第三百七十五話 キリンレポート1
◆◇キリン視点◇◆
さてさて。私もフィオラくんやラムレットくんの訓練があるわけで。決して暇ではないのだけれども、まだちょっとフィアールカが忙しいのでね。折角だから彼らの訓練をこっそり覗かせて貰っているのだが、急ごしらえとは言え、うまくハマっているようで何よりだよ。
飛行ユニットを持たないカイザーには空を主戦場とするバラメシオンを充てがい、その弱点を克服しようと魂を震わせ……機体だけではなくパイロットも精神的に成長するという演出を加えてみたのだが……中々に良かった。これは実際にカイザーがアルティメット化した際に竜也に現れた現象を再現してみたものだったが、カイザーが言う通り、我々が居たあの世界が物語の中であるというのであれば、学術的に説明ができないあの現象も理解できなくはないね。
まあ、VR空間外ではあのように一瞬で換装完了とはいかないわけで。今もフィアールカの子グマ達がせっせと働いているわけだけれども。
さて、マシュー君が操るオルトロスの弱点とはなんだろうか? この世界のパイロット達はオリジナルメンバーとは違い、機体性能を無視したチグハグな攻撃方法を取る傾向がある。 オルトロスの特徴として真っ先に挙げられるのは左右の拳にそれぞれ炎と氷を纏って放たれる打撃攻撃なのだが、どういうわけかマシュー君はそれをしようとはしない。
代わりにトンファーブレードなる見慣れない武器を装備して使っていた。中々に面白い仕様の武器で非常に興味深いが、それを主軸として戦っている以上、敵が射撃武器を主軸としている場合非常につらい思いをするはずである。この点に関してはオリジナルパイロットの獅童 謙一も同様に苦しんだというデータが残っているね。
そんなマシュー君とオルトロスが相手取っていた訓練相手はラタニスク。口を開かなければイケメンだと雫君が言っていた敵幹部『シャナール』が操る射撃型の機体だ。思った通り近寄れずじわじわと削られてカイザー達同様のジリ貧状態になっていたね。
しかしマシュー君は魅せてくれた。私とフィアールカのプログラムが上手く噛み合った結果とも言えるのだが、あのシーンは後でカイザーに見せたらきっと喜んでくれると思う。
このままではただただ削られきって負けるだけ、そう考えたマシュー君は焦っていたが、契機が訪れた。敵の弾幕がガソリンスタンドに直撃し、大爆発を起こしたのだ。咄嗟に退避をしたマシュー君は無事だったが、なんとその爆炎を利用し、それに紛れてラタニスクの懐に飛び込んだのだ。
得意のトンファーブレードは申し訳ないが私ではデータ不足で再現出来ないためVR空間には持ち込めていない。代わりに装備していたのが2本のナイフ。懐に飛び込むやいなやそのままラタニスクに突き立てた。
が、ナイフはナイフだ。両腕でそれは防がれそのまま抱きつかれてしまう。ギリギリと締め上げられるオルトロス!絶体絶命だ。
そんな時いい具合に、ああ、非常にいい具合にマシュー君が叫び声を上げたんだ。
『ちくしょう!折角懐に入り込んだってのに腕も足も動かねえ!なんで機兵にゃ牙がねえんだよ!牙があれば……こんちくしょうに噛み付いてやれるのに!』
思わず笑ってしまった。確かに肉弾戦に置いて牙……、歯と言うのは時として大きな武器となる。獣じゃなくとも人だってそれを武器として振るい、窮地から脱することさえあるのだから。それを機兵、ロボットで出来ないのが悔しい、彼女はそう叫んでいたのだ。
おかしくて笑ったのではないのだ。彼女が求める牙、噛み付くことは叶わないが新たなる牙こそこれより私達が授けようとしている新形態で叶うから、与える前にそれを求めるその心が、オルトロスのパイロットとして相応しいと心から思わせてくれたマシュー君に嬉しくなってしまったのだよ。
ああそうだ。間もなくマシュー君の願いは叶うこととなった。カイザーの時と同様に所長の声が割り込んで……その身が輝力に包まれ眩く輝く。
所長、榊原十蔵の音声データを再生したのは彼を『作品の登場人物』として知る彼女達パイロットに対する遊び心だったのだが、概ね好評なようで何よりだ。
『な……!おやっさんの……声……?』
『わわ~懐かしい声だ~』
『おじちゃん元気ー?』
『MODE:KERBEROS-承認! 何情けねえ顔してやがる!謙一!ウロボロス達、オメエラもだ!おら!いくぞ!黒森重工からの出前だ!たっぷり味わえ!!GO!インストォオオル!』
光の中から現れた機体。全体的にガッシリとしたその機体に現れた大きな変化にマシュー君は直ぐに気づくことになった。相手がAIではなく本物のシャナールだったならば、光に驚きその手を話したのかもしれないが、残念ながら急ごしらえのAIにはそんな気が聞いたことは出来ないため、今もしっかりマシュー君を拘束したままだ。
が、それが彼女にとっての幸運だった。
『む!オルトロス!?なんか……顔が増えてないか?』
『そうなんだよ~ 私達は2体のままだけど~』
『お顔が1つ、今の形態だと腕として1本増えてるねー』
『『あと、僕達お名前が変わったよ。ケルベロスっていうんだって』』
そう。新たな身体『ケルベロス』オルトロスに顔が一つ増えてケルベロス。私が考えたわけではないから文句は言わないでいただきたいね。
ケルベロスとなったこの機体は幻獣形体は言わずもがな。ロボ形態では顔の変わりとなるサブアームが背中に1本生えている。そしてそのサブアームには……。
『うおおお!なんだかわからんが!こういうことなんだよな!行くぞ!ケルベロス!』
『『がおおおおお!!!』』
マシュー君が願った牙。第三の頭は大きく口を開きラタニスクの頭部に喰らいつく。牙とはいっても比喩であり、実際にその行動自体に攻撃力があるわけではない。が、その牙は本来噛み付くための装備ではなく、フォトンランチャー、射撃武器である。
本来であれば褒められた使用方法ではないけれどね、いやあ見た目は凄まじく良かったよ。なんたって噛み付くように敵の頭にはめ込んだ銃口からそのままゼロ距離で光子弾を放ったのだから。
ラタニスクの頭部は勿論蒸発し、その勢いでケルベロスも吹き飛んでしまった。VR空間でなければ結構なダメージを受けていたはずだからこれは後できちんと指導する必要があるがね……。
まあ、それはそれとしても非常に絵になるシーンだった。このブレイブシャインというパーティはいちいち熱い演出をしなければ行けないというルールでも有るのだろうか。
ミシェル君もまた中々だったからね。っと、まだ時間が有るようだし、今度はミシェル君達のレポートをまとめておくことにしよう。




