第三百五十二話 施工開始
「まったく君には驚かされてばかりだな。ああ、いいよ。私はもうキリンについてあれこれ悩むのは辞めたぞ!」
やや離れた場所に妖精体で待機をしつつ、トンネルを掘るキリンの様子をみているんだけど……アイツはほんとに歩くびっくり箱だ。ネタバレとか、もうどうでも良くなるレベルで異質。
思えばWorkSpaceとか言いだした時点で察するべきだった。ああ、察するべきだった。
なぜトンネル工事が始まっているのに私が妖精体のままこうしてここで待機しているのか? 理由は簡単、私が、いや、私以外の機体にする事が無い、寧ろ邪魔になるからである。
昨日までかかって組み上げた巨大なドリルはどう見ても手に装備して使うようなものでは無いと思っていたけれど、まさかなあ。
轟音が止み、キリンが私を呼ぶ声がする。どうやら工事について意見を聞きたいようだ。
「ふう。あり物で作ったにしては中々うまく動作しているね。これなら私のオリジナル装備と遜色ないかも知れないよ」
「そうかい。みんなが聞いたらきっと喜ぶよ。と言うか……キリン、なんか色々と凄いな……」
「ふふ。そうだろうそうだろう。今やっているのは所謂シールド工法的なものだね。あのドリルと私という存在があってこそ実現可能なのだよ。戦闘には使えないが、中々やるだろう?私は」
「ぐうの音も出ないね」
キリンは現在、キリンフォームに変形している。首が長いキリンさんでは無く、中国神話の霊獣、麒麟だ。現在の見た目はずんぐりとした足が短い姿で、なんだかとっても愛らしいが、彼女曰く土木作業用に足を短くした姿だ、ということだ。
私はもうすっかりキリンについてのネタバレを諦め、ある程度話を聞いたんだけど、キリンが変形可能なのは『ロボ形態』『Workshop』『キリン(土木用)』『キリン(通常)』その他、と言う事だ。 その他ってなんだって思うけど、キリンなりにお楽しみを取っておいてくれているらしい。
中国神話における麒麟は穏やかな性格をしていて、お花や虫すら殺すのをためらう心優しい霊獣だ。この言い伝えに『キリン』の変形フォームを当てはめて考えれば、もしかしたらキリンは基本的にはサポートメカ的な、非戦闘用機体なのかもしれない。
ただ、神話の『麒麟』は不殺を好む優しい性格というだけであって、別に弱いわけではない。必要にかられれば鳴き声を焔と変え、蹄や角を巧みに使って鮮やかに戦うとされているから、キリンも純粋なお助けメカというわけではないかも知れないけどね。
さて、キリンがせっせとやっている『シールド工法』とは何か?それは二十一世紀の日本でも行われていた工法で、ドリルで掘りつつ工法でトンネル壁面を組み立てながら進むという非常に効率が良い工法なのだ。
何やらそういう特殊な重機を使ってやるらしいんだけど、細かいことは私も知らない。ただ、キリンが『シールド工法みたいなもの』というのだからそうなのだろう。
皆で作ったドリルで掘り進みつつ、キリンが生成した壁面パーツがペタペタと掘削された穴に張り付き、強度を上げていく。
どういう仕組みなのかざっくりと説明をしてくれたのだが……。
『私の体内には工場があるのだよ。私も仕組みは知らないが、ストレージに貯めておいた材料を適切な資材として加工をすることが可能なんだ。不思議だが、中々に便利だと思わないかね!』
とのことで、まあいつもの『アニメならではのトンデモ技術』と言うやつなんだろな。
その体内にある『工場』では側溝や擁壁、家屋のパーツ等、様々なものを作れるみたいなんだけど、製造可能なのはあくまでも生活に役立つ建築資材だけで、武器そのものや、そのパーツなどは未対応だということでした。
ううむ。麒麟らしい設定だ。
一度割り切ってしまったのが良かったのか、キリンの話が素直に楽しい。これらのフォームがシナリオに関わっているのだろうと思えば、まあ少々悲しみを感じるけれど、でもTV版では居なかった純サポートメカ的な存在はやっぱりわくわくするね。
「カイザー、特に問題もないようだし、このまま掘り進めるが良いかね」
「ああ、オッケーだよ。それと、先に話した予定通り掘削してくれよ? パイロット無しで可動してるとは言え、無理は厳禁だ」
「お気遣い感謝する。 そうだね、私はまだ食事を摂ることは出来ないが、君やスミレが食事を摂る様子は非常に興味深いからね。じっくり見させてもらうさ」
「そ、それは少し嫌なんだが……」
「ふふ、半分冗談さ。掘削作業は何よりものすごい音がするだろう? 君たちの耳を休めるためにもきちんと作業時間は守るよ」
「うん、お願いね。しかし……なんだかキリンばかり働かせるようで悪いな」
そう、私達はほとんどやることがない。作業が止まる17時までそれぞれの予定をこなしながらキリンからの指示を待っているだけだ。後は1日の作業が終わった後、皆で壁面のチェックをして終わりというわけだが、そのチェックもスキャンで安全確認が取れるため、形だけのものだ。
キリンはロボで食事がとれるわけでもないし、本当に私達はおまけみたいになってしまった。
「ああいや、気にしないでくれよカイザー。この手の作業は私の領分。君達には君達の仕事があるだろう? それを果たしてくれれば良いのさ」
そして再度ドリルに向かってもこもこと移動したキリンは轟音とともに作業を再開した。
私達の仕事か……にくいことを言ってくれるもんだ。とは言え、何をやったら良いものかと悩んでいるとフヨフヨとスミレがこちらに飛んでくるのが見えた。
「やあ、スミレ。君も退屈そうだな」
「そう見える貴方が羨ましいです。まあ、カイザーが退屈そうなら都合が良いのですが」
スミレはそのまま私の隣に腰掛け、ニコリと笑うと中々に面白い提案をしてくれた。
「この時間を使ってパイロットの強化訓練をしませんか?」
「訓練……と言われても、ここでか?」
「馬鹿ですねカイザーは。こんな場所でするわけがないでしょう」
「久々にバカって言われた気がする……じゃあどこでするんだい?」
「それは勿論VR空間、カイザーシステム内に彼女達を御招待して、ですよ」
なるほど、その手があったか。中々に良い提案じゃないか。
よし、お仕事の時間だ。パイロット達にも時間を有効に過ごしてもらうとするか。




