第五十五話 護衛クエスト
(どうするんだこれ……)
(うーん……取りあえず事情を聞いてみようか……)
しくしくと私にすがりついて泣く女性を前にこそこそと相談をする私達。今日は余り人が居ないとは言え、視線が痛い。
「え、えっと……、とりあえず……、とりあえずお話しを聞かせて貰えますか?」
「そうだな!う、うん!あたいらも何が何だかわからんからな!取りあえず、な?」
ギルドに併設された酒場に連れて行き椅子に座らせる。
この酒場は夕方ともなればクエスト帰りのハンター達が酒を酌み交わしながら愚痴と自慢で盛り上がる場所なんだけど、昼間は打ち合わせ的な用途で使われることが多い、
なのでお酒だけでは無く、カフェ的なメニューも充実していて余りお酒を飲まない私でも気軽に利用出来る。
「カフィラ3人分ちょうだい」
カウンターで飲み物を受け取り席へ運ぶ。謎の少女は下を向きまだしくしくと泣いている。私たちが一体何をしたというのだ……。
少女と言っても、私と同じとしか少し上くらいに見える。ふわふわとした金色に髪に羨ましいレベルのプロポーション。涙に濡れる翠の瞳はそこらの男共は放っておかないだろう。
なのに、この状況を遠巻きに見ているだけで関わろうとしない。一体何なんだ~~!
「とりあえず、カフィラ飲んで落ち着いて?話くらい聞くからさ、ね?」
「そうだぞ、なぜあたい達にすがりついて泣いたのか、事情を話してくれないとわからん」
話を聞くと言ったのが良かったのか、謎の少女はカフィラをくいっと一口飲むとゆっくりと口を開いた。
「……恥ずかしいところをお見せしました。私の名前はミシェル・ルン……いえ、ミシェルとお呼び下さい」
ミシェルと名乗る少女は私とマシューを交互に見た後、うつむきながらぽつりぽつりと語り出した。
「先日から依頼をギルドに貼り出させて貰ってたのですが……来る日も来る日も受託したという報告が無く……。不思議に思ってそれから毎日ギルドで観察していたのですが、受けようとする人がいても詳細を聞くと何故か皆首を横に振って去って行ってしまいます。
もうすぐ期限切れの一月が立とうとして延長の手続きでもしようかという時、あなたがたがやってきました。私の勘が告げました、貴方たちこそ私のクエストを受けてくれると」
話からするとどうやらこのミシェルは例のクエストの依頼主さんか……だんだん話が分かってきたぞう……。
「ランクが足りず受託できないと言われているのが私の耳に届いた時は、絶望のあまり気絶しかけましたが、貴方たちはわざわざ上げてまで受託しようとして居ましたわ。それを見て、ああ、やはり貴方たちしかいない、と……」
「ああ、あれはたまたま……い、いや、続けてくれ」
口を挟もうとしたマシューだったが、謎の迫力に負けて最後まで言えない。
「そして見事ランクを上げた貴方たちをみて私の喜びは最大値になりました。いよいよ私のクエストを!……って思ったのに……思ったのに……あんまりですわ~」
再びスイッチが入りわんわんと泣き出してしまう。カウンターに視線を送りシェリーさんに助けを求めるも(頑張って!)と謎のポーズで応援されてしまう。頑張りたくないなあ……。
「泣かないでー……、ほ、ほら私たち……というか私も3級に上がったからさ、しょ、詳細を話してくれるかな?シェリーさんに聞こうと思ってたけど、依頼主さんがいるならそれに越したことはないし……」
途端、がばっと身を起こし、私の両手を握りしめるミシェル。ち、近いってば!近い!近いよ!
遠巻きに見ている男達がなんとも言えない顔でこちらを見てるし,違うよ!そんなアレじゃないから!
「お話しを聞いてくれますの!?」
「き、聞くから落ち着いて、す、座って、ね?」
まだ興奮しながらも、席に座ったミシェルは今回の依頼について説明してくれた。それはいいけど今更断りにくいし、変な依頼だったら困るなあ……焦げ付いてるって余程だぞ……。
「依頼は護衛、私がフォレムと目的地を往復するのを護衛するクエストです。ここのハンターならそれほど難しい依頼では無いと思うのですが、何故か皆詳細を聞くと断るらしくって……」
困り顔で首を振り、また溢れてきた涙を拭いて懐から紙を出した。広げられたそれは地図のようで目的地が示されているようだ。
「目的地というのはここ、神の山にほど近い場所に存在する洞窟です。この最深部まで私を連れて行って欲しいのです……」
神の山にほど近い……洞窟……。なんだか嫌な予感が……。マシューを見ると苦笑いを浮べている。やはりそうか、例の場所か……。
「あのね、ミシェル……、誰も受託しようとしなかった理由、わかったよ……」
「な、なんですの!?私にはさっぱりわかりませんのに!」
椅子から立ち上がろうとするミシェルをどうどうと宥め、説明を……うーん、説明か……。マシューに振ろうとしたら目をそらされた。こう言うのトレジャーハンターのが上手に説明出来そうな気がするんだけどな……。しょうがない、私が説明するか。
「えっと、この洞窟はハンター達の間で「悔やみの洞窟」と喚ばれているの。お宝の噂に釣られて多くのハンターが足を踏み入れたけれど、未だ誰もお宝を手に入れられず、それどころか皆憔悴して帰ってくる。話を聞こうにも怯えたり、苦笑いで逃げたり、まともに話は聞けない。
共通しているのは皆が皆口を揃えて「行くんじゃ無かった」と言っているってこと。だから通称悔やみの洞窟、ある意味で忌み地とされ、足を踏み入れるハンターはいないの」
「トレジャーハンターでも同じ話が伝わっている。確かにあそこには何かがあるらしいんだが、皆途中で引き返してくる。うちのギルドでも何人か下見に行ったんだが、話を聞こうとすると未だに怯えちまってダメだ。きっと何かヤバいものが眠ってるんだろうよ……」
これだけ言えば諦めてくれるかな、そう思ったんだけど……。
「事情はわかりました……。正直そのお話を聞いて……行きたがるほど私も馬鹿ではありませんわ……」
「じゃあ……」
「……いえ、しかし、しかし私は行かなくてはならないのです……」
深刻そうな顔でギュッと手を握り震えるミシェル。放っておけば一人ででも向かいそうだ。流石の私でも忌み地……、悔やみの洞窟には行きたくない。でも、この子を放っておくのはもっと嫌だ。
「マシュー」
「しょうがねえな、ま、メンバーの敵討ちってことにしとくかね」
椅子から立ち上がるとボードに向かい依頼を剥ぎ取る。ミシェルが立ち上がりこちらを見ていたが、それには笑顔で返しカウンター向かった。
依頼用紙をバシっとシェリーさんに差し出すと「本当に?」という顔でこちらを見ていたが、力強く頷いて肯定した。
シェリーさんは困ったような笑顔を浮べ、ため息をついた後、カフェまで届くような大声で言葉を発した。
「では、ブレイブシャイン!3級護衛クエスト受託ですね、承りました!」
カフェから駆けよるミシェルに親指を立て、クエスト開始を告げる。




