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間章:フリューリング家


 間章:フリューリング家


 太陽が西へと傾いていき、空はオレンジ色に染まり、あと一時間もすれば辺りには夜の帳が落ちるだろう。


『オステンに入ったぞ。』


「そろそろ高度を下げてくれ。」


『あぁ。』


 ニーズヘッグは雲の上から地上へと緩やかに下降していく。

 

「空は目立つから、ここからは歩いて行くか…運んでくれてありがとな、ニーズヘッグ。」


『礼には及ばないさ。』


 ニーズヘッグは地上に降り立ち、ヴィントたちを背中から降ろすとメートヒェンの胸にある透明な宝玉へと吸い込まれて行った。

 透明な宝玉は漆黒へと変わった。


「さて、日が暮れる前に村に行こうぜ。ここからならいくらもかからないだろう。」


「うん、村までもうすぐだよ。」


 アプリルは駆け出さんばかりの勢いで先頭を弾むように歩く。


「ママうれしそうだね、パパ。」


「リルはリルのママと妹に会えるのが楽しみなんだよ。」


「ママのママ?」


「あぁ。」


 アプリルに続きヴィントたちも後を歩く。

 ただ一匹…カッツェだけはヴィントの頭でヘタっていた。


「うぅ…」


・・・・・・


「あ、マイ〜〜〜〜〜〜〜」


 村を目前にアプリルが叫び走りだした。


「えっ…お姉ちゃん!?」


 アプリルが走り出した先には手桶を持つアプリルと同じアメジストの色合いを見せる瞳に肩で切り揃えられた銀髪の可愛らしい少女がいた。


バッ


「わっ!?」


 アプリルはマイに勢いよく抱きつき、ギューッと抱きしめ喜びを精一杯噛みしめる。


「マイ〜ただいま。」


「おかえりなさい、お姉ちゃん。」


 そんな姉を妹は優しく抱きしめて背中を撫でる。


「マイ、お母さんの具合は? やっと薬が手に入ったんだけど…」


「お母さんならお姉ちゃんが出て行ってから少し悪化して、今は家で横になってるよ。」


「そう…なら急いで薬をお母さんに飲ませてあげないとね。」


「うん…あのお姉ちゃんの後ろでこっちを見ている人たちはお姉ちゃんの知り合い?」


 マイは抱きついている姉から姉の後方で手持ち無沙汰にこちらを見て佇んでいるヴィントたちが気になった。


「あ、うん。紹介するね…男の子の方がヴィオで女の子がメートヒェン。それと黒猫のカッツェくん。」


 アプリルは妹に抱きつくのを止め、一歩、二歩と下がるとヴィントたちを紹介した。


「はじめまして、ヴィオです。」


「はじめまして、メートヒェンっていいます。メーヒってよんでね、おねえちゃん♪」


 ヴィントは爽やかにニコッと微笑みながら自己紹介を、メートヒェンはいつも通りの愛くるしい自己紹介をした。


「は、はじめまして…わたしはマイって言います。」


 マイはヴィントの微笑みを見て赤面しながら自己紹介をする。


―――わわっ…こんなカッコイイ人初めて見た…お姉ちゃんと知り合いらしいけど、どんな関係なんだろ? まさか…こ、恋人とか……いやいや、あの鈍いお姉ちゃんがまさか、ね?


「よろしく、マイちゃん。」


「あ、はい…よろしく…お願いします。」


「さっ、マイ。お母さんの待つ家へ帰ろう!」


「あ、うん。」


 アプリルとマイ姉妹を先頭に一行は村の中を練り歩く。


「おや、アプリルちゃん。帰ってきたのかい?」


「あ、メニンおばさん。ただいま!」


「お、アプリル。薬は手に入ったのか?」


「うん、これでお母さんも良くなるよ。」


「そうか、それは良かった。あとで快気祝いに今日捕まえた猪の肉持っててやるよ。」


「ホント!? ありがとう、ランツおじさん。」


 村を歩いているとアプリルは村の人たちからたくさんの声を掛けられていた。


「リルは人気者だな。」


「は、はい。お姉ちゃんは明るさし、働き者だから村のみんなからの信頼も厚いんです。」


「へぇ…」


「あ、あの…ヴィオさんとお姉ちゃんってどんな関係なんですか?」


「恋人。」


「え、え、えぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 マイの驚きの叫びが日に暮れてく村中に木霊していく。


