第四百六十話 むかしばなし その2
調律者という大層な役割を担った黒龍、グランシールだが、その仕事はシンプルなもの。
魔素がこの大陸を循環する終着する土地に配置され、神が定めた量から溢れた魔素を喰らい、折を見て地に返すという……言ってしまえば空気清浄機の様な役割を長い年月に渡って担っていた。
10年、100年、500年……ただひたすらに魔素を吸っては吐く生活を送るグランシール。人里離れた地で与えられた仕事をひたすらにこなす日々。それを知恵ある黒龍、グランシールに命じたのだ。
――それがどれほど苦痛なのかは考えずに。
大陸の魔素量を調整する『装置を配置する』という行動は、神が我が手で世界に干渉することになるのだという。それは神界に置いて良しとはされず、避けるべき行動とされているらしい。
そこで神は抜け道を使った。
『魔素量を調整する"調律者"を配置する』
グランシールを世界の新たな住人として地に降ろし、自分に変わって仕事をさせる分には『神の介入』には当たらないと屁理屈を捏ね、押し通したのだ。
神はグランシールともっと対話すべきであった。
グランシールからは定期的に報告が上がっていた。
『魔素量が前期よりも増加している』『魔素の消費量が減っている』
報告を受けた神は大陸のパラメータを確認し、許容値であることに満足をすると、一応は感謝の言葉を返してはいた。
が、それ以上の言葉を交わすことはなかった。神の性格が悪いというわけではない。いくら神子とは言え、必要以上の会話は誓約により制限されてしまうのである。それでも、なんとか抜け道を作り、地上で働くグランシールの話に耳を傾け、龍の置かれている状況を識るべきだった。
龍は孤独だった。孤独な龍は神から届けられる言葉だけが楽しみだった。地中深くでじっと神の言いつけを護る龍はそれ以外の楽しみを知らなかった……いや、識ることが出来なかった。
そしてある時、大きな戦争が起きた。多くの人々が死に、多量の魔素が大陸に放たれた。直ぐ様それを吸収した黒龍だったが、それを吐き出すことは叶わなかった。何故ならば、大陸に住む生命体達は、以前吐き出した分の魔素ですらまだ消費しきれていなかったからである。
戦争で失われた数多くの生命体は直ぐに回復することはない。それから更に数年が経つと、黒龍がその体に維持することが出来る魔素量に限界が訪れてしまった。
神はそれに気づけなかった。
なぜか?神は龍を信頼しきっていた。神がわざわざ確認を取らずとも、定期的に龍の方から連絡が届けられていたからだ。
神とて地上に目を向けていなかったわけではない。ただ、龍の様子を確認するという事を怠ってしまっただけ……しかし、それこそが神が犯した失敗だった。
そして龍は神に報告をすることが出来なかった――いや、自らの意思で神への報告を辞めてしまった。
なぜか? 溜め込んだ魔素により体内の魔石に変異が生じ、変異を起こしてしまった黒龍。それは身体だけではなく、知能や感情にまで変化を及ぼしてしまったから。
今まで『この地から動いてはならん』と言う神の言いつけ――枷を外してしまったから。
枷を外した龍は地上に抜け出し、初めて自らが護っている世界を識ってしまった。それは報告の対価に受けられる神からの言葉よりも『楽しそうな事』だった。神に連絡をするよりも、神の声を聞くよりも楽しい事に目が向いてしまった。
黒龍は枷から完全に解き放たれ、善悪の判断もつかぬ無邪気な存在が人界に降り立ってしまったのだ。
そうなる前にキチンと状況を判断できなかった神の失態である。
しかし、既に事は起きてしまった。神が地上を見た時、大陸に存在していた国家のうち3つが消滅していたのだ。そしてその原因を視た時、神は初めて『いつもの連絡』がまだ無いことに気付く。
その原因となったものは無論、黒龍グランシールだ。
グランシールは識りたかった。魔素を糧とする者達がどういう生活を送っているのか。
グランシールは視たかった。この大陸に生きる者達がどういう者達なのかを。
しかし、グランシールは知らなかった。我が身に宿る強大な力を。そして、他の者とのふれ合い方を。
黒龍はそれまで大陸の人間達が視たことが有るどんな魔物よりも大きく、強大な力を持っていた。そんな物が現れてしまえば、人々の感情に畏れが沸き起こるのは必至。黒龍に対し敵対行動を取ってしまう。
そして黒龍もまた、それに対し、迎撃をしてしまった。
