第四章:第四話:修行
「これでサッパリしたね。」
「アリガト…」
「どういたしまして。」
ボサボサ頭のラインをアプリルが散髪し、以前の様な浮浪児とは随分と印象が変わった。
短髪になったラインをローザがニコニコと見ているのでラインは恥ずかしげにお礼を言う。
「どう? ローザ、ライン似合ってるでしょ!」
「(コクコク)」
それを見ていたアプリルがローザに感想を求めるとローザは笑顔で頭を縦に振った。
「ローザ、これ紙とペンな。」
ヴィントはローザに束ねた紙とペンを渡す。
「『ラインとっても似合ってるよ。格好いい。』」
「………なんて書いてあるんだ?」
ローザはヴィントから紙とペンを受け取ると紙にスラスラと丁寧な字を綴り、少し頬を赤らめながらラインに見せる。
が、あんな生活を送っていたラインは文字など学んでおらず、ローザの文章は伝わらなかった。
「(………ガクッ)」
かなり勇気を振り絞ったローザはラインの言葉に少しの間凍った後にうなだれた。
「これはね、ラインとっても似合ってるよ。格好いい。って書いてあるの。」
「本当!? なんか照れんな…でも、ありがとうな、ローザ。」
それを見かねたアプリルが代わりに代読するとラインは嬉しそうに、そして、はにかみながらローザにお礼を言う。
するとローザは顔を真っ赤にして頷いた。
「よし、ライン。お前も文字が読めるように勉強しよう。」
「は?」
その一連のやり取りを見ていたヴィントが突然、ラインに勉強をさせることにすると、ラインは意味が分からずに声を上げた。
「常に文字が読める奴がそばにいるとも限らないしな…俺が教えてやるよ。」
「…それもそうだな。」
「ついでにメーヒにも覚えさせるか。」
「な〜に、パパ?」
それならとヴィントがメートヒェンにも文字を覚えさせようと呟くと、自分の名前に反応したメートヒェンがクマのヌイグルミで遊ぶのをやめてヴィントの方を向く。
「このライン兄ちゃんと一緒にお勉強しようなって話だ。」
「なに? キミ、まだ幼いメーヒにもう勉強させるの?」
カッツェがそう訊ねると、ただの猫だと思っていたラインとローザは目を丸くする。
「ん、俺はメーヒぐらいの頃には読み書きは一通り出来たぞ。」
「そりゃキミが王子だからだろ。普通はもっと遅いでしょ? ねぇ、リル。」
「そりゃまぁ…ねぇ、ヴィオにカッツェ君。二人が固まってるからちゃんと説明してあげなよ。」
少しの間かもしれないけど二人の面倒を見るんだから、とアプリルはもっともなことを言った。
「あぁ、そうだな…」
「なぁ、ヴィオ。猫が喋ってる!?」
「『あの、王子ってどういうことなんですか?』」
すぐに復活したラインとローザはヴィントに駆け寄り、訊ねる。
特にローザはラインと違って紙に書くという手間があるのにも関わらず、タイミング的には同時なのだからスゴい。
「二人共、説明するから落ち着け。」
ヴィントは両手を使って二人の頭に手を置く。
ちなみに二人の身長は155cmと148cmほどである。
「実はな…」
とりあえずヴィントは自分の身分や目的、アプリルとの関係、メートヒェンの境遇や吸血鬼とのハーフであること、カッツェのこと、ニーズヘッグのことを話した。
途中二人が何度も目を丸くしたのはご愛嬌で。
「『じゃあ、アプリルさんは普通の方なんですね?』」
「一応な。」
「一応って何よ、ヴィオ。」
「将来的には王妃だし。」
「はぁ、もういい…みんなもう寝よっか…」
「ただここで問題がある。」
「なに?」
「ベッドが2つなんだよな。」
「あぅ、そういえば…」
もともと大した宿屋でもなかったのでベッド2つ以外特になく、ソファーもない。
三人で使う分には全く問題なかったが、いくら子どもとはいえプラス二人はキツい。
「なら私たち女の子で寝るわ。オヤスミ。」
「パパ、おやすみ〜♪」
「『おやすみなさいです。』」
「へ…?」
「バカだな…」
夜は更けていく。
・・・・・・
一週間が経過した。
「ハッ、フッ!」
「甘い。」
バシッ
ラインの棒による猛攻をヴィントは軽くいなし、ヴィントは刃を潰した模擬剣で棒をラインの手から弾き飛ばした。
「ちっ」
「ハイ、素振りな。」
「クソッ」
「返事。」
「ハイ…」
ヴィントはラインが素振りを始めたのを見届けるとローザの元へと赴く。
そこではローザがカッツェから魔力の扱い方を教わっていた。
「そろそろ馴れたか?」
「『はい、それと簡単な魔法をカッツェくんが教えてくれました。』」
ヴィントが訊ねるとローザは空中に指でスラスラと言葉を綴る。
「へぇ…どんな魔法を?」
「『明かりを灯す魔法とか治癒魔法とかをいくつかです。』」
「へぇ…ならラインの手当てしてやってくれ。いくらか掠り傷を負ってるからさ。」
「『はい。』」
ローザがラインの元へと駆けて行くのを見届けるとヴィントはカッツェを持ち上げ、アプリルとメートヒェンの元へと足を向けた。
「魔法を教えたのか?」
「うん、まずかった?」
「別に問題はないさ、ただ刻印魔術まで扱えるとは…流石は年の功。」
「年寄り扱いはやめてもらいたいね。それに君も刻印魔術は出来るでしょ?」
「まぁな。」
ヴィントは魔力を指に集めると空中に魔法陣を描き、最後に魔力を込める。
