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こくはく[告白]:現実には実在しない空想の行為。  作者: 水樹 皓
うわさ[噂]:往々にして虚言が真実へと昇華する言伝。
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#3:逃げたな

「人をこんな時間に呼び出しておいて。アンタ、何がしたいわけ?」

「……え?」


 気がつくと、その綺麗な少女は浩雪の一段下まで上ってきており、丁度目の前に彼女の切れ長の瞳があった。

 そこでようやく我を取り戻した浩雪。間の抜けた声を発すると同時、意味もなく辺りをキョロキョロと見渡す。すると……。


「あの馬鹿……」

「やっと口を開いたかと思ったら……私を馬鹿にしてんの?」


 今度こそ、浩雪を呼び出したそいつが居た。

 丁度、踊り場の手前の壁に隠れるようにして、土で汚れた顔だけひょっこりと覗かせている。

 まるで映画が始まる前の様なワクワクとした表情をしているそいつは、何やら口だけを動かして、浩雪に何か伝えようとしているが……。


「何だ? ……こ、く、は……っ!」


 その小さな口を凝視して、何を言っているのか声に出して確認していた浩雪。しかし、最後の一文字は口にすることなく、その馬鹿が何を言っているのかは理解していた。

 もちろん、その馬鹿が浩雪に何をやらせようとしているのかも。


「本当に、あいつは……」

「……おい」


 その馬鹿げた企みを理解すると同時、すぐに駆け寄ってあのアホ毛を引っこ抜いてやりたいと思った浩雪であったが……その足は、直ぐ近くから聞こえてきた凛とした声によって留められた。


「おいっ!」

「あっ……ごめん」

「別に謝罪なんかいらないんだけど。……それより、何か言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」

「ごめ……じゃなくて、えっと……ふゆうまさん?」


 胸元の名札を見てそう応えると、キッと鋭い目つきで睨まれた。

 大人っぽい雰囲気の彼女がその表情をすると、ちゃらんぽらんなあの馬鹿なんかとは違って、本当に委縮してしまう。

 だが、浩雪は持ち合わせている胆力をフル動員して、何とか言葉を繋げる。


「あの……君は僕に呼ばれてここに来たんだよな?」

「ああ。帰りに靴箱を開けたら、この手紙が入ってた」


 そう言いながら彼女が見せてきた手紙には――


【冬馬葵さんへ 大切なお話があります。新校舎の屋上手前の階段で待ってます。夕方6時に来てください。1年3組白告浩雪】


 こんなもの、もちろん書いた覚えもなければ、下駄箱に入れた覚えもない。

 だが、ご丁寧に、筆跡も浩雪のそれに似せてある。

 そんな芸当ができるのは、浩雪の知る限り、幼稚園からの腐れ縁のアイツぐらいなわけで……。


「……ごめん」

「だから、謝罪なんか――」

「いや、そうじゃなくて……」

「っ?」

「これ、多分、友達のいたずら」

「…………」

「だから……ごめんっ!」


 堅く目を瞑り、深々と頭を下げる。

 浩雪もどちらかと言えば被害者なのだが、彼女にはそんなことなど関係ない。

 その服装を見るに、彼女も家に帰らず、この時間まで学校に残っていたのだろう。もし浩雪と同じく帰宅部だったのなら、余計に無為な時間を過ごさせてしまった。

 だから、蹴りの一発ぐらいは覚悟していたのだが……。


「そう。……なら、私はもう帰るから」

「え……?」

「何、やっぱり何か用?」

「い、いや……」

「……そう」


 淡々とそれだけ言うと、あっさり背を向けて階段を下って行った。


「……っ」


 その艶やかな黒髪が壁の中に消え去っても、しばらく呆然と立ち尽くしていた浩雪。

 だが、ふと何かに思い至ったのか、ゆっくりと階段を下って行く。踊り場まで到達すると、階下へ続く階段を覗き込み……。


「あいつ……」


 そこには、今日の階段の掃除当番の努力を無に帰す土だけが取り残されていた。




――逃げたな

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