキと同じ表情を浮かべる。


「なら、外へ出ようか。」


「はい…あ、その前に寄りたいところがあるんですが…良いですか?」


「ん? 良いけど、どこへ?」


姉妹達・・・お墓トコです。」


「っ…」


 先ほどとは違う、何かを決意した碧眼の瞳に凛とした態度にサツキは息を飲む。


「行きましょう、こっちです。」


 シェーンは部屋から出て行き、気を取り直したサツキもすぐに後を追う。


 シェーンはスタスタとサツキが通ってきたあの白い廊下を歩いて行き、とある扉の前に立つ。


 扉の横にある認証システムにシェーンが暗証番号をカタカタと打ち込むと静かに扉は横へスライドした。


「この下です。」


 シェーンは振り向かずにそう言うと扉の中へと入って行く。


 サツキもシェーンの後について行くと奥は螺旋階段になっていた。


 どのぐらい降りただろうか…おそらくこの施設の最下層だろう扉の前に立ったサツキはシェーンが扉を開けるのを待つ。


 プシュッ……


 扉の先には巨大な空間と中央に巨大な石碑とそれに連なる様に並んだ十字架があった。


 しかし何よりも目に付くのは…


「蒼空…?」


 サツキの見上げる先に天井は無く、代わりに蒼い空が広がっていた。


 サツキがポカーンと口を開けて空を見上げる間にシェーンは中央の石碑へと歩いて行く。


 ハッと気を取り直したサツキは慌ててシェーンを追いかける。


 中央の石碑には何か文字が刻まれており、シェーンはそれを感慨深げに見つめる。


「ここは特殊な魔法によって創られた私達の訓練場です。空は魔法によって投影されたイミテーションです。そして、今は姉妹達の墓場になっていますが…」


 偽りの天使ファルシュ・エンゲルの墓場の説明をしたシェーンは、一番近くにあったNo.00001と刻まれた十字架の前まで行くと静かに膝を着き十字架になにやら語りかけ始めた。


 サツキはそっとしておこうと思い、シェーンから少し離れて周囲を見回す。


 ゾワッ


「っ、なんだ…?」


 サツキは全身の毛が逆立つのを感じ、不吉な気配のする入り口の方を睨み付け、漆黒の刀に右手を掛けて戦闘態勢に入る。


「どうしました? サツキ?」


―――シェーンは気付いてない? ってことは俺にだけ向けられた殺気… 一体誰だ?


 入り口の方へ視線を合わせると黒衣を身にまとった三人組がこちらを見据えていた。


 三人組は泰然とサツキ達の方へと歩いてくる。


 人間が果たして耐えられるのだろうかという程の怨念と瘴気を身に纏って…


「最悪だ…どうしてここに“鴉”が!?」


「“鴉”…?」


 サツキの嘆きにも近い言葉にシェーンは黒衣の三人組を見る。


 頭から足まで真っ黒で頭にはフードを被り、そして顔には何かが描かれた黒いマスク。


「あぁ…黒衣にあの仮面…間違いない、ノルデン帝国元老院直属の殲滅機関…通称“鴉”だ。」


 【元老院直属殲滅機関、通称“鴉”】


 帝国最強にして最凶の黒衣に身を包んだ12人の戦闘集団。


 全員が仮面で顔を隠していて一切の素性が不明で“鴉”同士もお互いの顔を知らない。


 仮面には帝国の紋章である二本の交差する剣にそれを囲む再生を象徴するウロボロスが色を反転して描かれており、それが表すは帝国の裏の存在。


 全員が帝国の人間にしては異端である魔法が一つだけではあるが使える。


「何よりも最悪なのが…」


「『エントライセン』」


 手に収まる程の長方形の漆黒の金属を一人の“鴉”が取り出し、ボソッと呟くとどす黒い大戦斧に変わった。


 それに伴って“鴉”が纏う瘴気が一段と濃くなった。


「“異端兵装ヘレズィー・ヴァッフェ)”っ!?」


「お前何だ? どうして俺らのことを知ってる?」


 大戦斧を片手で軽々と持ち上げる“鴉”はそれをサツキの方へ突き立てながら訊ねる。


「・・・」


「ふん、だんまりか。まァいい…どうせこの遺跡を知った以上殲滅対象に入ってるンだ。それより後ろのソイツが偽りの天使ファルシュ・エンゲルとかいう奴か?」


「………さぁな。」


 サツキは右手を広げながらシェーンを“鴉”から庇う様に立ち位置を変える。


「銀髪に碧眼…そして何より純白の翼。ソイツが今回の俺らの任務の対象らしいな…元老院のジジィ共はこの研究施設のデータを欲しがってたが…生きたサンプルがいるなら丁度良い…」