すると魔法陣から火の玉が出てきた。
「ラインの方はどう?」
「筋は良いな、幻想空間使ってひと月ぐらいは修行に当てたから一般的な兵士ぐらいの力量はついただろ。」
ヴィントは二人を引き取った翌日、ラインから剣を教えて欲しいと頼まれたが、女性陣から子どもに刃物はダメと言われたので、ヴィントは棒術を教えることにした。
棒術なら槍術の応用が効き、また、間合いも取れるのでヴィントはラインに棒術を教えることにしたのだった。
その間、ローザはカッツェから魔力の扱い方を教わり、空中で文字を書く術を教わった。
そして、アプリルとメートヒェンは…
「いけっ!」
「あはは〜♪」
ヴィントが創り出した魔物と戦っていた。
「派手だな。」
「派手だね。」
ヴィントとカッツェが呟いた通り、二人の模擬戦は派手だった。
アプリルは弓から魔法銃へと武器を変更し、ヴィントが魔法を込めた薬莢を使い、魔物に銃口を向ける。
引き金に指を掛け、照準を合わせて発砲する。
ちなみに普通の銃と違い、発砲音は無音である。
模擬戦なので威力の高い魔法は込めてないが、各属性の魔法弾と指向性のある閃光弾と音響弾と結構エグいラインナップである。
そして、メートヒェンが小さな腕を振るう度に衝撃波が暴れ狂う。
「前にリルと模擬戦やったけど、あの指向性閃光弾と音響弾って反則だよね。」
対象にのみ、目も眩む閃光や平行感覚を失う爆音を届ける反則弾は、ヴィントがアプリルに敵を殺すのでなく制する為に考え、魔物はともかく対人間では気後れするアプリルを思いやってのモノであった。
「そうだな、でも指向性があるといっても光も音も直線にしか進まないから銃口の直線上に留まらないように動き続ければ脅威ではないぞ。」
「理屈ではそうだけどさ…あ、終わった。」
アプリルの閃光弾に音響弾で動きが鈍った魔物にメートヒェンの一撃が容赦なく襲い掛かり、模擬戦は終わりを告げた。
「お疲れさん、どうだった?」
ヴィントはアプリルの元へと歩み寄るとタオルと水を手渡す。
「今回のは動きが速かったから苦労したけど、なんとか倒せたよ。」
タオルを受け取ったアプリルは額に浮かんだ汗を拭うと水を一気に呷った。
「そろそろ現実に戻ろう。」
「うん、疲れたよ。」
「疲れてるところ悪いがラインとローザを呼んできてくれ。」
「りょ〜かい。」
アプリルはタオルと水、それから魔法銃をヴィントに渡すと二人の所へ歩いて行った。
「さて…メーヒにカッツェもこっちな来い! 現実に戻るぞ。」
「は〜い♪」
「うにゃ!?」
ヴィントが一人と一匹を呼ぶと、メートヒェンが勢いよくヴィントの胸へと飛び込んできた。
メートヒェンの頭に乗っていたカッツェはその勢いに頭から振り落とされる。
「お疲れさん。」
「つかれてないよ? たのしかったの♪」
ヴィントの言葉にメートヒェンは胸に埋めていた顔を上げてニッコリと応える。
「そうか…なら戻ったら勉強だな。」
「え〜ならつかれたの。」
ヴィントの言葉にメートヒェンは意見を180°変えるとヴィントの胸にぽすっと顔を埋めた。
「ヤレヤレ…勉強頑張ったらあとでご褒美をやるから。」
「ほんとに?」
メートヒェンはご褒美と言う単語に顔を上げ、ヴィントと同じ紅い瞳で父の顔を覗く。
何気に魅了の魔眼を発動してたりする。
「ほんとに。」
「ならがんばる。」
言質を得たメートヒェンは三度、ヴィントの胸に顔を埋める。
そして、笑顔で父の胸に顔をすりすらとなすりつける。
ヴィントはその姿に普段は見せない、頬を緩ませてメートヒェンの黒い艶やかな髪を撫でる。
「親ばか…」
それを見ていたカッツェはボソリと毒を吐いた。
「・・・」
カチッ
「ギニャャャャャャャャャァァァァァァァァァッッッッッッッッッ」
その言葉を地獄耳で拾ったヴィントは無情にも魔法銃の引き金を引いた。
次弾はどうやら指向性音響弾だったらしく、カッツェにダメージは無かった…いや、鼓膜に多大な被害を及ぼしていたが…
悲鳴を上げたカッツェは手足に尻尾をピーンと伸ばしてコテッと横に倒れた。
「パパ、カッツェどうしたの?」
「さぁ、口は災いの元ってか。」
「?」
「災いは君自身だ、よ…」
ヴィントの理不尽な攻撃と言葉にカッツェは息も絶え絶えで言葉を絞り出した。
・・・・・・
宿屋に戻ってきたヴィントたちは文字の勉強を一時間程した後、最後の確認としてテストをすることにした。
ちなみに結果は…
「98点…」
「97てんなの。」
なんとかラインがギリギリで年上の面目を見せたが、同じ問題という時点で負けかもしれない。
「まァこれだけ取れればいいだろ。もうラインもメートヒェンもローザの言葉は読めるしな。」
ヴィントはそう言って椅子に座っているラインとメートヒェンの頭をクシャクシャと撫でる。
ラインは嫌そうな顔をしながらも手を振り払わないので、アプリルは照れてるなと思うと、つい微笑を浮かべた。
対照的にメートヒェンは艶やかな黒髪が乱れるのも気にせずに倖せそうな笑顔を浮かべ、足をプラプラさせている。
「さて、寄り道もこれで終了だ。明日にはもうこの町を出るから早く寝るか。」
ヴィントの言葉に全員が頷き、翌日からの旅へ思いを馳せた。