第二四〇話 皇帝
地を蹴り後方に跳躍する。連中はこちらを見ているが、動く様子がない。なめられたものだ……が、今はそれが大いに……助かるなっ!
そのまま前方にグレネードランチャーを6発撃ち込むと流石に雷が落ちたが、もう遅い。そこにはもう、誰も居ないのだからな!
ランチャーによって巻き上げられた爆煙、俺はそれに紛れて上昇し、即座にステルスモードに移行したのだ。
重力制御でゆっくりと移動し、なるべく音も消す。幸いなのは相手のテクノロジーがそこまで高くはなく、感熱センサー等が搭載されていないことか。
ジワリジワリと接近する途中、何度も後方に落ちる雷に肝を冷やしたが、同時にこちらに気付いていないことの裏付けとなる。
煙が消え、あれが目眩ましであったことに気付いたようだがもう遅い。俺は既に暴走騎士の上空に達している。
俺の姿がないことに気付いた御付きの黒騎士達が俺を捜索しようとしているのか、動こうとして止められている。
相手は4機。このままでは部が悪い。
直ぐにでも胸騒ぎを止めに行きたいが、今出てもむざむざやられるだけだ。もう少しだけこらえねば……。
御付きの黒騎士達が横たわる暴走機に向かおうとしている。不味いな、このままでは回収されてしまう。なんとか興味をひければ……。
「おいおいカイザー、あいつ正気かよ……」
同盟軍の陣地からこちらに向かい走る人影が一つ。
「あれは……黒騎士の女パイロットだよ!何やってんの?怪我してるんじゃないの!?」
捕虜として投降したはずだが一体なぜ?脱走か?いや、アランなる男を連れていない。そもそも逃げるのであれば、まだ多く同盟軍兵士が残る戦地にわざわざ戻るようなことはしまい。
……その兵士達は疲弊し、戦地を駆ける敵パイロットなど目に入っていないようだが。
陣地は遠い。流石に鹵獲された機兵を取り戻すことは出来なかったのか、そこからずっと走ってきたようだ。黒騎士たちの元にたどり着く頃にはすっかりフラフラになり、暴走機の前に倒れ込んでしまった。
「何か言っているな……。スミレ、集音してくれ」
スピーカーから女性パイロットの声が聞こえてくる。なにやら様子が妙だな。
「……国王様、あれは一体何なのですか?いいえ、あなた方が乗っておられるのは一体何なのですか……?」
「リリィ!控えろ!王の御前だぞ!」
「よい……。何故あの男を乗せたのか?簡単なことよ。我には贄が必要だった。あの贄は呪力を集めるのに適していた……」
「陛下?一体何の話をされて……」
どうも本気で様子がおかしい。なんだかまるで……ロボアニメお約束のラスボス復活シーンのようではないか……。
「贄により我が依代はついに呪に染まった。忌々しき輝の力……忌々しき白銀を喰らい尽くすほどにな」
「なっ!陛下!何を!」
皇帝機が黒騎士の身体を斬り捨てる。
「ククク……いいぞ、いいぞ。その呪力、もっと出せ……。依代は満たされたが我にはまだ少し足りぬ……そこの娘、我が糧になれ……」
「陛下!戯れが過ぎます!」
「黙れ」
「くそ!リリィ!逃げろ!やはりコイツは……陛下は既に……!」
「ジルコニスタ様?一体何を!?」
「何をじゃない!そもそも何故機体も無いのにここに来た!アランか?アランがまだそれに乗っているのか?」
「い、いえアランは捕虜に……」
「ならいい!わかったら下がれ!ここは俺が食い止める!」
◆◇数時間前、帝国軍◇◆
黒騎士団ジルコニスタは特別任務のためキャリバン平原に向かっていた。その表情は普段より重く、決して簡単な任務ではないことを物語っている。
(陛下は一体何故このように妙な事を言い出したのだ?)