「マイ、どうしたの?」


「・・・」


 妹の叫び声にアプリルは後ろを振り返り、訊ねるがマイは思考が停止していた。


「マイ?」


「あ、お姉ちゃん…」


 アプリルがマイの肩を掴み前後に揺するとマイは意識を取り戻した。


「一体どうしたの? あんな大きな声出して…」


「う、うん…お姉ちゃんとヴィオさんが恋人って本当?」


「う、うん…」


 アプリルは恥ずかしいのか消え入りそうな声で答えた。


「そ、そっか…ロインくんが驚くだろうなぁ…」


「ロインがどうかしたの?」


「リル!? 帰って来たのか!!」


 2人がロインという人物のことを話しているとその本人が現れた。


「あ、噂をすれば…」


 マイが小さく呟いたがその言葉は風に消えていった。


「あ、ロイン。ただいま!」


 アプリルは走って近づいてくる少年ににこやかな笑顔で挨拶をする。


「おかえり、リル。心配してたんだぞ…俺も一緒に行ければ良かったんだけどな…」


 アプリルの前で止まった少年はヴィオと同じぐらいの背丈で黒髪を後ろで一本に結い、整った顔つきをしていた。


「ううん、心配してくれてありがとう。確かに私一人じゃ無理だったかもしれないけど、ヴィオが一緒に旅してくれたし…」


「ヴィオ?」


 その言葉にロインと呼ばれている少年がヴィントのことを訝しげに視線を向ける。


「あ、こっちの男の子がヴィオでこの女の子がメートヒェンで、黒猫のカッツェくん。私と一緒に旅したみんなだよ。」


「フロイントです。ハジメマシテ。」


 フロイントと名乗るとアプリルとヴィントの間に立ちとても好意的には見えない挨拶をする。

 それを気にもせずヴィントとメートヒェンも先程と同じように自己紹介と挨拶を返す。

 ヴィントはこんなやり取りなど王宮にいる頃から日常茶飯事であるからである。

 メートヒェンはそんなことお構いなしにただ人懐っこいだけである。


「ロイン、どうしたの? そんな険しい顔して?」


「リル…この野郎は一体何なんだ?」


 ピリピリした空気を不思議に思い、アプリルはフロイントに訊ねる。

 フロイントは場所が場所なら縛り首になるであろうセリフでアプリルに問い掛ける。

 そんな状況を見てマイは額に手をやり、姉はどこまでも鈍い、と頭を悩ましていた。

 そして、カッツェはメートヒェンとともにずっと蚊帳の外である。


「ヴィオは…えぇと、その…なんて言うか…」


「俺はリルの恋人だ。」


「なっ!? 本当にそうなのか、リル?」


 ヴィントの言葉にフロイントは驚きを隠せず、更にアプリルの肩を掴み激しく前後に揺する。


「う、うん。」


 首をカクンカクンとしながらアプリルは答えた。


「う、嘘だ…」


 アプリルの肯定の言葉を聞き、フロイントはアプリルから手を放すとよろよろと後ずさった。


「真実だ、リル。」


「何? ヴィ…んっ!?」


「「!?」」


 ヴィントはアプリルの隣に立ち、真実をフロイントに突きつける。

 そして、アプリルの名前を呼び唇を強引に奪った。

 しかも、ディープなキスにフロイントだけでなくマイも驚く。


「わっ、パパとママがチューしてる。」


「「パパ!? ママ!?」」


 ヴィントとアプリルのキスシーンを見たメートヒェンの言葉に更に驚くマイとフロイントの2人だった。


「む、んん…」


 ぴちゃぴちゃと艶めかしい音が2人から響き、ヴィントの舌がアプリルの口内を撫で回す。


「ふぅ…」


 ヴィントが唇を離すと2人の間には透明な糸が繋がっていた。


「ハァハァ…もうっ、ヴィオ!!」


 キッと涙目でアプリルがヴィントを睨み付ける。


「悪ィ悪ィ。」


「リル…」


「お姉ちゃん…」


 もう収拾がつかないな、とカッツェはぼんやりと思った。


・・・・・・


 結局、全員でアプリルの母親が待つ家へと向かった。

 道中フロイントはずっと茫然自失と歩いていた…余程アプリルとヴィントのキスシーンが堪えたようだった。


「ただいまっ、お母さん!!」


 アプリルが扉を勢い良く開け、家の中へと駆けていった。


「あら、リル…おかえりなさい。」


