第四百十二話 着艦
◆新機歴121年12月10日15時32分
現在当機はシーハマ沖合に向けて海上を飛行中。陸上を飛んでいる間は、すっかり慣れたのか静かに乗っていた婆ちゃんなのだが……、海に出た途端騒ぎ始めたので参ってしまった。
海上にて落ち合うと説明していたはずなのだがな……。
『確かに海で落ち合うとは聞いてたけどね!海上だなんて聞いてないよ!てっきり浜辺で待っているのかと思いきや、なんだい!海の上を飛んでるじゃ無いか!』
言葉の妙なのだ。
『絶対に落とすんじゃないよ!』と、何度も念押しされながら海上を飛ぶ。ここまで来ればもう少し。婆ちゃん、あと少し頑張ってくれ……。
◆新機歴121年12月10日16時08分
『遠くに見えたときから驚いていたけどね……ホントに船だよ。随分と大きな船だが、良く魔獣に襲われないね』
グランシャイナーに着艦するため、高度を下げ速度を落としてゆっくりと近づいている。婆ちゃんは先ほどから興奮しながら船について矢次に質問を飛ばしてくる。
「今説明しても良いのだが、あの艦内には聞かなくても説明をしたがるうるさい技術者がいるからな。つけば嫌でも聞かせて貰える。説明は暇つぶしに取っておいてくれ」
『ほうほう!そうかいそうかい!もう二度と関わるもんかと思ってたけどね、やっぱりダメだね。心の奥底では未練があったのか、カイザーの姿を見た瞬間気持ちが昂ぶってしまってねえ!』
そうなのだ。出発前に馬からロボに変形した俺の姿を見た婆ちゃんの顔といったら凄かったな。口をぽかんと開けて驚いていたから、喋るのは知っていたろうに何を今更と思ったら……
『こ、こんなに大きな機体をどんな炉で……いやまっとくれ。魔力反応が無いじゃないか。一体どうやって動かしてるんだい!』
これである。
陛下を、帝国を変えてしまった魔導炉の開発をしてしまったという負い目からもう二度とかかわらないようにしている、なんて言っていたのにこれである。
好きな物はやっぱり嫌いになりきれないという気持ちは大いにわかるし、過去の責任を取ると再びエンジニアとして立ち上がってくれたのだから、責める気持ちは一切ないし、むしろ同好の士として大いに応援していきたい。
何より、あの"うるさい奴"の話し相手が出来たというのは大いに歓迎すべきことだしな。
◆新機歴121年12月10日16時15分
グランシャイナー到着。デッキに着陸後、カーゴを置き、リン婆ちゃんとジルコニスタを下ろす。婆ちゃんは『久々の地面だ』と腕を回して体をほぐしていたが、残念ながら地面ではない……のだが、敢えて黙っておいた。
空と比べれば心の余裕は大分あるだろうからね……。
みんなが待っているハンガーに向かう途中も、婆ちゃんから質問が飛んでくる。もうすぐ奴に会えるのだからと宥めつつ、簡単な事にだけは答えておく。
「船に乗ったのは初めてだが、聞いていたほど揺れないね。こんだけデカけりゃ揺れが伝わりにくいのかね?」
「大きければ揺れを感じにくい……ということはないぞ。揺れを軽減する仕組みが働いているおかげで艦内では快適に過ごすことができるんだ」
「ほほう……見た感じはただの帆船なんだがねえ。帝国では帆が要らない船の開発をしている奴もおったが、果たしてこんな気配りは出来ていたのかどうか。船酔いを無くせれば搭乗者の負担が減って……」
ぶつぶつと自分の世界に入ってしまった。
船に関する勘違いとして、大型船は揺れないというものが有る。婆ちゃんもまさしくそれを信じていた口だ。確かに船体が大きくなれば縦揺れは軽減されるのだが、横揺れはどんなに大きな船であろうともどうしようもない。
なので客船などはスタビライザー的な物を装着することで横揺れを軽減させているわけなのだが、それでも海の上に浮かんでいる以上、全く揺れなくなるということは無い。
しかし、グランシャイナーは揺れない。全く揺れない。地面の上に立っているのと変わらないので船酔いをすることは無い。
その技術について詳しい説明ができるデータを俺は持っていないし、恐らくはキリンやフィアールカであっても核心的な部分の説明は不可能であろう。何故ならば、それこそアニメ特有の『設定資料でも特に語られなかった謎の技術』が使われているからなのだ。
そこを聞かれてしまうと俺の口では上手く説明というか、誤魔化すことが出来ないので、婆ちゃんが自分の世界に入ってしまったのは助かった。思う存分奴と語り合ってほしい。
ハンガーに到着すると、パイロット達とクルー達、そして僚機のみんなが出迎えてくれた。
「おかえりだ、カイザー!そっちの人が連絡にあった婆ちゃんか!?」
「マシュー、自己紹介も無く失礼でしょう? 私、ミシェル・ルン・ルストニアと申します。ルナーサで商人をしていますの。そしてこの失礼なのがマシュー・リエッタ・リムですわ」
「あ!こら!ミシェル!なんであたいの紹介までしちまうんだよ!ああもう、紅き尻尾頭領のマシューだ。よろしくな、婆ちゃん!」
会って早々に賑やかな声を上げる2人に婆ちゃんは目を細めている。ジルコニスタが家を出てからずっと一人暮らしだったみたいだけど、元々人が多いところに居ただけ会ってやっぱり賑やかなのは嬉しいのかも知れないな。
「ルナーサのルストニアと言えば大店じゃないか。大昔に何度か取引をしたことがあったよ。それでこのちっこいのがジンの孫かい。可愛いのにちっちゃなジンを見ているようだよ……そうかい、お前さんがねえ」
「じっちゃんを知ってるのか!」
「ああ、私も昔は紅き尻尾にいてね……と、そっちのお嬢さん方のお名前を先に聞こうかね。マシュー、後でゆっくりと話しを聞かせておくれ」
そしてシグレ、フィオラ、ラムレットが続いて自己紹介をする。シグレの紹介には『へえ!あのリーンバイルの!くう……!元トレジャーハンターの血が騒ぐね!落ち着いたら一度遊びに行きたいね』と興奮し。
フィオラの紹介には『お前さんのが姉らしいね』とフィオラを喜ばせレニーを怒らせて。ラムレットには『あんたからは何処か私と同じ匂いがするね』と思わせぶりなことをいって苦笑いをさせ……。
ともかく、賑やかな自己紹介が終わりを告げ……たと思ったのだが。
「では今度は我々の番だね!」
生き生きとした声をあげるキリン。自己紹介はまだまだ終われないのであった。




