人を追い詰める言葉と言葉に詰まる大学生
タイトルも本編も長めです
哲学者ラッセルは、妬みは人間の感情の中で最も強烈なものだと述べたそうな。
何も、私はハンスさんに特別なことはしていません。一緒におしゃべりをしていただけなのです。しかしその一方で、不機嫌になるのもうなずけます。あらかじめ言っておけば、アイリスさんが不満に思うのは、ハンスさんと向かいに座っていたのが別段私だったからというわけではありません。なぜなら、私はアイリスさんに外見ではおそらくすべての要素において敗北を喫しているからです。問題はそこではないのです。いままでひとつ屋根の下、二人きりで生活してきた空間に、私という存在が割って入ってしまったことにより、ハンスさんは、アイリスさんのためだけのハンスさんではなくなってしまったからです。
どうしてこのような推論を立てられたかというと、改めて焼いたケーキは冷め、紅茶が、飲むのをためらうほど渋くなってしまうくらいの時間をかけて、アイリスさんが夫婦生活のあれこれを語ってくださったからでした。
「なあ、アイリス、もう、僕らのことはいいんじゃないか?」
ハンスさんがそう切り出すには随分と時間がかかりました。この家での力関係が垣間見えたような気がします。
「そろそろ、アヤノ。君のことについて知りたい。確か、旅をしているとか」
テーブルの向かいに座る二人がこちらを見ます。小屋とは違う、立派な木枠の窓から西日が射し込みます。白で統一された木製の調度がうっすらと赤く染まっていました。これまで考える猶予があったというのに、そう聞かれるまで、私は自分の“設定”を、すなわち自分が異世界人であることを隠すための説明を、用意していなかったのです。
「ええっと……」
「あら、ハンスさんはそれ以外全く聞かされていないの?」
アイリスさんは、“左手でやさしくハンスさんの頬を撫でる”ように、それでいて“右手で私の喉に剣を突き立てる”ように聞きました。
「まあ、そうだね。僕は、桜の丘の上でこの子を見つけたんだ。その時は、気を失っているようだったから、とりあえず介抱しようとして、小屋に戻った。水とタオルを持っていったところで、目を覚ました彼女に会ったんだよ」
桜の丘、やっぱりあれはここでも桜なんだ……まあ、厳密に言えば、桜といえど、本当は私のいた世界の桜とは別物のなにかに、私が“sakura”と聞き取れる音の言葉が当てられているということもあるでしょうし、なんなら木全般のことを桜と呼んでいるということもあるのでしょうけれど、それは今は考えません。
「なるほど、そうだったのね」
アイリスさんの目じりのシワが一つ減ったように見えました。とりあえず、ハンスさんと私の出会いが、特に私による作為の入る余地がなかった出来事だということが伝わりました。
「それで、あなたは結局どこからいらして?」
しかし、“偶然”の証明があったところで、アイリスさんの視線の鋭さが和らいだわけではありません。ナイフで木を削っていくように私にまとわりついている疑問をそぎ落としにかかってきます。
「えっと……」
「ああ、確か、カナガワケンだろう?」
ハンスさんは宙に指で弧を描きながらそう言います。助け舟です。
「そうです、それです」
「カナガワケン? 聞いたことないですね。遠い国の人なのかしら」
もちろん聞いたことはないでしょう。いや、しかし、この世界に実在しない場所の名前を答えた訳ですから、アイリスさんのように懐疑的な人物の目線からすればきっと己の知る地名の限界を悟るのではなく、私がハッタリをかましていると思う方が易いはずです。けれども、私に向けられたその疑念を払拭する方策が私の手元にはありません。なぜなら、目の前で起きたことしか知らない私が、目の前で起きたことを語るのを封じられたとしたら、それはもう、何を話せば良いのかという問題になるわけです。だから私は仕方なく、こうお茶を濁す他無いのです。
「そんな……ところです」
