#8−2:紫
「ふっふっふ……」
「……何だ、気色悪い声だして?」
「おほんっ。浩君のその歪んだ考え、今日ここで改めてみせましょう!」
決して上を見てはならない呪いに掛けられている浩雪には勿論見えていないが、佐知の顔が今ものすごくドヤっていることだけはその声のみでもわかる。
……そして、その顔をしている時は、大抵しょうもない事を考えているということも。
「……なあ、それってもしかしなくても、あいつに誰かとやらが告白する――ってやつか?」
あいつ――そう言いながら、今も尚ゲームの筐体に向かって腰を下ろしている葵を指差す。
「流石、浩君。鋭いねっ!」
「はいはい。……で?」
「ん?」
「何で、今から冬馬に誰かが告白する――ってことを梅川が知ってるんだよ?」
冷静さは取り戻したものの、気持ちの問題は、また別だ。
若干早口になりながらも、同じ失敗は繰り返さないように努めて冷静な風を装って問いかける。
「だって、葵ちゃんみたいな可愛い子がこんな所に1人でいるのっておかしくない?」
「は? そう……か?」
2度の疑問符。
1度目は、その答えが答えになってないんじゃないかというもの。
2度目は、”こんな所に1人で”という部分。
確かに、第一印象のままの葵ならば、佐知と同じ感想を抱いていたかもしれない。しかし、昨日のあの無邪気に笑う姿を見た今では、別に俺らと同い年なんだし、おかしくはないだろ――と。
「うん、おかしいよ。だからね、私はこう思ったの」
しかし、佐知は浩雪の答えなど完全に無視して、勝手に話を進めていく。
「葵ちゃんは1人でここにいるんじゃなくて、誰かを待っているんじゃないかってさ」
「誰かを……?」
「うん。つまり、誰かからラブレターを貰って、ここに呼び出されているの。で、葵ちゃんはドキドキしながら、ここでその誰かが現れるのを今か今かと待っているんだよ――」
「おいちょっと待て」
「ドキドキだねっ! ん、何か言った?」
声を徐々に弾ませ、その語り口調にも熱を帯びて行く佐知。
一方の浩雪は、徐々にその表情を呆れと僅かな安堵の混じったそれに変えていき、
「つまり、それはお前の迷推理であって、何か確証のある事実ではないんだよな?」
「いや~、名推理だなんて照れるな~」
「僕の質問に答えろっ!」
「うん、そだよ。これは私の名推理。その告白の現場を見て、それを浩君に伝えれば浩君も告白の存在を認めてくれるはずだ――て。これなら誰にも迷惑かけないし、良いよね?」
「……確かに良いな」
「でしょっ!」
「ああ。丁度良い機会だ」
「うんっ、そうときまれば――」
「そうと決まれば、早速冬馬の所に行かないとな」
「――へ?」
思いもよらぬ切り返しに、素っ頓狂な声を上げるも――。
「一ヵ月前のことを謝る丁度良い機会だろ?」
続けて発せられたその言葉に、浩雪が何を言いたいのか理解した佐知。
今度は「あ、あ~」と何とも微妙な声を上げる。
”丁度良い”。浩雪のその言葉の意味が、十分過ぎるほど理解できてしまったから。
それはつまり、彼女はこの1カ月、恐らく1度も学校に来ていない。だから、謝るなら今が”丁度良い”――というもの。
2人はもちろん葵の家も電話番号も知らない。だから、学校に来ない以上どうすることもできず、結局有耶無耶になっていたのだが……。
「な? 丁度良いだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「ほら、約束通り僕も一緒に謝るから」
「うん、それは凄く心強いんだけど……」
何とも煮え切らない佐知の態度。
――1ヵ月前のあの時は素直に頷いてたくせに。
「どういう心境の変化だ?」
「えっと……私も、ずっと謝るつもりだったんだよ?」
「まあ、それは知ってるけど」
「でも……何かよく分かんないんだけど、あれからもう1ヶ月だし、何か逆に謝り難く感じるというか……」
「ああ。なるほどな」
つまり、時間が経ちすぎて、謝る事へのハードルが変に上がってしまっているのだろう。
一応、その気持ちもわからんでもない。
そう納得すると、やれやれと嘆息しながらも、俯いて考える。佐知が少しでも気持ちを楽にできるような言葉を。
「確かに、変に時間が空いたせいで謝り難いというのも分かる」
「っ……」
「でも、今の機会を逃がしたら、それこそ次いつ謝ることができるかわからないだろ?」
葵は恐らく明日も明後日も学校へ来ることはないだろうから。
「なら、今の内に謝っといた方が、気分的にも楽じゃないか? それに――」
このゲームセンターにも、明日も明後日も来る保証はないから。
「今日逃げたら、明日はもっと大きな勇気が必要になるぞ」
最近読んだ漫画に出てきた言葉。
それは、浩雪自身にも当てはまる言葉かもしれない。
今日葵に会わなかったら、もう次は……。
『今日逃げたら……か。中々良い言葉だな?』
自分で言った言葉に考えさせられ、ぼんやりと虚空を見つめていると、頭上から1つ声が降り注いだ。
それは、幼馴染の明るい声ではなく、むしろもっと落ち着いた雰囲気の……。
「それで、白告は今日も覗きか?」
「……っ」
決して上を向いてはいけない呪いに掛かっていたはずの浩雪。
だが、その声に引き寄せられるように、自然と呪いの効果も解かれてゆき……。
――紫