気づけば黒龍対国家の戦闘が勃発し、思考が不安定になっていた黒龍は激昂。力を使い果たすまで暴れ尽くし、神が気づいたときには更地の中心で眠りに落ちていたのだ。
この戦いの中で産まれてしまった魔素は黒龍が吸収し、即座に使用していたため、結果としてみれば大陸の魔素量は過剰レベルから欠乏レベルにまで減り、暫くの間は調律の必要がなくなっていた。
神は眠りについた黒龍を起こすものが無きよう、地底に移動させた。この様子では後数千年は目覚めることはないだろう。しかし、龍が目覚め、再び魔素を集め始めれば同じことが起きてしまう。しかし、誓約があるため、地底に動かす以上の事はできない。龍を治療してやることも、天に還してやることも叶わない。
このままではいけない。この大陸の仕組を変える必要がある。仕組みを変え、魔素の滞りを無くし……大陸の人々がいつか目覚める龍の対処ができるまで育てる必要がある。
しかし、誓約という枷が頭を悩ませる。
そこで他の神から『異世界の者を使うのだ』と、アドバイスを受ける。魔素の消費を促したいのであれば、それが存在しない世界の者を呼び込めばよいのだと。それに憧れを持つ人間を呼び込めばよいのだと。
特に事情は話さぬほうが良い、勝手にやらせたほうが結果的に良い方向に転ぶのだと。
「……そんな事を知らずに転生させられたのが……私。魔素が存在しない世界から神に連れてこられたのが私」
一部の人達には既に伝えてある通り、私は元々異世界の人間で、死後こちらの世界に転生してきた。
神は好きな姿として転生し、好きなように暮らしなさいと、そして世界を引っ掻き回してくれたら嬉しいと。
今思えば『引っ掻き回してほしい』と言うのは、この大陸の仕組みを変えるほどの何かを成してほしいということだったんだと思う。当時話しを聞いた時は、そんな事は思わなかったけれども。
そして私はこの身体……カイザーとなって転生した。私の世界に存在する架空の存在、科学技術が発達していた元の世界でも実現しては居なかった搭乗型巨大ロボット……こちらの言葉で言う所の機兵として転生した。
このあたりの話からは神話として残ってるよね。
神話の中にあった大噴火……、私が眠りにつき、一時的に記憶を失う原因となった出来事。あれこそが黒龍グランシールの目覚めだった――ただし、少々問題が発生したのだが、それは後述する。
そして私が眠りについている間、卵は何処かでじっと息を潜め、数千年に亘って魔素を集め続けた。しかしグランシールの記憶に残っていた状況とは異なり、上手く魔素を集められなかった。それは私達にとっては幸運なこと。
さらにその間、ウロボロスと手を組んだルストニアが作り上げた機兵、魔導具。それらによって魔素の使用率は上昇。結果として黒龍の孵化を大幅に遅らせることとなった。
その後大戦が勃発し、再び多くの命が失われる事になった。そして再び大陸に多くの魔素が溢れ出してしまうことになったのだが……、それはまた別の形で消費されることとなった。
「今の時代で言う『魔獣』の誕生には私という存在が大きく関わっているんだけど、今までは私の身体が目覚めた後から変異が始まっていたと考えていたんだ……けれど実際は違った」
そもそも、こちらの世界に自分たちという異物が現れてから変異はゆっくりと始まっていたのだ。本来の魔獣達の魔石に干渉し、変質化を促し……より魔素を吸収するようにしていた……らしい。
神がこの世界に自分を転生させた際に与えた『報酬』それはロボット……機兵にしてくれるというものだったけれども、神は密かに『魔素への干渉』能力も付与していた。
それは我々が意図しない所で働き、この大陸の魔素が適切に消費されるよう我々を使って対処しようとしたようだ。なるほど、これならば『神の手』による干渉ではなく、あくまでも『この地に降り立った住人の手による変化』となる。誓約からははずれるわけだ。
それによってゆっくりと大陸の生態系は作り変えられ、魔獣は機械化し、魔素の消費を促した。
「……これに関して神に言いたいことが無いわけではないけれど、苦肉の策というのもわかるからなあ……」
我々がこちらの世界に来たことがきっかけとなり、結果的にこの大陸は安定しはじめていた……のだが、ここまで話を聞いてきて、君たちは信仰心というものが揺らぐレベルで神の間抜けさを察してしまっているのではなかろうか。
