第三章:第十三話:帰りを待つ家族の元へ
第三章:第十三話:帰りを待つ家族の元へ
「わぁ、可愛い猫…名前はなんて言うの?」
アプリルはメートヒェンの頭に乗っかっている黒猫を見て目を輝かせる。
「カッツェ・シュヴァルツ、カッツェって呼んで。」
ヴィントとメートヒェンに尋ねた問いにカッツェが答える。
「カッツェくんかぁ〜よろしく、ね…?」
そして、それに気付いたアプリルの頭にハテナが飛び交う。
―――今このカッツェくんが喋らなかった? いやいやいやいや…猫が喋る訳ないよね。どうせまたヴィオの悪戯だよね。
「ヴィオ、そんな手の込んだ悪戯しなくても…」
「ヴィオじゃないよ。ボクはただの猫じゃなくてメーヒの使い魔だから喋るぐらい訳ないよ。」
「えぇっ!? メーヒの使い魔!? …って何?」
ズルッ
「わぷっ」
アプリルの言葉にカッツェは思わずメートヒェンの頭からずり落ちそうになる。
そして二次災害でメートヒェンの目の前はカッツェのどアップになった。
それを見たヴィントはカッツェの首をヒョイと猫づかみする。
「まぁ中で話そうぜ…もうクタクタでさ…」
数時間前まで死闘を繰り広げていたのだから全員が満身創痍である。
「あ、うん。いま紅茶入れるね。」
パタパタとアプリルが室内へと走って行く。
・・・・・・
「…た、大変だったね。」
ヴィントがカッツェとの出会いからニーズヘッグとの死闘までを話すと、アプリルは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「全くだ…まぁおかげで親父のことがわかったから結果オーライだ。」
『我もヴォルケの倅であるお主に会えたしな。』
「ニーズヘッグさんもお疲れ様でした。」
『ニーズヘッグで良いぞ、娘よ。』
「なら私もリルで良いですよ。」
『そうか…わかった、リルよ。』
「そういや…リル、今日の寮の仕事は?」
「あ、うん…テリンさんがね『旦那が帰ってくるのに妻が出迎えてやらないでどうする』って言ってお休みくれたの。」
「そっか、あとでテリンさんにも挨拶いかなきゃな。」
「うん、そうだね。」
「その前にちょっと寝かせてくれ…」
「あ、メーヒもパパとおひるねする〜♪」
「あぁ、惰眠を貪ろうぜ。」
「むさぼる〜♪」
「君たちねぇ…」
カッツェがヴィントたちと会ってから何回目かわからない溜め息をつく。
「ねぇ、カッツェくん。」
「何かな、リル?」
「詳しく教えて欲しいんだ。ヴィオは肝心なところを教えてくれてないみたいだから…」
アプリルの真剣な双眸がカッツェを射抜く。
―――どうやらただの村娘だと思ってたら痛い目をみせられそうだ…
「残念だけど、それは言えない。」
「どうして…」
「それがヴィオの願いだからさ…」
「いつか教えてくれる時がくる?」
「多分ね…」
最悪なカタチでね…カッツェの喉に飲み込まれたセリフをアプリルは知るよしもなかった。
「ゴメンね、引き留めて…カッツェくんも疲れてる筈なのに…」
「気にしないでいいよ。ボクもメーヒの母親になった貴女の一端を垣間見れたからさ。」
「?」
「でも、ボクも一眠りさせて貰おうかな…ふぁ〜」
カッツェは欠伸をすると二人が眠るベッドの方へ…行かず手頃なクッションに身を沈ませた。
「ふふっ…みんな、本当にお疲れ様でした。」
・・・・・・
「本当ですかっ!?」
アプリルは直前に聞いた筈の言葉が信じられず、再び聞き返した。
「う、うん…メディカメントならあと精製するだけだから明日には渡せるよ。」
その鬼気とした勢いにフォルシャーは若干引き気味ながらも懇切丁寧にもう一度繰り返した。
「ありがとうございます。フォルシャーさん!!」
「いや、これはお礼だからそんなにかしこまらないでくれよ。」
「あ、はい…」
「一体どうしたんだ? そんな大きな声出して…」
アプリルの声を聞き、ヴィントが部屋の奥から顔を出してきた。