 そんなアプリルをベッドから体だけ起こして母親は優しく迎えた。


「薬持ってきたよ!」


 アプリルは母親の元へ駆け寄ると薬を母親に渡す。


「まぁ、大変だったでしょ…」


「ううん…みんなが手伝ってくれたから。」


 そう言ってアプリルがヴィントたちの方を振り向く。


「あら、マイにロインじゃない…そっちの子たちは?」


 つられてアプリルの母親もヴィントたちの方を見ると自分のもう一人の娘と近所の男の子以外に見知らぬ顔が2人いた。


「男の子がヴィオ、女の子がメートヒェン、それと黒猫のカッツェくん。」


 アプリルは母親にヴィントたちの紹介をする。


「はじめまして、ヴィオです。」


「はじめまして、メートヒェンっていいます。メーヒってよんでください。」


 ヴィントは爽やかにニコッと微笑みながら自己紹介を、メートヒェンはいつも通りの愛くるしい自己紹介をした。


「はじめまして、アプリルとマイの母のメルツです。2人がリルのことを手伝ってくれたのかしら?」


「はい、リルとはオステンとシェントゥルムとの国境付近であってからずっと旅をしてきました。メーヒはシェントゥルムを旅してる途中に逢いました。」


「あら? メーヒちゃんはヴィオくんの妹じゃないの?」


「あ、お母さん…えっと、それは…」


「メーヒはね、パパとママのむすめなの♪」


「まぁ…」


 メルツはメートヒェンの言葉に目を丸くして驚いた。


「俺から説明します。」


 ヴィントはメルツにメートヒェンのことを重要なところは伏せて説明した。


「そう…色々とあったのね。」


 マイとフロイントもメートヒェンがそんな辛い思いをしてきたことに驚きを隠せなかった。


「色々大変だった…でも、楽しかったよ。それはヴィオとメーヒが一緒にいてくれたから…」


「メーヒも!」


 アプリルが自分の想いを言葉にしながらメートヒェンを抱きしめるとメートヒェンもそれに応える。

 そんな光景を優しい眼差しで見守るヴィントを見て、メルツはヴィントとアプリルの関係を察する。


「ロイン、残念だったわね。」


「な、何がですか!?」


「あら、それを私の口から言わせるの?」


「メルツさんがフってきたんじゃないですか!?」


「ふふふっ、ヴィオくんだけならまだ可能性があったのに、メーヒちゃんまでいたらね…子はかすがいって言うからね。2人はもう夫婦みたいなモノね。」


「お、お母さん…」


「そ、そんな…」


 メルツの言葉を聞いてアプリルは赤面し、フロイントは再び気持ちが沈んでいった。


「お母さん、お薬は?」


 様子を伺っていたマイはメルツに薬のことを告げる。


「あ、そうだったわね。アプリルが頑張って手に入れた薬だもの。きっとこの病気も治るわよね。」


 そう言ってメルツはビンに入っていたメディカメントをグイッと呷る。


「ど、どう?」


「ん〜ニガイわ…」


 アプリルが心配そうに訊ねるとメルツは味の感想を告げた。


「そーじゃなくて! 体の具合は?」


「いくらいい薬だってそんなすぐに効果は出ないわよ。」


「そ、そうだけど…」


「大丈夫、明日にはきっと良くなってるわ。」


 メルツはそう言ってアプリルを優しく微笑んで諭す。


「うん。」


「さぁ、もうそろそろ夕飯の時間だわ。久しぶりにリルの手料理をお母さんに食べさせてくれない?」


「お母さんが元気になるように腕を振るうね!」


 メルツが話を変えるとアプリルは気持ちを切り換え、台所へと向かった。


「あ、お姉ちゃん。私も手伝うよ。」


 パタパタとマイもアプリルの後を追いかけていく。


「ロインも食べてく?」


「いや、お邪魔虫な俺は帰ります。」


 すっかり卑屈になったフロイントは変な笑い声を上げながら家を出ていった。


「少し弄り過ぎたかしらね?」


 ありゃりゃとメルツは頭に手をやる。

 それからヴィントの方へと顔を向け、真剣な眼差しで見る。


「ヴィオ君はリルとは恋人なのかな?」


「えぇ、アナタの予想通りですよ。」


 ヴィントは先程から恋人同士であることを前提に話してたことを踏まえて答える。