「実際、私は神と会い、話したことが有るから、あの神ならしょうがないなって思うところもあるんだけど、何処か抜けているんだよね……悪い神ではないのだけれども、考えが浅いと言うか、他人の気持ちをきちんと測れないというか……物事を見通せていないと言うか」
「カイザー……、それではあまりにも神に失礼ですよ。あれでもこの世界の創造神なのです。この大陸でやらかしているとは言え、他の……いえ、まあやらかしていることには代わりはないのでフォローはしませんが」
ごほん。
「私のこの身体……いや、厳密に言えば外にあるカイザーは創作物から生み出されたものであると話したよね。世を乱す悪を倒す正義の味方の物語。雑に言えばそんな内容なんだけど、神は余計な気を回して……正義の味方であるカイザーの他に、その敵となる悪の化身までこちらの世界に創造してしまった」
それこそが邪神ルクルゥシア。
神も一応きちんと考えていたらしく、必要なときまでは下界には降ろさず神界で管理をしていたらしいのだけれども、創造物とは言え、ルクルゥシアは邪神。上手く神の目をかいくぐり地上へ降り立ってしまった。
不幸中の幸い、奴が従えていた四天王やその機体、要塞などはこちらの世界には再現されなかった。けれど、ルクルゥシアもキチンと自我を持った状態で創造されてしまったため、自分の戦力が弱いことに気付く。
そして目をつけたのは我が身と似た破壊の波動を感じる存在、黒龍。眠りについていた黒龍だ。
かつて地中深くで眠りについていた黒龍を見つけたルクルゥシアはじわりじわりとそこまで這い寄り、甘い言葉をかけて手中に収めてしまう。
ルクルゥシアは不定形生命体であり、決まった姿を持たない。黒龍を吸収したルクルゥシアは卵となり、内部で新たな姿を取るべく休眠状態に入ろうと思ったらしいのだが、その前に余計なことをやらかした。
地中に干渉し、噴火を促したのだ。
それによって地上への脱出を果たし、より多くの魔素を得られる場所、現在でいうシュヴァルツヴァルトが有るヘビラド半島へ飛んだらしい。
後は長い年月をかけ、ゆっくりと力を溜めながら帝国を掌握し……現在に至る。
「神からのメッセージ……まあ、神託は以上の通りで……私もなんと言ったら良いかわからない。正直な所、過去から現在に至るまで大陸の人々に迷惑をかけすぎていると思う。皆も思う所があるかも知れない。
それでも、神に……いいや、私に力を貸してくれると言うのならばこの手を取り、協力してほしい」
立ち上がり、頭を下げると、あちらこちらから席から立ち上がる音が聞こえた。そうだよな、神のせいにしているけれど、この自体を招いたのは私の影響も大きい。シュヴァルツヴァルトなんて現在進行系で多大な損害を被っているし、頭にくるのは仕方がないよ……。
「何しみったれた顔してやがる。おら、顔を上げろよカイザー」
「え……?」
レインズに促されて顔を上げてみると、皆、その場に残り立ち上がってこちらを見ていた。
「確かにシュヴァルツヴァルトはルクルゥシアとやらの手により少なくはない被害を受けている。父上に関しても……許されることではない。しかし、その責を君や神に求めるのは筋違いというものだ」
「カイザーや神が齎した物で起きた大戦で幾つもの国が滅びたのは事実ですが、それ以上に潤いを与えてくれたのも事実。もし、神が行動を起こし貴方を喚んでいなければ、今頃もっと酷いことになっていたことでしょう」
「かもしれないね……」
「カイザー殿。皆、貴方と共に戦うと。この地を護ろうと覚悟を決めているからこそ、この場に集まり、話を聞いたのですぞ。それに、あなた方のこれ迄の活躍を顧みて協力しない者など居るでしょうか」
「そうでござる。カイザー殿、父上の言う通りでござる。皆と出会い、ガアスケと共に貴方と過ごした日々はかけがえの無い日々でござった。私はこれからも変わらず皆と行動を共にしたい!」
「ありがとう、ありがとうみんな」
皆が口々に同調し、変わらぬ協力を誓ってくれた。そっか、そうだよね。ありがとう……ほんとうに。
「ふふ、涙を流す機能をつけておくべきでしたね」
「なっ!?余計なことは言わなくていいよスミレ!」
新機歴12月20日22時32分
穏やかな雰囲気の中、会議は終了。最終作戦決行日を翌々日、12月22日に決め、各自解散となった。
無理やり2話に収めようとしたら文字量がいつもの倍に……!
もっと軽い感じのノリで書くつもりがどうしてこうなった
#誤字報告めちゃくちゃ助かります。気をつけているつもりなんですが、つもりなので全然気をつけられていないという……!