うつむいたまま、アイリスさんを見ることが出来ません。当たり前ですが、このような仕草をしている限り、アイリスさんへの不信感は膨張を続けます。それよか、その膨張は加速していきます。つまり、信頼や、保身のためにも、いや単純に礼儀作法としても、アイリスさんの目を見て話さねばならないのです。しかし、無理でした。なぜ? 簡単です。怖いからです。これこそ私の悪い癖なのですが、まず、私の行動は甚だしく一時の感情に左右されやすいのです。
「へえ、身なりはきちんとしているようですけれど、家族は?」
アイリスさんは身を乗り出して訊きます。そして、棍棒で叩くような語勢を浴びせます。
「故郷に置いてきました……父と母と、弟がひとり」
嘘は、言ってません。
「家族とはやり取りをしてらっしゃるの?」
かぶせ気味でした。私はすっかり大蛇に睨まれた蛙のように震え上がってしまっていました。もはや受け答えがどうこうだとか、考えている余裕はとうに失われてしまって、ただこの時間が早く終わらないかと切に願うのみでした。
「いやあ……その……」
「勘当、されたとか?」
「あっ! いえ、そういうわけではなく、その、多分家族は、私のことを死んだと思ってるというか……」
私はしまった、と思いました。勘当された、という方が何かと都合が良さそうな気がし始めたからです。なるほどこれが下種の後知恵というやつですかと思いました。しかし、そんなことに感心しても今は大して役に立ちません。すると、
「……複雑なのね」
おや……アイリスさんの言葉の勢いが緩みました。さしずめ何かを“察してくれた”のでしょうか……? ともかく、これ以上の深入りを食い止めることができたら、今はなんでもいいのです。私の心は一転して軽くなります。
「はい! そう、複雑なんです」
すると、アイリスさんは口元を歪ませて、私の目を見据えました。
「じゃあ、その複雑なことが起きていたとしたら、そのやけに綺麗な身なりはどう説明するのかしら? 複雑な事情をかいくぐったにしては、傷も汚れも何ひとつ無いじゃない」
……どうやら、私は呆れるまでに打算的なようです。思い返せば、アイリスさんは最初から、私の不透明な正体を暴こうとすることに主眼をおいて言葉を繫げてきていたというのに、急にその手を緩めることがありましょうか、という話です。相手を黙らせるほどの決定打を、私は打ったのかということでもあります。つまるところ、私は結局、考えが甘いのです。それは、生前も、神様とのお話のときもそうでした。
「いや……それは」
何度目でしょう。返す言葉を失います。早く返さねばならないのに、という気持ちがかえって喉を塞ぎます。
「アイリス、言い過ぎだ」
また、助け舟です。けれど、ここでハンスさんの言葉に甘えても、状況は悪化の一途をたどるのみです。すると、私が言葉を選ぼうとするのさえ待たない勢いで、アイリスさんはハンスさんの言葉をいなします。
「ハンスさん、あなたは優しい。でも、優しすぎるわ。あなたはもう少し自分の“立場”を自覚したほうがいいわ」
「それは……そうかもしれないけれど、この子はそういう感じがしないんだ」
その言葉を聞いて、アイリスさんは奥歯をギリッと磨り潰しました。そして雷鳴のような剣幕で喉を震わせました。
「じゃあ! 勝手にすればいいじゃ____」
その時でした。木、あるいは轍の軋むような音と馬の蹄が土を掻く音が聞こえて来ました。そしてそれと同時に、夫婦二人の目は一斉に扉へ向かいました。あっけに取られていると、アイリスさんはいつの間にか私の肩に手を回して、
「話はあと。隠れて、いいから早く」
そう呟き、台所の奥へ私の身体を押しこみました。されるがままに私が屈んだと同時に、無骨な男の声が、玄関に叩きつけられました。
「ハンス・レインフィールドは居るか! 入るぞ!」
顔を出せないため、何が起きているのかは分かりませんが、男の声と同時に、革靴が床板を叩く音と金属のアクセサリが擦れるような音が私の耳に潜り込みました。さしずめ節度には欠けるが、権力はある人間のようです。
「お待ちしておりました」
ハンスさんの声です。
「ああ、今年の分を貰っていこう」
