#16:今日は黒だぞ?
――9月1日
それは、世の学生にとって終わりの始まり。
何とか己を律し、だるい体にムチをうち。ようやく1ヶ月ぶりの学校へと足を運ぶ。
久しぶりに同級生と顔を合わせ、夏の思い出を語り合えるのは嬉しい……が、チャイムが鳴るとやってくるのは、また長い長い勉強タイムという現実。
それを理解しているが故、教室へぞろぞろと集まる生徒たちは、皆どこか憂鬱な表情を含んでいる――
「おっはよ〜!」
そんな空気を完全に無視し、夏休み前よりむしろ元気なのでは?というテンションで登場したのはもちろん、太陽少女こと梅川佐知その人だ。
「おはよー」
「さっちゃん久しぶり!」
佐知は周りの同級生に軽く声をかけながら、自分の席へと向かって歩く。
「おはよっ」
「おはよ〜さっちん」
挨拶を交わしつつも席へと辿り着いた佐知。最後に目があった後ろの席の生徒にも同じように、
「おは……よ」
「………」
今までとは何処か違う。何だかぎこちなく聞こえる挨拶。
それを受けた後方の男子生徒。一度佐知の顔を見たのみで、すぐに手元の漫画へと目を落としていた。
一瞬の沈黙。……だが、それは本当に一瞬で、
「おはよー佐知! 元気しとったか?」
「お、おはようさっちゃん」
「……はよ」
後ろの席に声をかけたまま立ち尽くす佐知。
その背に向けて、佐知に負けず劣らずな大きな声。次に遠慮がちな声と殆ど抑揚のない声が続く。
「あっ、真琴ちゃん、愛ちゃん、怜ちゃん。みんなおはよーっ!」
振り返った佐知は、いつもと同じ太陽のような笑み。
「ははっ。佐知は相変わらず元気やなぁ。また夏休みで焼けたんちゃうか?」
「ひ、日焼け止めとかちゃんと塗らないと駄目だよ?」
「う〜ん。でも、野球してたら汗かいちゃうし。それに、何か面倒くさいじゃん」
「え、えっと。でもちゃんとしとかないとシミになっちゃうかも……さっちゃん可愛いのに」
「そやの〜。佐知は可愛いから、日焼け止めなんか塗ってもうたら、野球部の野獣共が群がってくるかもな〜」
「「ええっ!?」」
「……キャプテン――枢木先輩なき今の野球部やったら、狂い立つ野獣共を止められる者は誰もおらんやろうから」
「「そ、そんな……」」
「あっはっはっ!」
と、まあ、夏休みを挟んでも相変わらずの4人……?
いや、いつもなら暴走する真琴を静かに止める筈の1人が、今は身体だけその場に置きつつも、目は別の方向を見ていた。
「……喧嘩?」
その誰にも聞こえることのない呟きは、佐知の後方で漫画に目を落とす男子生徒――白告浩雪に向けられたものだったのだろうか。
怜の呟きと時を同じくして、
「ん? 何や、隣のクラス騒がしいな?」
真琴の言葉通り、隣の教室からのざわつきがこちらまで聞こえてくる。
隣同士とは言え、クーラーがついているため扉を締め切っている状態でこちらまで聞こえてくるとなると、それはかなりのものだ。
一体何が起こっているのか。
クラスメイト皆が一斉に静まり返り、壁の向こうへと耳を集中させる。
急に静かになった教室内で、しかし一人だけ変わらず音を立てているのは浩雪だ。
一定の速度で漫画を捲る音。それは、どんなに文字が多いページだろうが絵だけのページだろうが、やはり一定。
周りの状況など確実に見えていないであろう。そんな彼の手が不意に止まったのは、物理的な要因。つまり、手首を掴まれたからだ。
「え……?」
そこで初めて周りの状況を認識した浩雪。
だがその状況というのは、つい先程までとは少し様子がかわっていた。
「な、何でお前が……?」
というのも、先程まで隣のクラスから聞こえていたはずのざわつきが、いつの間にかこちらのクラスに移動してきていたのだ。
ざわつきの中心に立つ、一人だけ明らかに中学生離れした堂々たる立ち姿の美少女。
彼女は周りに一切目もくれず、ただ間抜けな顔の浩雪をじっと見下ろす。
顔を俯けた彼女の表情は、その長い黒髪で隠れ、浩雪にしか見えない。
そこまで計算していたのかは本人にしかわからないが、髪で小さな空間を作ると同時。浩雪の間抜けな表情を改めて確認すると、その雰囲気とは真逆の子供のような包み隠さない笑みを浮かべた。
――今日は黒だぞ?