 サツキのはぐらかしなど意にも止めず大戦斧を肩に掛け、“鴉”の一人が任務の内容を喋る。


「良いのか? 俺らにそんなコト喋って。」


「だから言ったろ。この遺跡を知った以上殲滅対象に入ってるって…だから、お前は死ネ。」


「クッ!?」


 ガキンッ


 勢い良く叩きつけてきた大戦斧をサツキは漆黒の刀で防ぐ。


「ほぅ…良く砕け散らなかったな。大層な名刀だコトで…」


「違う、七位ズィーベン)…あれも“異端兵装ヘレズィー・ヴァッフェ”」


 “鴉”の中で一番小柄な一人――おそらく声から年端も行かぬ少女だろう――が感情の篭もらぬ冷たい言葉で否定する。


「アァ? 何だよ、十一位エルフ…確かに俺の一撃をあの刀は凌いだが、ならどうしてあの刀から怨念や瘴気を感じ無いんだ?」


「あの純白の剣、“永遠の懺悔エーヴィヒ・バイヒテン”が怨念や瘴気を抑えてるからよ。」


 七位ズィーベンと呼ばれた男はサツキを訝しげに睨みながら怒鳴り声を上げる。


 十一位エルフと呼ばれた少女はサツキの腰に差さった純白の剣…“永遠の懺悔エーヴィヒ・バイヒテン”を静かに指差しなが答える。


―――“永遠の懺悔エーヴィヒ・バイヒテン”を知ってる…それにあの声…二年振りか、懐かしいな…いや、俺に懐かしむコトなんか許してくれないか…


十一位エルフに上がったのか、リーラ…」


「あなたが抜けた分ね、サツキ。」


 十一位エルフ…リーラは淡々と応えるが、言葉には少しの憎しみが滲み出ていた。


「ってことはコイツ…元三位ドライかっ!?」


「へぇ…そんな顔してたのか…なら昔の同僚として自己紹介しておこうかな。僕は現三位ドライ…君の後任だ。」


 今まで無言だった最後の“鴉”が自分の位をサツキに紹介する。


「ご丁寧にありがとよ…」


「いいよ、気にしないで。なんなら冥土の土産にしていいよ。『エントライセン』」


 仮面で分からないが恐らくはニコニコとした笑顔で三位ドライは、日常動作の様に“異端兵装ヘレズィー・ヴァッフェ”を鋼糸に変え、サツキに襲いかかった。


「チッ、相も変わらず容赦が無い…それに異常なまでの威力だな。」


 鋼糸を避けたサツキは金属で造られた十字架や地面がスパッと細切れに切れていくのを見て呟く。


「『エントライセン』…忘れたの? この“異端兵装ヘレズィー・ヴァッフェ”の在り方を…万物を嬲り、蹂躙し尽くす最凶にして最低の最悪なるこの子たちをね。」


 リーラも“異端兵装ヘレズィー・ヴァッフェ”を大鎌に変えて構える。


 そして、自分の身の丈よりも大きい大鎌を軽々と振り回してサツキを切り裂きに掛かる。


「サツキさん、危ないっ!? 『Physik wand(対物理障壁)』」


 ガキンッ


 シェーンの発動させた対物理障壁に大鎌が防がれる。


「邪魔しないで…『レーゼン』」


 が、リーラが魔法を唱えると対物理障壁は一瞬で霧散した。


「なっ…!?」


「無駄だ、シェーン。コイツら“鴉”に魔法は効かない・・・・


「そんな…」


「異常にして異端、それが俺ら。」


 七位ズィーベンも大戦斧を振り回し、遠心力を利用して攻撃してくる。


「そうだったろ? 元三位ドライ。」


 ブォンッ


 サツキは刀で打ち合うのは不利と考え、大きくバックステップして距離を取る。


「あぁ…忘れてねーよ。」


 そして苦々しそうに小さく呟いた。


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