第四十四話 バステリオン戦 ―ギルドでは
「よくやった!まさかバステリオンの奴を始末するとはな!」
マシューが顔をくしゃくしゃにした前頭領に抱きしめられ、照れ笑いをしていた。
「前頭領の射撃の腕もなかなかだったよ、助かった!ありがとう!」
「いいってことよ!お前さんの声が無かったら動けなかったからなあ。恥ずかしい話、小山みてえなバステリオンが暴れてんのみてな、身体がうごかなくなっちまった。あの呼びかけが無かったら…、今頃どうなってたか考えたくもねえよ……」
――時は戻ってバステリオン戦……
遠くに聞こえる鈍い音や微妙な振動、それはまたあいつらが訓練か狩りでもしてんだろう、そう思っていた。しかし直ぐに違和感に気づいた。
(マシュー達は下の遺跡で狩りをしているはず……じゃあ、上から聞こえるのは何だ?)
何かが起きている、そう考えた前頭領、ジンは若い衆を連れて様子を見に外に出る。ギルドの展望台から下を見ると白い機兵と紫色の機兵が山を駆け上がってくるのが見える。
(やはりあいつらの足音か?いや、違う。やはり音は山の上から……)
間もなくギルドに到着する機兵達だったが、停止することなくそのまま通り過ぎ上に向かって登っていく。
「……おめえら、何かが起きてやがる。念のため機兵だしとけ」
「しかし、頭領。機兵共ぁみんなやられて修理中でさぁ」
「……そうだったな……。うぬ、しょうがねえ、適当に武器でも構えて備えとけ!何か来るぞ!」
この様子ではブレストウルフの群れでも出たのかもしれない。山で聞こえる音は連中が狩りをしている音か、ジンはそう考えた。
大狼の山はブレストウルフが多く生息する山として知られている。その名の由来となった「バステリオン」なる魔獣がそれらを従えているとのことだが、ここにギルドを構えて3年、未だにその姿を見たことなど無く、ただの伝承だと思っていたのだが……。
マシュー達が山を登っていってから暫くたった後、地響きがまた大きくなる。
(機兵共が駆けるだけで出る振動か……?)
間もなく、カイザー、続いてマシューが凄まじい勢いで斜面を駆け下りていく。確かに地を揺らす勢いではある、あったがそれを追うように斜面を飛んでいく存在を見て全てを悟った。
何が通ったのか、一瞬目を疑った。家ほどもある何かが赤い光の尾を引いて通り抜けていく。
「バ……バステリオン……だ……」
誰とは無しにその名を口にした。
普段であれば其れに従い、後に続いているはずのブレストウルフ達が居ないのが幸いだった。
トレジャーハンター達は恐慌状態となり、誰一人としてその場から動くことが出来なかったのだから……。
彼らとて、けして臆病者では無い。必要であれば魔獣を狩り、敵と争いながら現場を開拓し今日まで仕事をしてきた。時には危険な目にも遭った。しかし、けして仲間を見捨てず力を合わせて切り抜けてきたのだ。
しかし、禍々しく赤い光を放ち殺気と共に駆け下りていくバステリオンを前にしてはそれは別だった。本能なのか、本能が敵わないと警告を発したのか。バステリオンが上げる不気味な遠吠えを聞き誰一人身体を動かすことが出来なくなり、ただ、麓で巻き上がる土埃を見ていることしか出来なかったのだ。
しかし、一人の声が彼らを動かした。
「こちらカイザー!こちらカイザー!現在バステリオンの攻撃によりマシューが拘束されている!砲撃による援護射撃を求む!」
(マシューが!?)
孫娘、または娘と言っても良い程大切な名前が耳に飛び込んでくる。
(マシューが拘束……?)
我に返り様子を見るとバステリオンの巨体の下にオルトロスが見えた。声の主は、カイザーは!?と目で探せば岩陰に倒れ込んでいた。マシューを助けようにも助けられない、最後の手段として声を張り上げ自分たちに頼ったのだ、そう気づいた。
今、正に若い命がその生命を刈られようとしている。その光景をみたジンは血が煮えたぎるに激昂し、周囲に檄を飛ばす。
「おめええらああああああ!!!おきやがれえええ!!マシュー達が喰われちまうぞおお!!手伝えええええ!!!!」
ジンの声に次々とレジャーハンター達が我に返る。
予備の魔道炉を運ぶ者、砲台を調整する者、止まっていた時が動き出した可能ように動き出す。
間もなく用意が終わり、砲台がバステリオンに向けられる。
(待ってろよ……マシュー、喰われるんじゃねえぞ……)
バイザーを銃座から伸びるケーブルに接続し、スメラ・イグルの眼球で作ったスコープを覗く
魔力が魔道回路に流れ込み魔道炉に火を入れる。バイザーに灯が点りスコープ越しに照準をサポートし始める。
そして、間もなくバステリオンを捕らえた。
(頭……を狙いてえのは山々だが、マシューに当たっちゃ元も子もねえ……、ならば胴を狙って……)
ジンが胴を睨み付けると即座にそこをロックし、銃口が動く。
(マシュー!後は上手くやれよ!!!)
指先に魔力を込め、引き絞る。閃光と共に光弾が尾を引きバステリオンに飛び込んでいく。
バイザー越しに怯むバステリオンと、その下から飛び出すオルトロスの姿が見え、ひゅうっと溜息を吐く。
「……へへ、膝が笑ってらあ、マシュー、レニー。後はおめえらの仕事だ、気張れよ」
再び聞こえ始めた激しい音を聞きながら土埃に親指を立てた。