「あ、ヴィオ…フォルシャーさんが明日にはメディカメントが出来上がるって教えに来てくれたの。」
「あ、リルの目的だったもんな。良かったな!」
ヴィントは笑顔でアプリルに言葉を掛けるがアプリルはその笑顔を直視出来なかった。
「う、うん…」
「フォルシャーさんもありがとうございます。」
「いえいえ、助けてもらった上にこの学院の教鞭まで取ってもらってお礼を言いたいの私の方ですよ。」
「それでも、ありがとうございます、ですよ。」
「ハハハ…わかりました。では最後の精製を終えたらまた来ますね。」
「わかりました。」
バタン
「そんな顔すんなよ…」
ヴィントは俯いて顔が見えない筈のアプリルの表情を察っすると、頭に手を乗せてポンポンと優しく叩く。
「うん…」
「前まではオステンまでの移動手段なかったから別れる予定だったけど、今はニーズヘッグがいるから俺もラント村までついていくさ。」
「あ、そっか…」
「その後どうするかはその時に決めればいいさ。」
「そうする。」
「さて、俺はちょっとレクトアさんトコに顔出してくる。」
「? うん。」
奥の方へ歩いていったヴィントはカッツェを猫掴みし、“レーヴァティン”を腰に携えて出て行った。
「飯前には戻るから。」
バタン
「なんでカッツェくんを?」
不思議に思いながらもいつまでも扉の前にいても仕方ないと思ったアプリルは部屋の奥へ戻る。
「すぴー」
そこにはベッドでメートヒェンが幸せそうに寝ている。
「あ、ヨダレ垂らしてるし…」
「ムニャムニャ…」
「全く…こんな可愛い顔して眠っちゃって…」
アプリルはベッドに肘をついてメートヒェンの寝顔を眺める。
「すぴー」
・・・・・・
ヴィントは分厚い樫の木で出来た扉の前で深呼吸し、軽く拳を握る。
コンコンコン
「どうぞ。」
ギィと扉が鳴りヴィントとカッツェは室内へと足を踏み入れる。
「失礼します。」
「わざわざご足労すみませんね。」
「いえ、俺も訊きたいことがあったんで…とりあえずカッツェも含めて報告を…」
ヴィントはカッツェとの出会いからメートヒェンの出生、ネーベル谷の地下空洞での出来事を話した。
「そうですか…メーヒちゃんは彼のファーター侯の娘君でしたか…」
「ん、貴方はファーター様を知ってるんですか!?」
「それは大陸では有名な吸血鬼ですからね、それに彼とは親交もありましたから…同じ吸血鬼として…」
「「!?」」
「ふふっ、これはオフレコでお願いしますね。」
レクトアの口から発せられた言葉は驚愕の一言に尽き、一人と一匹は口をあんぐりとしていた。
それを見たレクトアはアルカイックスマイルを浮かべて口元に人差し指を立てる。
「だからメーヒの指導を受け持ってくれたんですね。」
「えぇまぁ…彼の娘さんだけあって飲み込みの速さは目を見張るばかりでしたよ。」
「ボクは百年以上前からファーター様に仕えてましたが貴方のことは知りませんでしたが…」
レクトアとヴィントの会話が途切れた瞬間を見計らってカッツェは気になることを訊ねた。
「あぁ、その頃からは主に手紙でしたからね…私の方も学院がありましたしね。彼からの手紙に君のことも書いてありましたよ、よく出来た使い魔がいる。とね。」
「そうですか…」
カッツェは最後の言葉を聞いてとても嬉しそうな顔をしている。
「あのお聞きしたいことがあるんですが…」
「どうぞ。」
「俺の父親、ヴォルケとはどのような関係で?」
「まぁニーズヘッグと同じ旧知の仲で…あとは盟友ですかね。」
「盟友…?」
「■■■■を成し遂げるっていうね。」
「そういうことだったんですか…なら何故“レーヴァティン”を封印したんですか? 貴方たちの目的に必要だったのでは…」
ヴィントは腰に携えていた“レーヴァティン”を手に取り訊ねる。
「元々その剣はヴォルケが持っていたんですが、ある出来事が起きたので自責の念にかられて贖罪として封印したんです。それが百年以上前です。」
「その出来事とは…?」
