#4-2:((ポリポリッ))
「はぁ。まあ、風邪じゃなくて良かったよ」
「……お騒がせしました」
「はいはい。それで、お騒がせと言えば、あの子……葵ちゃんの事なんだけど――」
「葵ちゃん!?」
いつもの調子を取り戻したかと思えば、早速急に大きな声を出しやがる。
「本当、お前は両極端なんだよ」
「ねえ、いつからなの!?」
「だから何がだよ?」
「いつから葵ちゃんと、そんなに仲良く……」
かと思いきや、またもやしゅんと項垂れる。
……もう、見ているだけでも疲れてきた。
いい加減、無視して夕飯の手伝いに行こうか……とも思ったが、今の佐知の言葉に引っかかりを覚えていた浩雪。
「なあ。僕とあの子が仲良いってどういう事だ?」
「だって、葵ちゃんの事、葵ちゃんって……」
それは非常に理解に苦しむ日本語だが、浩雪は長年の付き合いから、瞬時に読解していた。
「あのな。僕はあの子とは今日始めて会ったばかりだ」
「で、でも、名前で。……私の事は呼んでくれないのに」
「それは……あの子の苗字……知ってるけど、多分読み方間違えてる……から」
「え?」
目を背け、ボソボソと実に言い辛いそうに語る浩雪。
その言葉に、佐知は目を瞬かせる。
「じゃ、じゃあ、本当に――」
「ぼ、僕の事はどうでも良いだろ。それより、あの子は結局誰なんだよ?」
「……そっか。そっかそっか~――あれ、何か言った?」
「だ・か・ら! 葵ちゃんのこと!」
”何回言わせるんだ!”とかなりキレ気味の浩雪。
対する、紗千。今度は浩雪が”葵ちゃん”と言った事にも顔色一つ変えず、「あ、そだったね」と実に軽い口調で応え、続けて、
「葵ちゃん、可愛かったでしょ?」
「い、いや? 別に?」
"可愛い"ではなく"綺麗"だったから。嘘はついていない。
「この半月で、もう学校の半分以上の男子から告白されてる……って噂が流れてるぐらいなんだよっ!」
……何だ、その頭の悪い噂は。
百歩譲って10人……とかなら、信じる奴が居てもおかしくないけど。
でも、学校の半数て。そんなの、余程のバカでもない限りは流石に嘘だと気づく――。
「凄いよねっ!」
そういえばいたな、目の前に。余程のバカ。
「だから、今更浩君に告白されても、大丈夫かな……ってさ」
「はぁ……大丈夫って何がだよ」
「それは……ほら。今までの告白全部断ってるらしいから、多分浩君のも断ってくれると思って。だから、浩君に告白の存在を認識させるのには丁度良いかな……と」
「お前……」
そんな佐知の答えに対し、浩雪はいつもの呆れた……ではなく、ただ、いつもより少しばかり低いトーンで、
「お前、人の迷惑考えたことあるか?」
「え?」
「僕は……まあ、お前に振り回されるのも今更だし、別に良いけど。……でも、あの子は違うだろ? お前の勝手な遊びのせいで、放課後の殆どを奪われたんだぞ。もしかしたら、友達と遊ぶ約束をしてたかもしれないし、家でのんびりしたかったかもしれない」
「べ、別に遊びなんかじゃ……」
「お前がどう思ってようが関係無いね」
「で、でもっ! 私だって浩君のため……に? ……違う。私の……ため?」
声を荒げて反論しようとした佐知であったが、話している内に、自分の中で何かが変わったのか。
徐々に落ち着きを取り戻すように、呆けた顔で虚空を見つめる。
一体、紗千の中で何があったのか。浩雪は知る由もないが、できるだけ何でもない風を装って話しかける。
「とにかく、明日学校行ったら謝りに行けよ?」
「……うん、わかっ――」
「僕も一緒に謝るから」
「――え? いい……の?」
「まあ、お前1人で行かせるのも不安だし。それに、あの子と面識もないお前がいきなり謝りに行っても、多分ややこしいことになるだけだろうか――」
「ありがとっ!」
どこか言い訳の様に早口で捲し立てていた浩雪の声を遮ったのは、佐知の元気過ぎる声と……。
「ふふっやっぱり浩君は優しいね」
太陽の様な笑顔。
この数分間で、しょぼくれたり、寝ぼけたり、赤くなったり、怒ったり、ぽりぽりしたり。
実に騒がしい表情の変化を見せてくれたが、その中でも、今の表情が一番彼女に似合っている。
この笑顔が見られるのなら、苗字の読み方すら知らない同級生に頭を下げるのも、まあ悪くないか……と。浩雪はそんな事を考えていた。
「お礼に一本あげるっ! ……あっ私の食べかけはあげないよ?」
「は? 何で食べかけ?」
……だが、2人が葵ちゃんに謝るのは、もう少し先のことになってしまうのだった。
――((ポリポリッ))