「そっか…いつか来るとは思ってたけど、まさかこんな早くとはね。それに、キミ…平民じゃなくて貴族だよね?」


「…何故そう思うですか?」


 更にあっさりと自分の身分の高さに気付いたメルツに内心舌を巻くが流石には王子と思いつかないらしく、ヴィントは安心した。


「女の勘よ。というかヴィント王子よね?」


「!?」


「その反応は図星ね…リルも大層な玉の輿ね。」


 はふぅ…とため息を吐く目の前の女性にヴィントはすっかりとやりこめられてしまっていた。

 ヴィント自身、アプリルには身分を明かしているので彼女の母親に王子と知られるのに問題は無いが、まさか自分がバラす前にバレるとは思いもしなかったようだ。


「さて、リルたちが料理を作ってる間にアナタたちのこと教えてくれないかしら? 2人との出逢いや旅の出来事をね。」


「わかりました。それじゃ俺とリルの出逢いから…」


 ヴィントはアプリルとの邂逅からシェントゥルムでの出来事やヴェステン魔法学院での出来事などを話していった。

 その中でメートヒェンのことやカッツェのこと、自分のことも説明する。

 こういうことは話すタイミングを逃すと言いづらくなるからである。


「へぇ…本当に色々あったのね…」


 メルツも予想以上で驚きを隠せないようだった。

 その後は雑談をしながらアプリルのご飯だよ〜、の声が掛かるまで待った。


・・・・・・


 夕飯も食べ終わり全員で紅茶を飲みながら会話をしていたが、メートヒェンの欠伸を合図に寝ることになった。

 久しぶりに帰ってこれたアプリルはメルツとマイと一緒に寝ることにし、ヴィントとメートヒェン、カッツェはアプリルの部屋で寝ることになった。


 アプリルside


「あなたたちとこうして話すのも久しぶりね。」


「そうだね。」


「うん。」


 三人は取り留めのない話で盛り上がった。 それは昔の話だったりアプリルのいない間の村での出来事だったりアプリルの旅先での出来事だったりした。

 そしてメルツがアプリルとヴィントとのことについて聞いてきた。


「ねね…ヴィオくんとドコまでいったの?」


「ぶっ!? お、お母さん…いきなり何聞いてんのよ!」


「ヴィオさんとキスしてるところならさっき見たよ。」


「な、マイまで何言ってんのよ!?」


 どうやらアプリルの味方はいないようだった。


「2人の子どもを見るのもあと少しかしら? まだ“ピー”歳なのにもうお祖母ちゃんか…」


「私も叔母さんかぁ…」


「ちょっと2人とも!! 巫山戯るのもいい加減にしてよ!」


 母と妹の連携プレーに押されるアプリルはつい声を荒げてしまった。


「ごめんね、お姉ちゃん…でもそんな大きな声出したら近所迷惑になるよ。」


「誰が大きな声を出させたと思ってるのよ…」


「で、ドコまで言ったの?」


 母親のニヤニヤ顔にアプリルは疲れがドッとのしかかってきた。


「あのねぇ…」


「おねえちゃん、私も知りたいなぁ…」


「あら、ココが赤くなってるわよ?」


 メルツが自分の鎖骨の辺りを指差す。


「ウソッ!? 昨日は(ヴィオが疲れてて)シなかった…の、に…」


 途中でメルツの引っかかったことに気付き、アプリルはギィと首を母親の方へ向ける。

 そこには悪魔の笑み(アプリル視点)を浮かべた母親の顔があった。

 ちなみにマイは顔を赤くしている。



「ふふふっ、夜はまだまだ長いわよ…」


「ヴィオ〜メーヒ〜」


「・・・ポッ。」


 フリューリング家の夜は長い…


 アプリルside end


・・・・・・


「おはよ…」


「あぁ、おはよう…リル。」


「どうしたの、ママ?」


「ちょっと、ね…」


 清々しい朝を迎えたヴィントとメートヒェンとは対照的にアプリルの顔には疲れが見える。


「おっはよ〜ヴィオ君、メーヒちゃん♪」


 かわりにメルツの顔色が良くなっていた。

 きっと薬が効いて体調が戻ったのだ、とアプリルは思うことにした。

 …思うことにした。



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