第四百話 ブリーフィング
天幕の壁に向かって投影された映像、それはポーラから撮影したこの周辺の衛星写真であった。
かなりの高解像度で撮影されたそれはかなり大きく拡大することが出来、スミレの補正能力と相まってかなりくっきりと敵の様子が確認できた。
「こ……これは……？」
リオが驚いたように質問をする。映されているのが何なのか、それは見れば一目瞭然なのだが、人工衛星はおろか、飛行機すら存在しないこの世界に置いてこの高高度から撮影されたと思われる写真は直ぐにはそうだと信じられるものではなかったのだ。
写真という技術が存在しているため、これを何処からどうやって撮影したのか考えれば驚くのは無理はないだろう。
グランシャイナーが飛行するという事自体、信じられない事柄だろうに想像するそれの飛行高度よりも高い場所から撮られたと思われる写真を見て驚かないほうがおかしい。
目をパチパチと動かし、なんとか落ち着きを取り戻そうとするリオを尻目にスミレが淡々と説明を始める。
「これは我々の仲間が衛星軌道上から撮影した映像です。有事ですのでそれに関する詳しい話は省きます。さて、ここにミッチリと固まるように立っているのがルクルゥシア軍です。これは……」
面倒な説明をしている暇はありません、そんな調子で淡々と、ただひたすらに淡々とスミレは戦況を説明している。
「つまり、こちらに攻め込んでいるルクルァシア軍はろくに訓練をされていない者たちの集まりであり、隊列もなにもありません。よって、上手くやれば型に嵌めて完封することも可能だと思われます」
これは事前にキリンも交えて会議をした時に出た話だったのだが、ルクルゥシア軍には原作アニメに存在していた敵幹部が居ないと推測される。
結局見られないままで居る劇場版に敵幹部が存在していたか、それについても気になるところなのだが、よく考えてみれば、キリンとフィアールカが作成したVR訓練プログラムに置いて、バラメシオンを始めとした敵幹部たちが登場していたことから、恐らくほぼ同じ敵幹部達が登場するのだろう。
さて、話しは戻ってなぜ、この世界に敵幹部達が居ないと言い切れるのか。
その理由は非常にメタ的な話になるのだがシャインカイザーにおける敵対勢力【ジグリオン】の女幹部であるノワールは非常に好戦的なバトルマニアで、女王様的な立振舞が大いに受け、敵キャラとは言え薄い本の登場率は結構高かったのを覚えている。
そんなノワールがこちらの世界に来ている場合、大人しくしているとは到底考えられない。それにだ。ノワールを始めとした敵幹部達はれっきとした人間である。邪神であるルクルゥシアに仕えているとは言え、特に超常的な能力はなく、ただ純粋に機体操縦が上手いだけの人間なのだ。
こちらの世界に受肉をする形でやってきた『人間』と言えば、グランシャイナーのクルー達だが、現在彼らは誰一人として生き残っては居ない。人間として、生物としての寿命というのが正しく訪れたからである。
現在我々と共にグランシャイナーに乗っているのはその末裔たちである。元々人数が多かったらしいのもあるが、クルーたちは長い年月の間グレンシャ村に訪れたこちらの世界の人々と結ばれ、新たな血を生み出し村の人口を増やしながら今日まで生きながらえてきたのだ。
さて、話をルクルゥシア側に戻そう。つまり、あくまでも人間である敵幹部達はこちらの世界に召喚されていたとしても、現在まで生き残れている筈はない。
コールドスリープ的な技術でもあれば事情は変わるのだが、敵の動きを見るにやはりそんなものはなく、幹部不在の軍勢なのではないかと推測される。
幹部不在だとどのような不利益があるのか。それはなかなかに厳しい話なのだ。
奴は眷属を生み出すことは出来るが、それは自我がある存在ではなく、言ってしまえばプログラムのようなものだ。OS空間内に巣食っていたアレこそがその眷属である。
そしてもう一つの能力が『眷属化』だ。我々が『洗脳』と言っているのがソレに該当するのだが、人間たちを眷属化し、戦力として使うことが出来るという厄介な能力だ。しかし、そうやって作り出した『眷属』もまた賢いとは言えず、幹部が使役することによって初めてまともに扱えるレベルなのである。
一応、洗脳された人間なので微弱ながら自我がのこっていて、ルクルゥシアが生み出した純粋な眷属よりは知恵が働くのだが……。
スミレが言っている「ろくに訓練もされていない者」というのがその眷属化された者たちが率いる『眷属』だ。少しマシなやつがだめな奴を率いて攻め込んでいる、それが今の状況である。
「軍として考えれば未熟も未熟、子供の喧嘩に親が出るような話です。しかし、戦闘力だけは馬鹿にできません。こちらの映像を見てください。これは敵軍が進行を止めた原因と思われる状況を撮影したものですが……」
と、スミレが映し出したのは上空から撮影された動画である。ルクルゥシア軍が何やら大きな魔獣と戦っている様子が鮮明に記録されていた。ううむ、ポーラがある限り悪いことは出来ないな……。
「これはもしやゴルニアスではないか……？」
「ああ、間違いないな。あたいたちが苦労してやっつけたワニのおばけだ！」
マシュー達がリオと共に倒した水棲型の魔獣、ゴルニアス。その大型個体と思われる小山のような存在を数の暴力とは言え、撃破する映像。
その様子はあまりにも衝撃的であり流石のブレイブシャインもリオも黙り込んでしまった。
「まるで子供のように雑な戦術……いえ、戦術とは言いたくはありませんね。攻撃方法ですが、その一撃一撃は重く……何より死を恐れぬ兵士という物の恐ろしさは理解して頂けたことでしょう」
眷属には元々自我が存在しないし、眷属化された人間も死の恐怖という本能が封印されている。感情が無い兵士というのは恐ろしいものだ。ゴルニアスに叩き潰された味方の機体を足場に立ち向かい、それもまた叩き潰され新たな足場となる。映像が終わる頃にはゴルニアスだけではなく、多くの敵機達も無残な姿となっていた。
「我々が戦う相手は人であり人でないものと人の模倣品です。そこに意思や感情は存在せずあるのは破壊のみです……。それを踏まえ、立てた作戦がこちらです」
すっかり静かになった天幕内に淡々としたスミレの声が響き渡った。
そして―
新機歴121年12月9日午前5時28分
ルクルゥシア軍、進軍開始。
防衛戦の火蓋が切って落とされた。
どっかで話数ミスしてる可能性もありますが、四百話まで来てしまいました。
おかしいな……もっとシンプルに話が進んでとっくに終わってるはずだったんだけどな……。
