おねぇちゃんとぼく
初めて今のおうちに来たとき、ぼくはお父さんに抱っこされていた。そしてそのおうちにはお母さんと女の子が待っていた。その子はぼくにこう言ったんだ、「あなたが今日からわたしの弟になるんだね」って。
ぼくの名前はコロになった。ころころしてるからコロ、だって。
いつも元気なお母さん、新聞ばっかり読んでるお父さん。そして大好きなおねぇちゃん。これが、ぼくの家族。
おねぇちゃんはぼくを床にころころ転がす。そして自分もいっしょになってころころ転がる。おねぇちゃんにぎゅ~ってされるとあったかい。おねぇちゃんはいい匂いがする。おねぇちゃんのこと、ぼく、大好き。うんと大きくなって、おねぇちゃんを守るんだ!
だから、ぼくはいっぱい食べた。
いっぱい遊んだ。
「こらコロ! 靴にイタズラしないでって言ったでしょ!」
イタズラじゃないよ~。
……ちょっと歯が痒かっただけだよぉ。
好きなのは美味しいごはんとお散歩と、おねぇちゃんと遊ぶ時間。
お風呂は好き。爪切りきら~い。歯磨きもきら~い。
そして病院はもっときら~い。
他にもきらいなものあるよ。おねぇちゃんといっぱい遊びたいのに、「がっこう」とか「しゅくだい」とかってやつが邪魔するんだ。本当にひどいよね? でも、ぼくがお願いお願いってすると、おねぇちゃんはしゅくだいを放り出して遊んでくれるんだ。嬉しい!
ぼくがどんどん大きくなっても、おねぇちゃんも大きくなって、ぼく全然追いつけないんだ。でもね、大きくなってもおねぇちゃんはぼくといっしょにころころしてくれるよ。
がっこうから帰ったらころころ。
にちようびだからころころ。
お散歩もするよ。公園で遊ぶよ。
ぼく、おねぇちゃんが大好きで、みんなが大好き。
でも、「大好き!」って言うと「シーッ!」ってされるから、しっぽだけで伝えるんだ。大好きだよって。
おねぇちゃんが「ちゅうがっこう」に行くようになってから、だんだん、帰ってくるのが遅くなって、ぼくは心配になっちゃう。今日も遅い。ううん、特別遅いよ。
「あら、まだ帰ってこないわ、あの子」
お母さんがため息を吐く。
そうだよね、遅いよね。心配だよね。
お迎えに行こう、お迎えに行こうよう。
「こら、コロ。引っ張らないの」
でもでも、だって!
「ただいま~」
「あっ、貴方、お帰りなさい。あのね……あっ、コロ、待ちなさい!」
ぼくはお父さんの足の隙間から飛び出した。
走って、走って、おねぇちゃんを探したんだ。
ほんとはいつもいっしょにいたくて、どこにも行ってほしくない。
それでもお留守番ができるのは、かならず帰ってきてくれるって信じてるから。
大好きなおねぇちゃんを困らせたくないから、ぼく我慢してるんだよ。
お散歩コースの河原が橙色だ。
ぼくが「おねぇちゃん!」って叫んだら、ぼくを呼ぶおねぇちゃんの声がした。
「コロ……?」
ぼくは思わずおねぇちゃんに駆け寄って抱きついていた。
おねぇちゃん、おねぇちゃん!
でも、おねぇちゃんは一人じゃなかった。
しかも泣いていた!
誰だ、ぼくのおねぇちゃんを泣かすやつは!
絶対に、絶対に許さない!
ぼくが黒い服を着た大きいやつを追い払おうとしたら、おねぇちゃんはぼくを叱った。
しかも、それだけじゃなくてその男に謝ってる! どうして? どうしてなの、おねぇちゃん!
「ごめんね、城崎くん」
「ううん、大丈夫。かわいい犬だね」
「あ、ありがとう。でも、弟みたいにして甘やかしちゃってるから、ワガママで困ってるの」
ひどいよ、おねぇちゃん!
おねぇちゃんを守ろうとしてるのに、全然わかってくれないなんて。早くソイツから離れてって言ってるのに、おねぇちゃんはぼくを叱るだけ。もう、帰ったらサンダルかじっちゃうからね。
結局、その男はおうちまでついてきちゃった。
お母さん、塩まいて、塩!
ぼくが一生懸命説明しているのに、お母さんってば笑ってるんだ。ぼくは悲しいよ。「よくやった」って誉めてくれたのはお父さんだけ。悲しくって丸くなってたら、おねぇちゃんが来てぼくを撫でた。
う~ん、気持ちいい。
じゃなくて、ぼく、怒ってるんだから。
「心配して探しに来てくれたんだね、ありがとう、コロ」
ううっ、騙されないんだからね、ぼく。
「大好きだよ」
おねぇちゃん!
おねぇちゃん、ぼくもおねぇちゃんのこと大好き!
おねぇちゃんがぎゅ~ってしてくれた。嬉しくって嬉しくって、ぼく、おしっこもれそう! あ、もれちゃった!
「ぎゃ~~っ! お母さーん、コロがおしっこしちゃった~~!」
「あらまぁ、またなの~?」
えへへへ、ごめんなさーい。
でも、ぼくの臭いがするそのスカート、ぼく、とってもいい虫除けになると思うんだ~。
おしまい!