#1:私も
「なんだ、浩君も昨日のドラマ見てたんだ。良かったよね~」
とある中学校の1年教室。
今日も一日の授業が終わり、残すはHRのみ。担任の先生が来るまでの間、帰り支度を進めたり、友達と雑談したり。各々自由に時間を潰している。
入学式からまだ半月しか経たないため、皆どこか遠慮しているのか。2・3年生の教室に比べると、幾分か大人しい。
「――って、ちょっと! 聞いてる?」
「ああ。聞いてる聞いてる」
そんな中、短髪の見るからに活発そうな少女――梅川佐知は、最後の授業が終わるや否や、帰り支度もせずに、後ろの席の少年に話しかけていた。
その少年――白告浩雪は、半分が学ランの袖に隠れている手で頬杖を突き、図書室で借りた漫画に目を落としたまま応対する――。
「おいっ漫画返せ!」
「嫌だねっ。だって浩君、私の話聞いてないもん」
健康的に日に焼けた腕がにゅっと伸びてきたかと思うと、そのまま強引に浩雪の手から漫画を奪い去っていた。
声を荒げながら顔を上げると、そこにはわざとらしく口元に笑みを張り付けた佐知の顔が。
彼女は「やっとこっち見た」と言うと、そのまま奪い取った漫画を背に隠す。
「そんな事して楽しいか? ふんっ、梅川は子供だな」
「何言ってんの。浩君だって子供じゃない」
「うっせ……てか、その浩君ってのも止めろって」
「何で? 浩君も昔みたいにさっちゃんって呼んでくれて良いのに」
「それは……」
――誰かに聞かれたら恥ずかしいから。
理由は簡単だが、それを言うのはそれで何か恥ずかしい。
だから、結局押し黙る。
「まあ良いや。それより、ドラマの話だよ」
急に口を閉ざした浩雪に、しかし佐知は特に何か言うでもなく、あっけらかんと話題を変える。
「見たんでしょ? なら、感想教えてくれたら、この漫画返したげる」
「本当か?」
「ほんとほんと。私が浩君に嘘ついた事ある?」
「ああ。あるな」
「そだっけ? まあ良いじゃん。それより、感想だよ感想」
「感想……ね。と言っても、あのアホくさいドラマに感想とか言われても。母さんと姉ちゃんにチャンネル奪われたから、仕方なく見てただけだし――」
「ちょい! アホくさいって何さ。……良いよね。私も、あんな告白されてみたいなぁ」
ドラマのラスト。屋上での告白シーンでも思い出しているのか、目を閉じて幸せそうな表情をしている佐知の頬は、若干赤く染まっている。
一方、それを微妙な表情で見つめる浩雪。幼稚園からの腐れ縁である彼女が、運動大好き活発少女でありながら、このような少女趣味を持っている事は痛い程知っている。
そして、おままごと等を通して、その趣味に幼少から散々付き合わされてきた浩雪。結果……。
「良いか? 告白なんて、ドラマや漫画の中だけのものだ。実在するわけがない」
「何でそう言い切れるのさ!」
「じゃあ、梅川は誰かが告白してるところでも見たことがあるのか?」
「それは……」
「それとも、梅川が誰かに告白された事がある……とでも?」
「……それはないけど」
ぶすっとそう答える佐知に、浩雪はそれ見た事かと笑みを浮かべる。
続けて、自分がほっと一息吐いた事には気づかぬまま、
「ほら、もう良いだろ? そろそろ僕の漫画を返して――」
「……じゃん」
「ん? 何か言ったか?」
「……浩君からの告白を待ってる子だって、いるかもしれないじゃん」
「は?」
顔を俯けたまま、ボソッと呟く様に発した佐知の言葉に、浩雪は思わず聞き返す。
すると、佐知は一拍置いた後、ゆっくりとその顔を上げる。
それは、どこか真剣な表情……そう、まるで、昨日のドラマのイケメン俳優の様な――。
「確かに、私は誰かが告白してるところもされてるところも……告白された事もないよ?」
「…………」
「そりゃ、私みたいなガサツな女なんかに告白しようだなんて物好きはいないだろうけどさ」
「……それは――」
途中、真剣な空気に耐え切れなくなったのか、茶化すように笑う佐知に、浩雪は言葉を考える前に口を開いていた。
しかし、浩雪の掠れた声は声にならず、「でも」と佐知の声の方が上に乗っかる。
「浩君、いつも漫画ばっかり読んでるし、ひょろひょろで頼んないし、神経質だし――」
「おい――」
「でも、何だかんだで優しいし、いざという時は頼りになるし、黙ってれば……そこそこ恰好良いし?」
「…………」
「だから、浩君からの告白を待ってる子だっているかもしれない……よ?」
最後に小首を傾げ、真っ直ぐに目を見つめてくる。
その長年見慣れているはずの幼馴染の顔に、しかし浩雪は一瞬呼吸をするのも忘れていた。
同時に、何故か顔が熱くなっていくのも感じていたが、その理由ももちろんわからない。
結局、それらを無意識の内に誤魔化すようにそっぽを向くと、できるだけぶっきらぼうな声を意識して、
「……フンッ。それこそあり得ないね」
「え……?」
「良いか? 分かってない様だから、もう一度だけ言ってやる」
そこで一度、わざとらしく咳払いすると、
「告白なんぞ、現実には実在しない空想の行為だ。少なくとも、俺の頭の中の辞書にはそう書いてある」
最近漫画で読んだ何かの格言風にそう言いきり、「あれ、何かカッコよくね?」と若干口の端を吊り上げる。
……が、佐知からの反応が返って来ない。どうしたんだと、恐る恐る顔を正面に戻すと……。
「は? ……な、何で泣いて――」
「…………」
般若の様な笑顔……と、平手。
頬に手を当てて唖然とする浩雪を余所に、佐知は身体を前へ向けると、そのまま机に腕を組んで突っ伏した。
「何なんだよ、一体」
そう言いながら首を傾げている浩雪には、佐知が腕の中で発した呟きは、もちろん届いていない。
――私も