男は革靴のかかとを鳴らして催促します。
「そちらにございます」
「これだけか?」
「ええ、これが全てです。そこから三割どうぞ」
ハンスさんが落ち着いた口調で促すと、男は声を荒らげた。
「ふざけるな、あれだけ広大な土地を持っておいてこれだけか?」
「とんでもございません。他の土地よりも多くございます」
ハンスさんは物怖じせずに続けた。
「どういう意味だ」
男は訝しげな声をこぼす。ハンスさんは先ほどまでのペースを崩さずに言葉を積み重ねていく。
「私達は脱穀をしているからです。つまり、穂から麦を取り出しているから、少量に見えるだけなのです」
今年の分、広大な土地、脱穀……そっか、ハンスさんは農家で、やって来た男はさしずめ領主といったところでしょうか。つまり今は、領主が農奴から一年の収穫分を取り上げるシーンですね。中学生の時、歴史の教科書を読みながら想像した光景が生で見られるということでしょうか。少し高揚してきました。あっ、実際には聞いているだけで見てはいないか。
「だからといって__」
男は反駁しようとしましたが、それをかわしてハンスさんはたたみかけます。
「ではお見せいたしましょう。ここに実を全てとった麦があります。これの大きさが180ソレ。麦の大きさはご存知の通り1ソレです。
つまり、脱穀していないいつもの麦は私達が用意したものより180倍大きいのです。ええと、ここにあるのは一把と同じ大きさの麻袋が10個ですから……1800把分は持っています。平均的な農家は200把が限界なので、ちゃんと広大な土地の分取れているでしょう? 」
ソレ……「それ(it)」ではなさそう。大きさの単位……?
いろいろと考えそうになりますが、会話は続きます。
「……ふむう、確かに理にかなっている」
「それに、脱穀したほうが商人には高く売れる」
「確かに、それはそうだな」
「三割の3個でも540把分です。他の農家の二倍以上はゆうに超えます」
「それは、素晴らしい」
ハンスさんの主張はメリットだらけですが、男はもったいぶったように褒めます。そして、こう続けました。
「だが、お前たちだけこれだけ多くの麦を持つことは国の秩序が乱れる」
「秩序が乱れる……とは?」
「乱れるのだ。いままでそうだったのだ。きっと神への冒涜となる」
御託をならべていますが、その実、どうやらこの高慢な領主は、“沢山あるならもっともらっていいだろう”の精神でハンスさんに対する搾取を重ねようとしているようです。きっと、税に計上されない余剰をフトコロに入れるつもりでしょう。秩序がどうとか言う男のすることでは、ないように思われますが……
そこでハンスさんは滑らかに切り出します。
「……なるほど。しかし、心配はございません。そもそも、この広大な土地を私達二人で耕し、収穫してきたわけではありません。これから残りの麦を小作人に振り分けます。もちろん、それでも余った分は神殿に納めます」
先程からハンスさんは用意してきたカードを切るように、領主の男を説得していきます。システムの面で見れば、一般的な認識では領主が支配者と言えるかもしれませんが、この場の支配権を握っているのは明らかにハンスさんでしょう。
「そうか、やけに聞き分けがいいな」
「とんでもございません。それは、ひとえにハーレー様が論理を解する聡明な領主であるからでございます」
「ふむう、我の真価を見抜くとは、農奴にしておくにはもったいない。まあもっとも、貴様は畑仕事が良くできるというだけだ。思い上がりはするなよ」
「もちろんでございます。この土地は元々ハーレー様が神から預かったもの。私はその神への誓いを忘れることなく、この土地で麦を育てゆく所存でございます」
「よろしい、来年も励め」
なんだか、ハンスさんの言葉が嘘くさい。だけど、それを鵜呑みにする領主がなんだかたまらなく滑稽で、私は自分が糾弾されていたことを忘れて、その会話を楽しんでいました。
すると、男は去り際にこう言いました。
「そういえば、手紙を預かっている。これを」
