#19:私はどうすれば?
2学期も終盤に差し掛かった今日此頃。
「あっ白告。コレ、さっきの授業のプリントなんだけど、冬馬さんに渡しといてくれない?」
1学期は序盤から終盤まで。平行線で過ぎていった浩雪の中学生活1年目。
「白告くん。悪いんだけど、冬馬さんに明日は家庭科の授業出席するか聞いといてもらえるかな?」
しかし、この2学期になり、浩雪を取り巻く環境は若干変化していた。
「白告君。冬馬さんにこの宿題渡しといてもらえないかな。せ、先生は忙しくて渡せなくてね。よろしく頼んだよ!」
全く話したことのない同級生や先生から、毎度の休憩時間のたびに何かしら話しかけられる毎日。
この現象が引き起こされる原因を作っているのは、もちろん……。
「おい、白告。冬馬さん来てるぞ」
12月を迎え、残すは2学期の期末テストのみ。
その初っ端の数学のテストを終え、一息ついていた浩雪。すると、またもや1学期は一言も話すことのなかった同級生から声がかけられた。
その声に意識を教室内へと戻す。すると、声をかけてきた男子以外の同級生からも、一斉に”何とかして”オーラが飛んでくるのをヒシヒシと感じた。
浩雪は意味もなく身を縮めながら、教室入り口に堂々と仁王立ちする少女――冬馬葵の元へと向かう。
「白告、体操服貸して――」
「ちょっっっと来い!!」
近づくと同時、前置きもなく話しかけてくる葵。
その言葉が終わる前に手を強引に引っ掴むと、教室から1秒でも早く離れんがごとく足を動かした。
途中、葵が何か言っていたようだがそんなのは全て無視。
とにかく足を動かし続け、いつもの場所――屋上手前の階段までたどり着いたところで、ようやくその足を止める。
「何だ、急に?」
「それはこっちのセリフだ!」
顔を見ると、本当に分かってない素の疑問顔。
この少女の思考回路は、浩雪には未だに理解できていなかった。
「毎度毎度関係ない奴から話しかけられるだけでも辟易なのに。本人が来たと思ったらなんだ”体操服”って!?」
ちなみに、期末テストに体育の実習などはもちろんない。
「今、私はノーパンだ」
「………………は?」
「ノーパン。つまり、パンツを履いていな――」
「いやそういう意味じゃなくて! ……え、はあ!?」
最近、少しは葵の行動に動じなくなってきたと思っていたがそんなことはなかった。
開いた口が塞がらないという現象を体験している浩雪にはお構いなしに、葵はつらつらと話を進める。
「私も、流石に学校にもノーパンで来るような変態ではない」
言い方に引っかかるところがあるが、浩雪には引っかかる余裕すらないようだ。
「朝、登校してる時、打ち水をかけられてな。ビショビショで気持ち悪いから脱いだんだ」
「……なんでそこで脱ぐんだよ」
「でも、流石に落ち着かなくてな。このまま残りのテストを受けても、学年1位を取れるかどうか……」
切れの悪すぎる浩雪のツッコミ。
それに全く触れずに葵が紡いだ次の言葉。
それは、いつもの彼女とは違い、重みを感じるもので。
「……どちらにせよ、1位は僕が取るから無理だろうけどな」
そんな、わざとらしい軽口で返す。
すると、葵もいつものように口の端を吊り上げ、
「今度は中間のようには行かないぞ。私もちゃんと学校に来てたしな」
「いや、来てただけだろ」
「私にはそれで十分だ。……で、白告は私に体操服を貸してくれる……のか?」
「それは……別に――」
「……貸す必要ない」
飛び込んできたのは、短すぎる抑揚のほとんどない声。
しかし、2人の会話を止めるのにはそれで十分。
浩雪は驚いた表情で。葵は眉を潜め。
声の飛んできた――階下を見やる。
そこには、2人のよく知る小柄な人影があった。
「何の用だ?」
最初に口を開いたのは葵だ。
不機嫌さを隠そうともしない荒い声。
何故、そんな声になるのか。
理解できない浩雪だが、とにかく身が竦んで動けなくなっていた。しかし、
「……体操服なら、保健室で借りれば良い」
小柄な人影――黒間怜は淡々と言いながら、階段を上がってくる。
そのまま葵の隣まで登ってくると、不機嫌オーラを全て受け流し。葵を見上げて視線を交差させる。
「……何で、白告?」
怜はあくまでも自分のペースを崩さず。
その程度でどうこうなる葵ではないだろうが、不機嫌オーラは変わりない。
頭一つ分下にある怜の顔をジッと見下ろすと、
「生憎だか、私は少々足が長くてな。男用のでないと、サイズが合わないんだ」
「……なら、男用を借りればいいだけ」
「誰が使ったかも分からないものなんて履けないな」
「……白告なら良い?」
「ああ、白告は知ってる奴だからな」
「……そう」
流石に浩雪よりは健闘した怜。次々と返ってくるレシーブに、最後はただ頷くだけ。
……しかしこれで引っ込んだわけではなく。
「……そもそも白告、体操服持ってる?」
「あ、ああ。一応」
今日は1日テストのみだ。
そんな日にわざわざ体操服を持ってきてる人なんているのか――という意図で聞いた怜の質問。
突然自分に矢が向いたものだから、一瞬どもってしまった浩雪。しかしすぐに体勢は立て直せたようで。
「予備がロッカーに。……よく体操服忘れて泣きついてくる奴が居るから」
「……それは――」
「そうか。なら、それ貸してくれないか?」
付け足した浩雪の言葉に、怜が反応――する前に葵が動き、怜の言葉を無にする。
わざと……かどうかは葵にしかわからないが、浩雪は怜が反応したことすら気づいていない。
「別にいいけど……」
「ちゃんと洗わずに返してやるから心配するな」
「だから心配するんだよ!」
「冗談だ。だからこれからも貸してくれ」
「……ったく。また借りるの前提かよ」
いつものように軽口を交わしながら、階段を下ってゆく。
そんな2人の背を見送る怜。その表情は、2つの感情が混じり合った複雑なもの。
「……私は」
……彼女が中学生活の中でその表情を見せるのは、この時が最初で最後であった。
――私はどうすれば?