それは突然のことだった。リリィやアラン率いる軍勢が出立したのを見送ったシュヴァルツヴァルト皇帝が自らキャリバン平原へ機を出すと告げたのだ。
それも、『護衛は要らぬ、単機で出る』と言ったものだから周囲は大いに驚き、必死の説得に掛かった。
そもそも皇帝は武闘派ではなく、機兵の扱いに優れているというわけではない。そもそもこの皇帝は温和な性格であり、魔獣によって生命を落とす騎士たちに胸を痛めていたくらいである。
誰よりも生命の大切さを考え、誰よりも戦場から遠い存在である、そう思われていた皇帝が戦地に出る。
ここの所の皇帝は妙な言動が目立ったが、それが霞むほどの発言にジルコニスタは我が耳を疑った。
そして『ならば黒騎士を、我らを護衛につけてください。陛下が何をなさろうとしているのか我々にはわかりませんが、せめて陛下の壁となり護りとなる許可を頂ければ!』と、必死に進言し、暫く何かを考えていた皇帝はニヤリと笑って『よかろう、我の役に立つのだぞ』と動向を許可したのだった。
◆◇数十分間前 同盟軍陣地◇◆
リリィは自分の黒騎士にアランドラを乗せ同盟軍陣地にたどり着いていた。
同盟軍が彼女をそのまま受け入れた理由は単純である。機体の両脇に同盟軍のエードラムが2機護送をするように付いていたからだ。
リリィに付いていた2機に乗っていたのはエードラム訓練の初期メンバーであるルナーサから派遣されたパイロット達だった。彼らは運良く戦いを生き延び、仲間の撤退を手伝っていたがフラフラと近づく黒騎士を発見する。何もこんな時に来なくてもと、内心腹を立てながら迎撃に向かったが、どうも様子がおかしい。
その黒騎士は丸腰であり、コクピットハッチはガバりと開かれていた。
よくよく見ればそのコクピットにはパイロットの他に意識を失った男が一人乗っていて、パイロット自身も酷く疲弊しているようだった。
丸腰で此方に向かってきている、しかも怪我人が一緒である。エードラムのパイロット達は自ら捕虜になりに来たのだろうと判断し、リリィに事情を尋ねた。
すると、『信じてくれないだろうが』と、これまであったことを説明する。
正直な所、敵兵、しかも黒騎士からそんな事を言われてもにわかには信じられなかった。
しかし、噂が本当であれば黒騎士とは誇り高い騎士の中の騎士。
であれば生き延びるためだけに嘘を付くようなことはしないのではないか、パイロット達はリリィの言葉を信じ自陣へ連れて行った。
そしてその道中のことである。黒騎士に備え付けられている特殊な魔導具が発動した。
それは団長機からのみ発せられる信号のようなものを受信する魔導具で、これが光るということは緊急を要する何かが起きているということになる。
点滅する光を必死に読み取り解読する。これは地球におけるモールス信号のようなものであり、近年実用化された最先端の暗号文であった。
それによれば『ヘイカ シュツゲキ ヘイゲンニ ムカウ』
そしてこの信号は光点の色により意味が異なる。青は『援護に迎え』黄色は『その場で待機』そして赤は『異常事態発生』
(陛下が出られたということ自体が異常事態でしょうに……それ以上何が……)
そしてリリィの視界に膝の上で眠るアランが入る。
(……ッ!まさか?陛下はアランを初めから利用しようとして……?)
胸がザワリとした。
(行って……陛下の真意を尋ねなきゃ……)
気軽に声をかけて良い相手ではない。ましてや、嫌疑の目を向けるなど不敬である。しかし、心を奪われ野獣のようにされた上、無様にも地に伏したアランドラ。
たとえ陛下であろうとも、事が事なら許されることではない。リリィはアランをエードラムのパイロット達に任せ黒騎士を動かそうとした。
しかし、当然それは許されなかった。おとなしく同行するのであればと許された機兵での敵陣侵入である。それが再び戦地に戻るとなればどんな事情であり話は別だ。
「……わかったわ。私もバカじゃない、アランをお願い……私も必ず戻るから……」
「おいおい、そういうわけには行かねえだろ? 帝国のお前を信じる理由が俺達にはねえぞ」
「黒騎士。その黒騎士は十分な担保になるでしょう?……といっても返してもらえるとは思ってないけど。大丈夫よ。私は黒騎士よりそこの男……アランが大切なんだから。アランを預ける以上、私は必ず戻る。お願い、行かせて」
本来なら軍規に背く行為であろう。しかし、生身で、しかも丸腰で行く、それで何が出来るというのか?そう考えたパイロット達は『スマンが規則なんでな』と、念の為のボディチェックをしたのち、リリイを戦地へと解き放った。
そしてリリィは駆けた。
(陛下……、一体アランに何をさせようとしていたの……)




