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こくはく[告白]:現実には実在しない空想の行為。  作者: 水樹 皓
うわさ[噂]:往々にして虚言が真実へと昇華する言伝。
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#5:浩君

 入学式から1カ月と半月が経過し、もう5月も中盤。

 この頃には1年生も、もうすっかり中学校に慣れ始め、今みたいな放課後や休憩時間には、自然と仲の良いメンバーの塊ができるようになっていた。


 そして、誰とでも直ぐに仲良くなれる少女、梅川(うめかわ)佐知(さち)

 中学生になっても、やはり彼女の周りには自然と人が集まってくる。


 ……だが、今はいつも以上に人だかりができていた。


「さっちん……俺達にできるのはこれぐらいだ。一週間後、グラウンドで会えることを祈ってるからな! よしお前ら、行くぞ!」

『ウスッ!』


 野球部の先輩方・総勢24名。


「失礼しましたッ! さっちん頑張れよ!」

「失礼しましたッ! 俺はさっちんを信じてる!」

「失礼しましたッ! 止まるんじゃねぇぞ!」


 キャプテンの掛け声と共に、1人ずつ教室内に頭を下げ、最後に佐知へ一言声を掛けて去ってゆく。


「失礼しましたッ! 気合だッ!」

「失礼しましたッ! 気合だッッ!」

「失礼しましたッ! 気合だッッッ!」


 ――どうでも良いけど、やっぱり体育会系のノリは苦手だ。


 佐知の後ろの席で、漫画に目を落としつつも、今の一部始終にしっかりと耳を傾けていた浩雪。つまらなさそうに、漫画のページを捲る。


「さ、さっちゃん凄いね!」

「……やりおる」

「ははっまるでお姫様やな」


 先輩方が全員退場した後。

 ようやくがら空きになった佐知の机。そこへ真っ先に駆け寄ったのは、佐知と特に仲の良い3人。

 最初の2人は浩雪とも小学校が同じだったので、何度か顔は見たことがあった。大人しそうな子が姫路(ひめじ)さん。小柄で口数の少ない子が黒間(くろま)さん……だったと思う。

 最後の関西弁の子は……何とかさん。恐らくもう1つの小学校からきた子だろう。

 浩雪達の通うこの中学校は、主に2つの小学校の通学区域から生徒が集まるので、中学生になっても半数は今までと変わらない顔ぶれなのだ。


「お、お姫様って……も~、真琴(まこと)ちゃんは冗談がうまいな~」

「で、献上品は何だったのですかな、お姫様?」


 何とかさん改め真琴ちゃんは、佐知の照れた表情にニヤリと口角を上げると、芝居染みた口調でそう言い、野球部の先輩方が残して行った献上品――プリントの山を指差す。

 24人が1人数枚ずつ積み重ねていって出来た山。それの正体は浩雪も気になる所だったので、またもや漫画を捲る手を止め、耳を傾ける。


「もうっ! からかわないでよね!」

「はははっ。いや~、赤くなった佐知が可愛くて、ついね」

「ほ、本当に。さっちゃん可愛い」

「……同意」

「も~、愛ちゃんと(れい)ちゃんまで。何なのさっ!」


 ――そんなんどうでも良いから、早く本題に行けよ。

 もちろん、そんな事を思っていても口に出せるはずもなく。

 話題があっちこっちいく様子に、背後でただイライラしていた浩雪。しばらく耐えていると、ようやく本筋へと返ってきたようで。


「――それにしても、このプリント凄い量やな」

「……驚愕」

「ほ、本当にそうだね。さっちゃん、これって……?」

「ん~とね。何か、テストの過去問みたい」

「過去問?」

「うん。何かね、昨日の部活の時に部長が『皆分かってると思うが、来週は定期テストだ。だから、明日から一週間は部活休みだぞ』って」

「ああ、中学校ってテスト一週間前は部活休みやねんな。私も昨日バレー部の先輩に聞いて、初めて知ったわ」

「うん。私も初めて知ったんだ。だから、その後キャプテンに「一週間も休んで何するんですか?」って聞いたの」

「さ、さっちゃん……?」

「そしたらね、キャプテンが急に……そうそう、今の愛ちゃんみたいな変な顔して、『さ、さっちん……ソレ本気で言ってないよな』って」

「……本気?」

「もちろん。キャプテンにもそう言ったら、急に英語の問題とか、算数の問題とか、理科とか社会とか……。全然わかんないから、取りあえず笑ってみたら――」

「今日、コレがやって来た……と。後、算数やなくて数学な?」


――ガタッ!


「ん? 何や? ……まあええか。にしても、佐知は相変わらずやな~」

「へ、何が?」

「ほ、本当。凄い」

「だから、何がさ?」

「……魔性の女」

「ま、ましょう?」

「はははっ。まあ、魔性はともかくとして、凄いのは本当やな」

「もうっ! 皆だけでずるい! 私にもわかるように言ってよっ!」

「ん~? 佐知は周りに恵まれてるな……ってことや」

「周りに?」


 佐知がきょとんと首を傾げると、真琴はやれやれと嘆息して、


「そやで。私なんか、昨日先輩に「勉強教えてくださいよ~」って渾身の泣きマネしても、「自力で何とかしろ」ってそれだけ。酷くない?」

「ん。酷いねっ!」

「そ、それは……あはは」

「……先輩の言う通り」


 ぷくっと頬を膨らませる佐知に対し、困り顔の愛花と、変わらず無表情の怜。

 真琴は「わかってくれるんは佐知だけやで~」と佐知に抱き着き、「……困ってる」と怜に引き剥がされると、


「とにかく、佐知は野球部の先輩達にこれだけの援護をもらったんやから、しっかり勉強して恩を返さなアカンで。何なら、私達もわかる範囲で教えたるし」

「わ、私もっ! ……役に立つかわかんないけど」

「……大丈夫。真琴よりは役に立つ」

「――って怜!? それどういう意味やっ!」

「……言葉通り」

「ふ、2人共、仲良く……」


 騒がしく言い争う真琴と怜。その間でオロオロする愛花。

 そんな大切な友人達を、しばらく無言で、笑みだけを浮かべて、ただ見つめていた佐知。

 やがて、「……さっきから馬鹿しか言ってない。真琴はやはり馬鹿」という怜の一言で決着がつき、静寂が訪れると、


「うん。そうだね」

「さ、さっちゃん?」

「何や! もしかして、佐知まで私の事――」

「皆のためにも、勉強頑張らないとね。それに、これだけの援護があれば、私も何とかなる気がしてきたよっ!」


 皆が彼女の周りに集まった一番の理由であろう、純真無垢な笑顔。

 それに、豪快な真琴、控えめな愛花、殆ど変化のない怜。三者三様の笑顔を見せる。

 それらの笑顔を、やはり同じく笑顔で見渡した佐知。


「野球部の先輩に、真琴ちゃんに愛ちゃんに怜ちゃん。……それにっ――あれ?」


 言いながら、最後に後ろを振り向くと……。


「ん? どーしたんや?」

「う、ううん。何でもない」


 そこには、開かれたままの漫画だけが鎮座していた。




――浩君

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