#9−2:バカ
「くくくっ。あっはははははっ!」
昨日と同じ、無邪気な笑い声。
「面白い事を言うな白告は」
でも今日のは、何となく嫌な印象を受けた。
何でそう感じるのかは、よく分からないが。
「違うだと? 親の金をこの機械に捨てて、学校に行きもしないのに制服を着て。まあ、公立中学だから学費は払ってないが、国の税金をドブに捨ててるようなこの私がか?」
――笑っているのに、笑っていない。
口角を上げて語る綺麗な同級生。彼女から浩雪が感じたのは、そんなよく分からない感想だけ。
「とにかく、もうここには来るな。さっさと家に帰ってテスト勉強でもしてろ。来週中間だろ?」
「…………」
先程から、明らかに突き放すような葵の態度。
しかし、浩雪は何を言い返すでもなく。ただただぼんやりと葵の顔を見つめていた。
「……はぁ」
すると、どこか呆れたように溜息を吐いた葵。先程までの笑ってない笑い顔は引っ込め、今度はあの屋上前の階段で会った時のような、ただただ綺麗で、周りの同級生の誰とも違う冬馬葵で、
「なあ、白告?」
「え?」
「私はこの1カ月と半月、一度も学校に行ってない。……もちろん知ってるな?」
「えっと……まあ」
「理由、聞かないのか?」
「それは……」
急な話題転換に付いて行けず、どっちつかずな反応をしてしまう。
だが、そんな浩雪の反応も予想していたのか。葵は1人で勝手に話を進めていく。
「昨日、私は白告を蹴った」
「……ああ、あれは痛かった」
「私はもう謝らないぞ? 勘違いされるような行動をしていた白告にも問題はある」
「それは別に良いけど……?」
またもや話が別の所へ行き、浩雪は再びの困惑。
彼女は一体何を言いたいのか、と。
「ところで、私は白告を何と勘違いして蹴ったと言ったか……覚えてるか?」
「えっと……確か、ストーカーと勘違いしたって」
「そうだ。実はここ半月程、変な写真が家に届いていてな」
「それって……」
「簡単に言えば、私を影から盗撮した写真だ。届く度にすぐ燃やしてるから、実物は見せられないが」
そんな事をあまりにもサラッというものだから、一瞬大したことのないように聞こえる。
しかし、それは確実に大したことで……。
「警察には……?」
「その必要はないな。これもどうせあいつらの仕業だろうから」
「あいつら?」
「ああ。私が入学半月で学校の男半数から告白された――とかいう噂を信じた馬鹿共だ」
「え……それって――」
そのバカというのに1人心当たりのあった浩雪は、軽く頬を引き攣らせる。
だが、それは幸いと言うべきか、ただの杞憂だったようで、
「安心しろ。白告の彼女ではないから」
「だ、だから彼女じゃっ――」
「まあ、あんな噂でも信じてしまう馬鹿は案外多いってことだ。で、その馬鹿の中でも更に馬鹿な奴らが、私に……まあ、色々と愉快な事をしてくれてな」
「…………」
明らかに”愉快”ではなさそうなのは、今の葵の愉快な笑みを見ていればわかる。
だがあいにく、浩雪はその”愉快”の意味を聞ける程の勇気は持ち合わせていないので、曖昧に頷くに留めた。
それを一瞥した葵は、一瞬だけ本当に愉快そうに顔を綻ばせ、話を続ける。
「白告が思ってるより、女の世界は怖いぞ? 例えば誰かに少し気に食わない噂が流れたら、その誰かが昨日までニコニコ接してたクラスメートでも、急に醜い笑顔を振りまくことができる。加えてわざわざ毎日、その誰かが学校に行くのが面倒に思えるようなサプライズまで用意して、な」
「……いや、でも、冬馬のアレはデタラメだろ? なら、そう言えば――」
「極論、その噂が本当かどうかなんて関係ない。気に食わないかどうか、ただそれだけだ」
「そ、そんなの……」
「嘘だと思うか?」
「……それは」
嘘だと思いたい。
そんな、まるで漫画の世界の様な話が、自分の通っている学校――しかも、隣のクラスにあるなんて。
でも、葵がそんな嘘をつくようにも思えない。
浩雪はそんな思考の板挟みから顔を歪める。
一方、葵は対面に座る浩雪にも分からないぐらい、ほんの一瞬だけ口元を緩め――しかし、すぐに元のポーカーフェイスに戻すと、
「昨日まで愛想よく接してきてた奴らでも、馬鹿な噂1つで、次の日には敵になる。白告はそんな経験したことないのか?」
「いや、僕は。……そもそも、敵になる友達すら……別に」
今の所、学校では佐知以外と10分以上会話した事がない。
小学生の時でも友達は少なかったが、その少ない友達すら私立に行ってしまい、今は1人。
皆、小学生の時――ほんの3ヶ月前までは、漫画やゲームの話とか普通にしていたのに、中学生になって急にそんな話を誰もしなくなった。……そしてその理由も、浩雪には何となく理解できてしまったから。
だから、会話に混ざる事も出来ず、元々人付き合いの得意でない浩雪は、休み時間は自分の机でじっと時間を潰す中学生になっていた。
できればそんな事、葵には教えたくなかった。
自分がそんなしょうもない人間だと、知られるのが嫌だった。
だが、その理由は分からない。別にクラスの連中の、”あいつ今日も漫画読んでる。友達いないんじゃね”という陰口が聞こえてこようが何とも思わないのに、だ。
笑われるか、引かれるか、気を使われるか。どんな反応が返ってくるのか身構える。
しかし、返ってきたのはそのどれでもなく――。




