第三百六十七話 上陸
『ポーラのモニタリング開始……うん、無人機ながらもきちんと生体活動に問題がないレベルだ。しかし、パイロットスーツも無しに送り込むのは問題が有るからね。やはり君達が適任のようだ』
「だからそう言ってるじゃないか。はい、カイザー、スミレ両名移動完了。何時でもハッチを開けていいよ」
キリンのいい加減な管制と私のいい加減な返事で事が進んでいく。宇宙事業に携わっている人たちが見たらめちゃくちゃに怒られそうだよね。
『うむ、ではハッチを開けるよ。正直な話、この展開は私にとっても未知だからね。事前の助言は出来ないが……何かあったら直ぐ報告してくれ給えよ。こちらも全力でバックアップする』
「ああ、ありがとう。ではいってきます!」
ドッキングモジュールの扉がロックされ、間もなくポーラへ向かう通路へ向かう扉が開いた。特に変わった様子もなく、ただ普通に開いたとしか言えない扉に若干がっかりしたが、問題が起きるよりはずっと良い。
「そう言えば重力が有るよね? どうしてだろう」
「重力発生システムがきちんと動作している証拠ですよ」
「ああ、そういうアレかあ……」
リアルなようでリアルではないからその辺りはちょっと混乱するよね。正直な話をしてしまえば無重力のふわふわを体験してみたかったんだけどな……。
扉をくぐり通路に出た瞬間、グランシャイナー側の扉が閉じてロックされた。仕様なんだけどなんだかちょっとドキっとする。ああ、この通路を歩いている間、私達は何より無防備なんだなあ……。
まあ、そこまで長い距離ではないけどね。ふわりふわりと飛んでいくと直ぐにポーラ側の扉にたどり着いてしまった。あっという間の移動だった……。
「こちらカイザー。ポーラ側の扉に到着した。認証を頼む」
『了解。お早いおつきで何よりだ……認証完了。ようこそポーラへ。カイザー、スミレ。我々は貴方を歓迎します』
「……そのセリフをグランシャイナーから言われてもね……」
はははと笑うキリンの通信が切れて間もなく扉が開かれ、私達はポーラへ乗り込んだ。
予圧ルームに入り、扉が閉まってロックされる。そして形式上の簡易チェックが終わり基地へと続く扉が開いたのだが……。
「む、むう!これは!」
「ああ、こういうところは無人機ならでは……といいますか、輝力炉の出力が低下している影響でしょうね」
別にフラグを立てたつもりはなかったのだが……現在我々の身体は……浮いている……!
「まあ、普段から飛んでいますのでありがたみは薄いのですが」
「そんな事を言ってはいけない。見ろよ、私なんて自分の姿勢を制御できずに……うう、これは目が回るな」
飛ぶのと浮くのはわけが違う。なんでスミレはああも落ち着いて浮いてられるんだ? と言うか、これは止まらない……この体だから気持が悪くなるということはないし、実際目が回ることも無いのだがこれはなかなか……
「落ち着きなさい、カイザー。ああ……楽しいんですね……満足するまで回っていればよいでしょう」
「ははは、いやごめんごめん。姿勢制御が難しいのは本当なんだよ。でもやはりこの空間は憧れがあってね……っと……よしよし、慣れてきた」
「まったく。質量が小さい体とは言え気をつけてくださいね」
楽しげに回ってはいたが、ここに訪れたのが我々ではなくパイロット達だったならば少々面食らっていたことだろうね。なんと言っても薄暗い。一応最低限の照明は灯っているのだが、それは明るさを得るためのものではなく、何らかの状態を示すランプが点灯しているだけだ。
実際に人間が来ていたのであれば『暗い』と文句の1つでも言っていたことだろう。
内部の気温は摂氏10度。決して快適では無いが生存できない気温ではないな。一応人間が訪れることも考慮して最低限の環境維持はしているのだろうな。なんと言っても空気が存在しているし、気圧も生存可能な状態に保たれている。まあ、気圧に関して言えば精密機械の動作に関する影響を考慮したものかもしれないけれども。
『こちらキリンだよ。モニタリングをしているが、特に問題はないようだね。ここで私からのプレゼントだ。ポーラのマップだよ。余り広い基地ではないが、マップが有るに越したことはないだろう? 受け取ってくれ給え』
「ああ、ありがとう。君が接続している以上、私達が余計なリソースを使うわけには行かないからね。助かるよ」
その気になればポーラ各所に設置されているポートに接続をしてデータのダウンロードを試みることも可能なんだけど、輝力炉の出力が下げられているこの基地に余計な負担をかけたくないからね。あちらから無線で飛んでくるデータは非常にありがたい。
地図に従い移動していく途中、何体か機能を停止して座り込んでいる小型ロボの姿が目に入った。設定上ポーラにはメンテナンス用の小型ロボットが居ると書かれていたが……成程ポーラか。
「可愛いですね。お土産に持って帰ればミシェルやラムレットが喜びますよ」
「……確かに可愛いクマさんだが……これでもここの立派なクルーだからね……」
しろくま型の可愛らしいロボット……日本の家電メーカーが犬型のロボットを開発し販売していたけれど、それの二代目かな? やたら可愛らしいモデルが合ったのを覚えているけど、そんな感じで確かに非常に愛らしい。
……っぐ! 欲しくなってきた。
しかし、こうして眠りについている姿は痛々しい。待っててね。直ぐに原因を調べて基地を蘇らせてあげるから。
スミレと二人、基地内を進んでいくとやがてひときわ大きなクマ……、管理用ロボットが護るように眠っている部屋にたどり着いた。
「こちらカイザー。キリン、こちらの位置はわかるかい」
『ああ、大丈夫。うんうん、機関室にたどり着いたようだね。では……ロックを解除するよ……よし』
キリンの声とともに扉に灯っていた赤い光が緑色に変わり、ゆっくりとそれが開いていく。目に入ったのは鈍く輝く巨大な輝力路と、その脇に腰掛け眠るようにうつむいている薄紫色の子グマの姿が目に入った。特殊なカラーリングから推測するに、このクマは基地内のクマを統べる司令官ロボなのかもしれないな。
「輝力炉、目視、スキャンともに異常は見られません。出力低下の原因……、現状不明。引き続き――」
私がクマに目を奪われているスキにスミレの調査が終わっていたようで、その結果報告を話している途中、ありえないことに第三者の声でそれが遮られた。
「ん……この声はスミレね! もー!おそーい!スミレ……って、え?スミレ? なんでスミレが? なに? その体はなあに? そして……あなたはだあれ?」
クマが……薄紫色のクマが……よいしょよいしょと立ち上がってこちらに駆け寄ってきた。
あなたはだあれ? それは私のセリフだよ!