「ありがとうございます」
そうして、轍と蹄が土を削る音が薄れて消えていきました。
*
台所から恐る恐る顔を出してみると、ハンスさんとアイリスさんは、手紙をじっと見つめていました。
「あのう」
私が声をかけると、ハンスさんは素早く手紙をポケットにしまい、振り返りました。
「ああ、話の続きだったね」
ハンスさんは私を元の席に座るように促します。私は半ばされるがままに着席しました。何せ、分からないことが多いからです。
「まあ……その、流石に客人を余計に詮索するのはあまりにも礼儀を欠いていたかもしれない。すまなかった。とりあえずは泊まっていくといい。それでいいだろ? アイリス」
すると、アイリスさんは牙を抜かれたような様子で頷きました。
「ごめんなさいね。あの領主以外で他人が来るということに、わたしは慣れていなかったから。とりあえず、ご飯にしましょう」
気付けば、西日はほとんど傾ききっていて、部屋の中は仄かな闇に満たされていました。アイリスさんはランタンを灯して、エプロンをかけます。ハンスさんは私の向かいに座って、こちらを見据えました。ちょうどあの茅屋にも似た倉庫にいた時のように。
「アヤノ、さっきは質問責めをしてすまなかったね。代わりに僕が君から質問責めにあう、というのはどうだろうか。それに、僕の方は全てキチンと答えるよ」
ハンスさんはニッコリと微笑んだ。しかし、先ほどの領主とのやり取りを聞くに、余裕があるからこその提案なのでしょう。
だけど! こちとら知らない世界に文字通り“放り込まれた”のですから、未知でいっぱいです。聞けることは聞いておきましょう。
「あの、いくつかあるんですけど、まずは、先ほどのやり取りは……?」
「僕たちはね、見ての通りただの農民だよ。それで、土地を貸してもらって、畑を耕している。だから、さっきの男の人には土地を貸してくれたお礼として収穫の三割をあげることになっている。まあもっとも、あの人はあの人でもっと偉い人から譲り受けてるから、僕たちがあげた分の少しはまたそのもっと偉い人のところに行くんじゃないかな」
「なるほど、わかりました。じゃあ、私を隠した理由は?」
「それは、君を守るためだ。君は自身の正体を僕達にしたように答えている、あるいは、そうとしか答えられないのなら、あの領主に殺されてたかもしれないからね。それに、君を“持って”行かれる可能性もあった」
持っていかれる。まあ、その言葉選びと、私が女性であることから大方の予想はつきました。そして、この世界がその程度の倫理観であることも。
次は、ちょっと気になってることを。
「なるほど、じゃあ、別のことを質問します。あの会話、麦の数をかなりちょろまかしてますよね?」
「おっ、なかなかだね。アイリスより鋭いよ」
ハンスさんは嬉しそうに答えました。すると、台所から声が届きます。
「でもそのかわり、私はその子より常識を知ってますけどね」
見えなくても、アイリスさんの表情はなんとなく分かった。別に私に対する敵意のようなものはそんなに変わってないみたいです。すると、ハンスさんは私を見て笑いました。
「あはは、だってさ。まあ、あの会話、麦の数をかなり誤魔化してるよ。あの180倍の勘定、確かに一つの穂にひと粒しか実らない麦だったら成立してたかもしれない。だけど、麦は基本的に数十個の実をつける。縦に麦粒を並べれば大体穂と同じくらいの大きさになるから、180倍なんて嘘。単に僕らは収穫の180分の一を見せていたということ」
「まあ、それに引っかかるあの人もあの人ですけどね」
ハンスさんはわざとらしく声を落として言いました。
「そう言わないであげておくれ。彼は憐れにも暴力に訴えかけることのプロなんだ。それに権力を濫用したり、権力者に阿ったりすることに秀でている。およそ“善良な魂”は無いにせよ、そういう人生に生まれてきたこと自体は罪じゃない、それに」
「それに?」
「僕たち農民の唯一の楽しみなんだ。領主をたぶらかすことが」
ハンスさんは笑いました。ひょっとして、私はとんでもない人に拾われたのでは?