「それも秘密です。」
お互いの視線が交わる。
「・・・」
「・・・」
「…わかりました。」
これ以上訊ねても口を開かないと思ったヴィントは引き下がることにした。
「他には何かありますか?」
「いえ、充分です。ありがとうございました。」
「いえいえ…そういえば何故メーヒちゃんがニーズヘッグと契約したんですか?」
「保険…ですかね。」
「ふむ…本人たちが納得して終わっているのですから私が言うのも何ですね。」
ヴィントの答えは要領を得ないものだったがレクトアはその言葉の裏に感じた決意のようなモノを感じ、言及はしなかった。
「すみません…」
「謝る必要はありませんよ…そうだ、そろそろメディカメントが出来る頃じゃありませんか。」
「あ、それなら先程フォルシャーさんが明日には完成するって伝えに来てくれました。」
「それは良かったですね。薬が出来た後はどのようなご予定で?」
「リルの故郷の村へ行こうと思ってます。その次は帝国に…」
「ヴォルケに会いに?」
「えぇ…」
「会ったらよろしく伝えておいて下さい。」
「わかりました。」
「それと決戦の時は近いと…」
レクトアが冷たく静かに告げると学院長室内の空気が重苦しくなった。
「!? 確かに伝えておきます。」
「さて、この後は?」
ニコッと笑みを浮かべたレクトアからは先程までの重苦しかった雰囲気がパッと取り払われた。
「明日の出立に備えての準備を…明日は俺の授業は午前までなんで、それを終えたらここを出ようと思います。」
「わかりました、先生方には私の方からそのことを伝えておきますから今日はお部屋に戻ってゆっくりして、明日に備えて下さい。」
「ありがとうございます。」
ヴィントは頭を下げるとカッツェとともに部屋を出て行こうとする。
「あ、待って下さい。」
そんな一人と一匹にレクトアが声を掛ける。
「?、なんですか?」
「いや、カッツェくんと少しお話をしたくて…」
「ボクとですか?」
レクトアの口から自分の名前が出てき、カッツェは不思議そうな顔をする。
「えぇ、昔語りでもしませんか? 君の好きな赤ワインでも飲みながら…」
「!? 是非!」
赤ワインの単語を聞いたカッツェの瞳が光る。
「なんだ、お前猫のクセにワインなんか飲むのか…」
「う、五月蝿いな…いいじゃないか、別に。」
「んや、じゃあ俺は部屋戻るからな。」
「わかったよ。」
「では、失礼しました。」
ヴィントは学院長室をあとにした。
・・・・・・
自分の部屋へ戻ってきたヴィントの目の前にはアプリルとメートヒェンがベッドの上でスヤスヤと寝ている光景が映った。
「2人とも気持ち良さそうに寝てるな…」
ヴィントが先程のアプリルの様に2人の寝顔を眺める。
「むにゃ…ヴィオ…帰って…きたの…?」
気配を感じたか、アプリルは眠気をこらえながらヴィントに声を掛ける。
「あぁ………俺も一緒に寝ようかね。」
「いい…よ…」
「そういや川の字も久しぶりだな。」
「すぅ…すぅ…」
ヴィントもベッドに上がり横になって話し掛けるが既にアプリルは寝息を立てていた。
「おやすみ。」
「むにゃ…」
結局3人は夕食の時間になり帰ってきたカッツェに起こされるまで眠り続けたのだった。
・・・・・・
翌日になり、ヴィントは最後の授業を行いに学院へ、アプリルも最後の手伝いをしにフェアミーテリンの元へ、メートヒェンとカッツェは学院長室へ遊びにそれぞれ行った。
昼過ぎにメディカメントも完成し、遂にアプリルの手元へ…
ヴィントたちはお世話になった全員に挨拶をして回り、レクトアとフェアミーテリンに見送られ、ニーズヘッグに乗ってオステン王国へと向かった。
『日没前には着く。飛ばすから振り落とされるでないぞ。』
「あ、安全飛行でお願いします。」
人に見られては困るのでニーズヘッグは雲の上を飛ぶ。
高所恐怖症のカッツェは声を震わせながらニーズヘッグに懇願した。
第三章、完
第四章へ続く…