#7:さよなら
まさか、このタイミングで1カ月前の報復を受けようとは。
思いっきり蹴られ、今も尚ヒリヒリする顔面をハンカチで押さえながら、浩雪はゲームセンター内の筐体前の椅子に腰かけていた。
「……いきなり蹴ったのは謝る」
「いや、まあ、当然の報いと言うか……」
「なんだ。じゃあやっぱりお前がっ――」
「違う違う違うっ! ストーカーじゃないからその足下ろして!」
同じく隣の筐体前の椅子に腰かけていた少女――冬馬葵は、立ち上がってその長い足を振り上げたが、浩雪の必死の声に、振り下ろす寸前で止めた。
自分の頭上で静止している、細く綺麗で長い脚。
助かったと息を吐きつつ、気を抜いた浩雪はそのまま顔を上げてしまい……。
「……っ!」
「紛らわしい事を言うな」
「……ごめん」
「はぁ、だから紛らわしい事は言うなと――」
「いや、その……また見えちゃったから」
「は? ……ああ、コレの事か?」
赤くした顔を背けつつ素直にそう言うと、今度は浩雪が何を言わんとしているのか理解した葵。
そんなことかと言うように頷くと、ひょいとスカートの裾を持ってそのまま捲り上げた――。
「――って何してんだよっ! お前は馬鹿なのか!?」
「馬鹿は白告の方だろ。こんな布、見たければいくらでも見せてやる」
「お前な……ってあれ? 僕の名前……」
「ああ。あの手紙に書いてあったからな」
「覚えてたのか……」
赤かった顔を一気に元に戻すと、今度はバツが悪そうに目線を逸らす。
「その……悪かった」
「はぁ、白告は謝るのが好きなのか?」
「いや、そんな変な趣味は持ち合わせてないけど」
「じゃあ、今度は何だ」
「あの時の事だよ。確か、友達のいたずらって言っただろ?」
「ああ。そんな事言ってたな」
「あの後、その友達に何であんな手紙を冬馬に送ったんだって問い詰めたんだけど……その理由が、まあ、かなり自分勝手なもので……」
「自分勝手?」
「ほら、冬馬が”入学半月で学校の半分以上の男子から告白されてる”って頭の悪い噂流れてたの知ってるか?」
「……ああ。あったな、そんなの」
「その僕の友達は頭悪い――バカだから、その噂を信じてしまったみたいで。それに、あの日、僕が告白なんてこの世に存在しない――って言ったから。多分それを否定する為に、噂のお前に僕から告白させて、そして振ってもらうって計画を立ててたみたいで……って、どうした?」
話している途中で、ふと葵の方に目を向けると、彼女は口元を押さえて俯いていた。
やはり、こんな話をして、不機嫌にさせてしまったか。
そう思いつつも、恐る恐る話しかけると……。
「くくっ」
「え?」
「くくくっ。あっはははははっ!」
急に顔を上げたかと思えば、腹を抱えて笑い出した。
「その友達とやらは本当にバカだなっ!」
彼女らしくない……と言えるほど彼女について何も知らないが、あの日感じた大人っぽい雰囲気は皆無。
周りの目も気にせず無邪気に笑う今の姿は、どちらかと言えば浩雪よりも子供の様に見えた。
「そ、それにしても……くくっ、あはははっ!」
呆然と固まる浩雪の前で、気の済むまで笑い続けた葵。
やがて、ようやく気が済んだのか、目元に浮かんだ涙をその真っ白な指で拭うと、
「そのバカな友達は白告の彼女か?」
「は? ち、違っ! あいつはただの手のかかる妹みたいな感じっていうか……その、だから――っ!」
顔を赤くして、途中から自分でも何を言ってるのか分からずに口を動かす。
そして、途中で葵の姿が目に入って来て。それが、つい先程と同じ、口元を押さえている姿で。
――からかわれた。
瞬時にそう理解した浩雪は、顔は赤いまま、しかし目は半眼にして目の前の少女をジッと睨む。
その視線に気づいたのか、葵は「悪い悪い」と何とか笑い声を飲み干し、居住まいを正す。
「……てか、あいつが女だって言ったっけ?」
「さっき白告と一緒に私を見てただろ? それに、あの時も」
「それも気づいて……」
――覗き見得意とか言って悪かったな。普通に気付かれてたぞ。
心の中で、あの得意げな笑みにそう申告してやる。
「後、これ。多分、白告の彼女が逃げる時に忘れて行ったんだと思うけど、見覚えあるか?」
「だから彼女じゃ――って、これは……」
――あんな汗だくになって、何のために追いかけてきたのかと思ったら……漫画を渡すためにわざわざ。1人で勝手に逃げてなんて薄情な奴かと思っていたけど……。
浩雪は葵に蹴られた後もずっとその手に持ち続けていたノートを、軽く握る。
そして、もう一方の手で、葵から漫画を受け取ると、
「あの……悪い、急用を思い出した」
「そうか」
「えっと……明日もここに居るのか?」
「さあな」
「……そう」
さらっと応える葵に、浩雪は自分でも気づかない内に落胆した表情を覗かせる。
それをチラと横目で見た葵は、しかし何か言うでもなく。
「帰らなくて良いのか?」
「え?」
「急用。思い出したんだろ?」
「あっ……そうだな」
「……どうした?」
後ろ髪を引かれるように逡巡する浩雪であったが、葵の最後の言葉に重い腰を上げると、そのまま明るい光の差し込む出口へと歩いて行く。
そして、重い扉を押し開いた所で一度振り返ると、
「……じゃあ」
「ああ」
明るい外の世界へと出て行く浩雪を、眩しそうに軽く細めた目で見送った後。
葵は薄暗いゲームセンターの中で、後ろの筐体に向き直ると、色鮮やかに発光するゲーム画面を瞬き一つせずに見つめた。
――さよなら




