第七十八話 悲しみの夕食
「聞いていたのか?あいつは俺達の機兵をぶっ壊しやがるほどの強烈な魔獣だ。お嬢ちゃん達が同行できる相手じゃねえぞ?」
「あたい達だってそれなりに修羅場を潜ってきてるんだよ。それにちょっと変わった機兵に乗ってんだ。鹿を独り占めにしてるブタ野郎なんかにゃまけないさ」
もう鹿のことしか頭に無いのだろう。イノシシ型の魔獣がどういう物か調査をする前に安請け合いするのは良くは無い。ここはレニーに窘めて貰って……。
「そうだね!マシュー。私達は力を合わせて困難に立ち向かってきた!村のために一肌脱ごうじゃ無いの!」
だめかーーー!レニーもそっちかあ!そうだった、レニーは熱血馬鹿だった。場の空気に酔って慎重さをすっかり失っている。であればミシェルが頼みの綱か。機兵に乗っているわけでも無く、ましてやルナーサへの帰還を言葉には出さずとも急いでいるはずだ。
ミシェルが言えばこのイノシシ娘達もその牙を納めるだろう。
「流石お二人ですわ!この村は言わば商人達の休憩ポイント。我がルナーサとトリバはフォレムを結ぶ重要な拠点ですの。ここが使いにくい今は私達商人にとっても困るお話しです。
見まして?私達の次に来た商隊を。門番から南の街道が使えないと聞いてがっかりした顔をしてましたわよ。ここはレニーとマシューに頑張って貰いましょう!」
ミシェルまでー!こうなったら俺が口を出したところでどうしようも無いな。逆に言い込められてしまうのが目に見えている。とは言え、あまり無謀な行動は避けて欲しいのだが。
「んんっ、レニー達聞こえるか?正直俺は今とても困惑しているが、取りあえず明日調査すると話して宿を取ろう。そこで改めて打ち合わせをする、いいな?」
「はい、カイザーさん!」
この場所じゃどうにもやりにくいからな。取りあえず移動だ移動!
ギルドの係員、スーのお勧め宿に俺達は部屋を取った。お勧めと言っても現状としては料理に期待できるわけでも無く、機兵置き場が広いというくらいなのだが、オルトロスが嬉しそうにしているからまあいいだろう。
宿のお姉さんが申し訳なさそうに出してくれた夕食は、言われていたとおり期待に添える物では無かった。
硬い黒パンに具が少ない野菜のスープ、川魚のソテーといった少し悲しい感じの内容で、お姉さんは何度も何度も頭を下げ、
「ごめんねえ、本当は美味しい鹿料理の季節なんだけど……アレがねえ……商人もあまり来ないからパンの材料もあまりなくてね……」
と、悔しそうに言っていた。
最も俺は食えるわけでも無いのでどうでも良いのだが、レニー達、とくにマシューのテンションが目に見えて下がっていた。フカフカのパンにジューシーな鹿肉料理。それらを夢見たマシューにこの落差は辛い仕打ち。
最も、それによって余計に魔獣への怒りが爆発し、さらなるやる気に繋がってしまうわけだが。
夕食後、部屋で会議を始めた。俺やオルトロスがが居る機兵置き場に集まろうかとレニーは言ってくれたが、外で堂々と喋ってしまうと罪の無い村人達が腰を抜かしてしまうだろうと言うことで、俺とオルトロスは通信での参加である。
「と言うわけで、魔獣退治について話し合おうと思う」
「よっしゃ!まってました!」
すっかり退治する気で居るマシューは一人やたらと盛り上がっている。こうなった以上、討伐依頼を受けるしか無いのでその相談も勿論するが、先ずは軽くお説教だ。
「いいか、マシュー。正直安請け合いはすべきでは無いぞ。確かにこの村にとって困ったことが起きている訳だし、なんとかしたいと思うのはわかる。ただ、宣言する前に調査だ。綿密に調査をし、勝てる見込みが出てからやるぞと言えば周りの反応ももう少し違うだろ?」
「でもよお、鹿だぞ?鹿が採れないこの村なんてかわいそうすぎるよ……」
論点が少しおかしい。
「鹿はわかるが、そうだな、今日の話を聞いて期待する人も少しは居るかもしれない。家に帰り,家族に話し、家族一同期待するだろ?で、失敗しちゃったらどうだ?がっかりするだろ。鹿を期待してやってきたマシューが鹿を食えなかった時と同じ気持ちになるわけだ」
「そ、そりゃあそうなんだろうけど……ううん、ごめん。軽率だった」
失敗すると言うことはあまり考えたくは無いが、そうなった時どういう扱いを受けるか考えない辺りはまだまだ子供だな。
失敗した後、村の子供から涙ながらに倒すって言ったじゃ無いか!なんて言われた日にゃあレニー達が落ち込むのは目に見えている。
なので、やると宣言してしまった以上失敗することは出来ないし、受けずにばっくれるなんてもってのほかだ。
「ミシェル、旅が始まって早々に悪いがこの村に少し滞在しても構わないか?」
「ええ、街道の問題を解決するのでしょう?先ほどもギルドで言いましたが、これは商人達のルートにも関わる問題です。本来なら国に問題を挙げてさっさと解決しなくては行けないのですが、恐らく村へ続く街道が片方生きているため、重要視されずに後回しになっているのでしょうね」
まあそうだろうな。其れに相手は魔獣だ。どうせほっとけばそのうち居なくなる暗いに思っているのかも知れない。
確かにその可能性はあるが、生きていればまた同じ場所に戻ってくるだろう。
そして相手は動物では無く魔獣だ。大きさも力も圧倒的なそれはヌタ場が無くなっていると知れば自らそれを作り出すことだって可能かも知れない。
寧ろ土砂崩れを起こしたのがイノシシ型のハグレ魔獣だという事も考えられる。
「よし。では明日は現場の調査だ。あくまでも調査だからな、マシュー。魔獣を見かけても手は出さず遠くから観察すること」
「わかったよ。習性を確認するんだな?」
「ああ、習性から行動パターン……、いつくらいにどの方向から来て何処へ行くのかそれを先ずは知る。それが済んだら、次は用意だ。場合によっては罠も考えるし、村に動ける機兵がいれば協力して貰う事も考えている」
「村の機兵?そんな事しなくたって別にあたい達だけでも……」
不満そうな顔で反論するマシューを優しく窘める。
「バステリオンは確かに強大な敵だったし、それを打ち破ったのはお前達二人の頑張りがあってこそだ。でも覚えているか?あの時戦ったのはけして二人だけでは無かったことを。ジンの援護射撃が無かったら今こうやってここで話せてなかった、それは理解しているか?」
「そうだった……じっちゃん達の協力があってこその勝利だった……」
「うんうん、それに油断してるとさ……、洞窟のアレみたいなことがまた……」
「わ、わかったから!やめろレニー!その話は!」
悔やみの洞窟、その呪いはまだ続いているようだ。