「……そういうもんなんですか?」
「そういうもんだね」
即答ですか……まあそれはそれとして、核心に迫る前に一つ質問をしておきましょう。
「長さの話で出てきた、ソレってなんですか?」
ハンスさんは目を丸くしました。
「……驚いた。まあ、知らないなら仕方ない。“長さ”って言葉を知ってるのに、“大きさ”を表すソレを知らないなんて、なんだか君は大分偏った知識を身につけて来たようだね。
まあいい。ソレっていうのは、大きさを表す単位だよ。麦ひと粒が基本単位だ。
長さ、っていうのは、麦を縦長に並べたときのひと粒目と最後の粒までの離れ具合のことのはずなんだけど__」
「じゃあ、重さは?」
「えっと、重さは、天秤が釣り合うのに必要な麦の個数だよ」
「じゃあ、体積は?」
「麦をどれだけ満たせるか」
まさか、度量衡全てが麦とは……まあ、石高なんて言葉があった日本生まれの私だって人のことは言えないんですけど、驚きました。
「それはすごい……」
「だろう? ソレは凄い便利だ」
「でも、麦も全部が全部同じってわけじゃないですよね?」
痛いところをついてやったと思いましたが、ハンスさんは顔色一つ変えませんでした。
「まあ、理屈ではそうだろうけど、その程度の誤差は問題じゃないよ。それでみんな暮らせてる。それに、いつも麦を使うわけじゃない、普段はヒモに長さを写しとって使うんだ」
「なるほど……」
確かに、私の元居た世界の物理学の世界では、電子顕微鏡による10万分の1ミリメートルという測定可能な長さの限界がありますし、それに測定量と誤差の比率でいえば有効数字は高々六桁が限界なわけです。けれども、我々はその限られた範囲の中で十分なくらい様々な理論を打ち立てたり、便利な道具を作ったりしてるのですから、麦の小さな誤差に対してだって、本質的な差異はないということでしょう。つまり、麦も電子も五十歩百歩です。
さて、細かい疑問が晴れたところで、そろそろ本気で暴いてやりましょう。さっきの仕返しです。実は私、ハンスさんを言い負かす作戦を少しだけ練っておいたのです。
「じゃあ、最後の質問です。
どうして計上を誤魔化す必要があったんですか? 小作人なんてホントはいないですよね。それに、神殿に行く気もなかった」
「どうしてそうだと言えるんだい?」
ハンスさんは私を睨む。すると、呟くような言葉が差し込む。
「たぶん、私のせいですね、ごめんなさい、あなた」
私はアイリスさんの方を見て、畳み掛けます。
「そうです。アイリスさんはさっき、
『領主以外で、他人が来るということに慣れていなかった』
と言ってたんです。だから、小作人は来てないなって」
「なるほど、では神殿は?」
ハンスさんは頷きながら促します。
「丘の上からは畑以外に何も見えなかったからです。それに、馬車もない」
「……ふうん。なるほどね。」
ハンスさんは沈黙しました。文学部生ですもの、一回くらい弁論で追い詰めさせてください。
「全て、答えると言いましたよね」
それを聞いたハンスさんは、はっとした表情で私を見ます。アイリスさんは黙ったままのようです。私がドヤ顔を決め込んでいると、そのうちハンスさんは、徐に口を開きました。
「その答えは、さっきの手紙の中にある」
ドヤ顔を崩してちらりと見れば、ハンスさんの表情は、先ほどの余裕なものに戻っていました。でも……じゃあ、
「じゃあ! 質問します! 手紙の内容は__」
その時、ハンスさんは私のダメ押しを素早く遮り、爽やかな笑みを含ませてこう言い放ちました。
「アヤノ、さっき君は“最後の質問”と言ったよね。だから、答える理由はないかな」
それはたぶん、神様に言いくるめられた時よりも、頭に響きました。してやられたというやつです。
死後に出会った、神様、鬼嫁、詭弁家……私はそれらに三戦三敗、惨敗を喫したのでした。
「少し意地悪だったかな? まあ、いずれ分かるかもしれない。君次第だけどね」
詭弁家は最後まで私に笑いかけていました。
次回からストーリーが大きく動きます