第四章:第一話:北へ
「本当にいいのか?」
父親探しの旅について行くと言うアプリルにもう一度確認するヴィント。
気持ちは一緒にいたいが、やっと家族の元へ帰ってきたアプリルやメルツ、マイの想いのことを考えての言葉である。
「うん、お母さんもマイも行っておいでって…」
アプリルも出来たらヴィントとメートヒェンと一緒にいたいと思っているが、母や妹のことを考えるとすぐに決断出来なかった。
しかし、昨夜、メルツとマイが背中を押してくれたようだ。
「ママといっしょにいれるの?」
メートヒェンがアプリルの服の裾を掴み、嬉しそうに訊ねる。
「そうだよ、メーヒ。」
そんなメートヒェンをアプリルは優しく抱きしめる。
「やった〜♪」
その母親の慈愛に満ちた抱擁をメートヒェンは満面の笑みで応える。
「ふふ、立派に母親してるじゃない。」
「えぇ、リルは良い母親ですよ。」
2人の様子を見てメルツが微笑みながら言うとヴィントも同意した。
「それにキミも立派な父親してるみたいね。」
メルツはヴィントの胸を指でつつきながらにこやかに言う。
「まだまだですよ…ただそうでありたいとは思ってます。」
「良い心掛けね…」
ヴィントの言葉に満足したのかメルツは台所へと足を向けた。
「あ、お母さん…体は大丈夫なの?」
「えぇ、すこぶる快調よ。これもリルたちのお陰ね。」
メルツは振り返らずに手をヒラヒラさせながら台所へと歩いて行った。
「良かったぁ…」
「そうだな。」
ヴィントたちもメルツのあとを追って台所へと向かった。
・・・・・・
「それじゃぁ…お母さん、マイ、行ってくるね。」
「えぇ…いってらっしゃい、リル。」
「いってらっしゃい、お姉ちゃん。」
朝食を取り終えたヴィントたちはノルデン帝国へ向かう為に家の前で別れの挨拶をする。
「リル。」
「何? お母さん。」
メルツはアプリルの耳元でボソボソと囁くとアプリルの顔が一瞬で真っ赤になった。
「お母さんッ!!」
アプリルの抗議をサラリとかわしてヴィントに向き合う。
「リルに何を言ったんですか?」
「ふふ、ちゃんと避妊しなさいよってね♪」
「ッ〜〜〜〜〜〜」
アプリルが悶える。
「善処します…」
ヴィントは目を逸らしながら言う。
「よろしくね。」
メルツは楽しげに笑いながらアプリルとヴィントを見る。
・・・
「行くか……」
「うん。」
今度こそ別れの挨拶を済ませるとヴィントたちはフリューリング家をあとにした。
一行は村の外へと行き、人気の無いところまで歩くとニーズヘッグを召喚した。
「ニーズヘッグ、ここから北上してベルク山脈を越えてノルデン帝国に入ってくれ。」
『承知した。』
ニーズヘッグはヴィントたちを背に乗せるとヴィントの父親、ヴォルケを探す為、ノルデン帝国へと翼を広げた。
「どのぐらいかかるかな?」
「そうだな…昼過ぎにはベルク山脈を越えられそうだ。」
アプリルの問にヴィントはニーズヘッグの速さから到着時間を予測する。
空の旅は特に問題もなく順調に進み、昼過ぎにはベルク山脈を越え、ノルデンの空へと着いた。
『この後はどうするのだ?』
ニーズヘッグは一旦進むのを止め、その場で旋回しながら訊ねる。
「一番近い町か村に降りよう…そこからは地上を行く。」
『承知した。』
ニーズヘッグはベルク山脈の麓にあった村へと滑空していった。
・・・・・・
村の近くでニーズヘッグから降りてヴィントたちは歩いて村へと向かった。
「これからどうするの?」
「地道に探すさ…それにはまず聞き込みからだな。」
「そうだね。」
「あぁ、それからヴェステン出身ってのは隠しておいた方がいいぞ。」
「どうして?」
ヴィントの言葉にアプリルは首を傾げる
「帝国至上主義ってのかな…とにかく他国の人間には風当たりが強いのさ…」
「わかった、気をつけるね。」
村に着いたヴィントたちはヴォルケについての聞き込みを始めた。
一時間後
一通り訊ねたがヴォルケを知っていると言う情報は得られなかった。
「この辺りじゃあないのか…ニーズヘッグ、何かヴォルケについて知ってるか?」
『ノルデンにいるとしか分からんな。』
「そうか…」
村外れで休憩中にヴィントはメートヒェンの首もとに掛かっているニーズヘッグに一縷の望みを賭けて訊ねたが結果は得られなかった。
