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第二百六十三話 後悔

 私達はリバウッドからパインウィード付近まで、決して楽とは言えない徒歩による移動をしてきた。

 

 なのでそれなりに疲労は溜まっているし、荷物の整理や補充もしたい。皆で相談をして出した結果、2泊して3日目にフォレムへ行こうと決まったはずなんだけど……。


『疲れが溜まってるしねー』と言っていたフィオラは朝から狩りにでかけ、今も元気に解体作業を手伝っている。


 ラムレットは……まあ、しょうがない……。


 あれだけ飲まされてしまったら今日起きられないのはさもありなん。最も、途中からは自分でガンガン飲んでたけどね。


 悪酔い一歩手前に到達する『無敵ゾーン』既に許容値を超えつつある体内アルコール濃度に身体がやんわりと警告を発しているはずなのに、脳がそれに嘘をつく。


 そして錯覚した脳がもたらす『万能感』それにより、まだまだいけるぜ!もう1杯!と、更にペースをあげてグイグイといってしまう。結果、待っているのは後悔。身体に謝罪し、酒に『もう飲まない』と決別の言葉を投げつける。


 ラムレットは目覚めたあと、きっと『もう酒はこりごり』と零すことだろう。


 ……って、何でこんな記憶があるんだろ?こんなちっちゃい身体でそんなことしてたのかな?

 でも、実際ラムレットはそんな感じだったから、謎の記憶は恐らく正しいのだろうな……。


 鹿の解体がまだ終わりそうがないため、ラムレットの様子を見に宿屋へ。


 窓から中を覗くと、ベッドに腰掛けうつむいたラムレットがこの世の終わりのような顔をしていた。


 これは……だめだ。


 地上に移動し、きちんと入り口から宿屋に入る。食堂が併設されている1階でキョロキョロと探すと直ぐに女将さんの姿が目に入った。


「すいませーん」


 そう、呼びかけると不思議そうな顔をして辺りを見渡していた女将さんがこちらに気付いてやってきた。


「なんだい、カイザーさんか。ご丁寧な御婦人が何処に居るのかと思ったよ。で、なんだい?」


 ご丁寧な御婦人って。


「えっと、なんて言ったかな。これくらいの大きさで、赤くて、酸っぱい果物あるでしょ?」


 腕を広げて一抱え分くらいある円を作る。人のサイズだと手のひらくらいかな?


「それくらいで赤い……ああ、ママットかい。それがどうしたね」


 ママット、私が知ってる名前だと『トマト』と言うんだけど、リバウッドの市場では別の名前で売られてたんだよね。そうそう、ママットだ。


「えっと、ママットをひとつドロドロにすりつぶして、冷たいエールと半々に混ぜて最後にラッツを絞ってくれないかな?」


「なんだいそれ?そんな気持ち悪いもんどうすんのさ」


「いやこれが案外美味しい……(という記憶があるんだけど……)んだよ。そして二日酔いに覿面なんだ」


 と、2階をチラりと見る。ラッツは黄色い果実でものすごく酸っぱい。そのまま食べる物好きも居るけど、普通は料理に絞って使ったり、果実水等に使われるんだ。


「へえ、あんた記憶がない癖に相変わらず妙なことにくわしんだね。わかったよ、まってな」


 女将さんは「おーい!」と厨房にいる旦那さんに声をかけ、私が言ったカクテルを作ってくれた。


 ジョッキくらいなら抱えて飛べるので、自分で持っていくといったんだけど、


「ばかだねあんた、両手で抱えてどうやって扉を開くのさ」


 と、笑われてしまった。まさか「窓から入る」とは言えなかったので、そこは女将さんに甘えることにしたよ。


 ノックをすると「うう……どうぞ……」と、弱々しい声がする。扉を開け、中にはいるとラムレットが死んだ魚のような目でコチラを見ていたけど、お盆に何か乗せている女将さんを見て無言で首を横に振った。


 胃がムカムカして何も口にしたくない、そんな感じだろうな。


 女将さんからジョッキを受け取り、ラムレットのもとに持っていく。


「何地獄から帰ってきたような顔をしてるの?」


「うう……ルゥ……あたい、もう酒はコリゴリだよお……」


 やっぱり言った!あと2日くらいはこんな感じだろうけど、3日後にエールを見て喉を鳴らさなかったら信じてあげる。


「まあ、ほら、これのみな」


 ジョッキをラムレットに渡そうとするが、赤くドロリとした謎の液体に眉をひそめて首を振る。


「遠慮しとくよ……ただでさえ……キモチ悪いのに……こんなの飲んだら……」


「まあ、騙されたと思って飲んで。これ二日酔いの特効薬なんだってば」


 それでも渋っていたけど、じわじわと『二日酔いの特効薬』という言葉が効いてきたのか、おずおずと手に取り、疑うようにゴクリと飲んだ。


「む……これはなんだい……ママットかい?にしてはさっぱりとして飲みやすいね……」


「ラッツの絞り汁が入ってるんだよ。飲みやすいだろう?ほら、のんでのんで」


 私が煽るまでもなく、あとはグビグビと一気に飲みほしてしまった。


 二日酔いの気持ち悪さは酒精に含まれる有害物質が原因となっているけど、それに加えて酒精で荒れた胃が悲鳴を上げるのも原因なんだ。


 だから水分補給を兼ねて胃に優しく腹にたまるこのカクテルは吐き気を和らげてくれる。所謂迎え酒状態になるわけだけど、あまり飲みすぎなければ……。


「んん……まだ気持ち悪いけど少し楽になってきた……なんだいこれ」


「んー、厳密には違うけど、レッドアイっていうカクテルさ」


「へえ、そんなもんあるんだね。ねえ、カイザー、うちの店で出してもいいかい?」


「うん、別に構わない……?うん、構わないよ。ほんとは冷えてるともっと飲みやすいんだけどね」


 嬉しそうにジョッキを片付けていった女将さん。彼女に快諾しようとした瞬間、なんだかわからないけど『ダメですわよ?情報もお金になるんですの』と怒られる錯覚がして一瞬だけ躊躇しちゃった。


 これもまた記憶の悪戯なのかな……。



 と、外で誰かが呼んでる声が聞こえた。窓から見て見ればギルド支部長のスーだ。


「どうしたのー?」


 面倒なので窓からそのまま彼女の元に降り立つと、何か紙を手渡してきた。彼女がもつと普通の手紙サイズなんだけど、私が持つとなんだか新聞を広げているような感じだ。


 なになに……と、読んでみると……これはびっくり……。


 ブレイブシャインからの連絡だった。


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