勇者召喚の儀式
「ちょっと待ってくれませんか? 考える時間が欲しいです」
『待ちましょう』
落ち着け落ち着け落ち着けこれが落ち着いてられるかよ!
いきなり異世界に飛ばされて、騎士にされて、大国を滅ぼせだ? なんだよこの展開急すぎるだろ。
……この展開考えたの、自分だった。当時の俺はなんてことをしてくれたんだ。
しかも、主人公の名前、俺の名前そのまま使ってた。だから、主人公ポジションに俺が配置されたのか?
自分がどのような状況に置かれているのか、全くもって分からない。ここが地球とは別の惑星か何かで、本物の異世界なのか。現実世界の自分が幻覚でも見せられているのか。
俺には、現実のものとしか思えない。本物の異世界と仮定して動いていこう。
過去に俺が書いた作品「蒼剣の勇者」は、二万文字ほどしか書かれていない。見切り発車で、先の展開などロクに考えず、勢いで書いたため、途中で展開に行き詰まり、筆を折った。投稿サイトで反響がほとんど得られなかったことも影響している。
俺が今、考えなくてはならないこと。それは、生き延びることだ。
セクレチア王国が、マクスト大陸統一を掲げ、手始めに島国であまり他の国との交流がなかったガスター公国を潰した。そこから物語ははじまる。これから、徐々にだが確実に戦乱の時代に突入していくのだ。
身の安全の保証はない。うかうかしていたらあっという間に争いに巻き込まれて死ぬ。
一つだけ、確実に生き残る方法がある。
それは、「蒼剣の勇者」の主人公と全く同じ行動をとることだ。そうすればきっと、俺が書いた通りの展開になるはず。
筆を折ったところまでは、主人公の行動をなぞる。
「お待たせいたしました、ヒューノ姫」
『そんなかしこまった呼び方をする必要はありませんわ。わたくしはあなたを騎士に任命しましたが、異世界から迎えた勇者であるあなたとわたくしの立場は対等なものであると思っています。お互いファーストネームで呼び合いましょう。言葉遣いも崩していただいて一向にかまいません。わたくしもそうします。あなたとわたくしは一心同体なのですから』
「……分かった。そうしよう、ヒューノ」
『このわたくしを呼び捨てにするとは、なんたる無礼!』
「ええっ!?」
『あら、ごめんあそばせ。つい』
「やっぱり、敬語の方がいいんじゃ」
『いけません。わたくしとシンジは早急に良好な関係を築かねばなりませんから』
「そう、だな」
主人公の細かい台詞まで覚えていないが、ヒューノの提案をすぐに受け入れ、フランクに話していたような気がする。素の俺だったら無理だったろうな。
自分で書いた物語のはずなのに、キャラの台詞や細部の設定がまるで思い出せない。執筆してたの三、四年前だから当然っちゃ当然なのかもだけど。
「その、ヒューノさ、今、こうして普通に話しているけど、さっき、死んだんだよな?」
『ええ。勇者召喚の儀式は、万の生け贄と、王の命を捧げることで行われるものですから』
「万の生け贄? 王の命?」
『はい。セクレチア王国は奇襲により我が国民を次々に焼き払っていったものですから、万の生贄の条件はすぐに満たされました。わたくしはこの国で最も安全な場所に退避し、儀式の準備を進めました。父様から託された聖剣と王冠を用いることでわたくしは『王』となり、儀式条件が揃って、いよいよ儀式を執り行おうとしたところで、最後の砦が崩壊。わたくしはそこで死んでもおかしくなかったでしょう。奇跡的に生き延びることができたのは、まさに神のおぼしめし。あなたを呼ぶことができました』
ヒューノは少し間をあけ、ゆっくりと息を吸い込んだのち、すがるような、託すような、弱々しい声音で、囁くようにこう言った。
『シンジ、あなたはガスター公国最後の希望なのです』
心臓が跳ねる。
先ほどの鮮烈な騎士叙任式と、血の味を思い出す。
俺が、この物語の作者なんかじゃなくて。
物語の主人公のように、何も知らないまま異世界に呼ばれて。
この姫の手をとり、聖剣を携えて冒険に出ることができたらどれだけ良かったろう、と、そんな益体のないことを考えてしまった。