「ニーズヘッグでノルデンを飛び回ればすぐに見つかるんじゃない?」
アプリルがもっともな意見を出す。
「いや、あまりニーズヘッグで空を飛び回って帝国軍に見つかっても面倒だ。」
「そっか……ねぇ、この後どうするの? この村宿なかったけど…」
元々旅人もあまり来ないところなので宿などの宿泊施設がこの村にはなかった。
「一時間歩いたところに大きな町があるらしいからこれからはそこに行こう。」
「うん。」
ヴィントたちは休憩を終えると村を出て隣町への街道を歩いて行く。
そして街道を歩くこと一時間、ヴィントたちは町にはまだ着いておらずに盗賊に囲まれていた。
「はぁ…」
ため息を吐くヴィント…その周囲を囲む十人の盗賊たちはそれぞれ手に剣や斧、弓などを持ってヴィントたちを威嚇する。
「金目のモノと女を置いて消えな、そうすれば命だけは助けてやるよ。」
リーダーだろう男がそう言うと周囲の仲間たちも下卑た笑い声を上げる。
「カッツェ、リルとメーヒを頼む。」
「にゃー」
ヴィントはカッツェを一瞥すると一歩前に出て盗賊たちを見やる。
「【エルガーン・ドナー】(怒りの雷)」
ドガッシャシャシャーン
「ぐぁ〜」
「うわぁ〜」
「ぎゃぁ〜」
容赦なく唱えられた魔法によって盗賊たちは一人残らず雷の餌食となり、ヴィントたちの過ぎたあとは死屍累々となっていた。
「これて三度目…そろそろいい加減にして欲しいよな…」
「アハハ…」
ヴィントの愚痴にアプリルは乾いた笑い声で応える。
村を出てから盗賊や魔物に襲撃されること五回、その内三回が盗賊で二回が魔物である。
「それにしても盗賊が多いね…」
アプリルもうんざりし始めたようだ。
「ノルデンは封建社会で格差が酷いからな…」
「ほう、けん?」
「貴族が権力を以て領民を支配するってこと。ノルデンは王が一番上にいて、その下に各地の貴族、貴族の領地に住む民と階級が分かれてる。大体どの領地も多大な税を納めさせるから下々の民は苦労してるって話だ。」
「ナ、ナルホド…」
「だから、盗賊行為なんかに走ってるってワケか。」
アプリルはあまり理解出来なかったみたいだが代わりにカッツェが言葉を繋ぐ。
「あぁ、良識ある貴族が領地を治めているなら領民の暮らしは安定するもんだが…この辺りを治めている貴族はあまり良識がない方なのかもな…」
そんな話をしながら歩いていると町が見えてきた。
「お、町に着いたみたいだな。」
「日が暮れる前に着けて良かったね。」
「あぁ、夜になったら余計にメンドクサイからな…」
町に着くとヴィントたちは今日泊まる宿を探し始める。
「なんかガラの悪い町だね…」
アプリルが呟いたように町の中は荒れていて、いたるところで争いなどが繰り広げられていた。
「絶対に俺から離れるなよ。」
「うん…」
ヴィントは周囲に意識を向けながら宿を探した。
「泥棒ぉ〜〜〜」
「ん?」
声と同時に目の前の店先から一人の少年がパンを抱きしめながら風のような速さで駆けて行った。
年の頃は十を過ぎたぐらいだろう、ボサボサな赤毛にあどけない横顔が二人には印象的だった。
その後を店の店主だろう太った男が出てくるが、その時には少年はすでに路地に入り見えなくなっていた。
「あんな子まで…」
「生きる為には何でもしなきゃこの町では生きていけないんだろう…」
改めて町の劣悪な環境を実感したヴィントとアプリルだった。
・・・・・・
???side
「ハァ、ハァ、ハァ…ここまでくれば…」
今日はなんとか飯にありつけたか…けど、これであの店も当分近寄れないし…明日からどっすかなぁ…
とりあえず飯食ってから考えるか…明日のことは明日考える。
・・・
「はあ…どうしてこんなクソみたいな世界におれは生きてんだろ…」
醜い大人共はぶくぶくと太ってやがる…おれらガキなんかその日の食べ物を手に入れるのに必死だってのに…
「人は皆平等ってキルヒェ教会の神父が行ってたけ…」
この町のどこに平等があるんだか…教会の神父もとんだペテン師だよな…
「いっそ、この町を出るかな…」
そしたらこんな救いも無い世界も少しは変わるだろうか…?
???side end