第二百二十八話 不穏
今回は三人称視点です。
エードラムの件から半年後、事態が大きく動く出来事があった。それはシュヴァルツヴァルト帝国に永きに渡って暮らしているリーンバイルの草から送られた密書がその始まりとなった。
■とある草からの報告書■
ここの所、帝国の動きが活性化しています。黒蜥蜴に関しましては、依然として変化は無いようですが、強行的な考えは皇帝の独断で、皇太子はそれを警戒しているようです。
以下、その疑惑につながる黒騎士団団長、ジルコニスタ・ヴェンドランと皇太子ナルスレインの会話です。
ジルコニスタ「火急の御用と聞き参りましたが……」
ナルスレイン「他に人はいない。普段通りで頼む」
(以下交互に、ジルコニスタ、ナルスレイン)
「……何処で誰に聞かれてるかわからないんだぞ?まあいい、何があった?」
「父上がルナーサ侵攻を強行しようとしている」
「……そうか。しかし、一体何故だ?元々国交を制限していたとはいえ、侵攻するような考えはなかったはずだが?」
「俺にもわからん……。トリバやルナーサに密偵を送り良くわからん武器の回収をさせていた事も理解が及ばない。あれではまるであちらから攻めさせようとしている様ではないか」
「アランドラの件は非常に不味かったな。黒騎士団を使ったということは証拠を残さず殲滅せよと言う事だろう?それが相討ちのような形で戻ってきてしまった。一体上層部は何を考えているのだ?使えもしない武器に何の価値があると言うのだ」
「その件に関しては、恐らく件の卵が絡んでいるのではないかと思っている」
「地下で護衛している黒いアレか……」
「ああ、何処から持ってきたのかは解らぬが、あれが持ち込まれてから父上は変わってしまった。いや、同時期に海で回収された未知の兵器も関係しているのだろう」
「一体陛下は何をなさろうとしているのだ……」
「とりあえず……ジルコニスタ、アランドラの周辺に気をつけろ。上層部はどうも彼を利用しようと考えているようだ」
「わかった、情報感謝する。お前も気をつけろよ。陛下はわからぬが、あの宰相はどうも何かある」
「うむ、心得ている。なあ、ジルコニスタ。もし俺が……む!誰だ!」
会話は以上です。
例の武器回収の件について、黒騎士団 団長と皇太子は快く思っていない事がわかりました。また、皇太子は穏健派で他国との国交を穏やかなものにしたいと考えているようです。
わからないのが皇帝の動きです。これまでも穏健派とは言い切れませんでしたが、国交を制限していたのはあくまでも独自仕様の機兵に関する情報漏洩を防ぐためであり、謂わば自衛のための策でした。
遺憾ながら我らを持ってしても黒騎士が乗る機兵に関する情報は浅い部分のみしか入手できず、それほど重要な機密があの機体には隠されているのだろうと推測していますが、そこまでして隠蔽している黒騎士をトリバに派兵したのは疑問が残ります。
団長のジルコニスタが言っていたとおり、赤き尻尾を殲滅し野盗か何かの仕業に見せつけようとしたのだとしても御粗末過ぎるのです。
以前の皇帝ならばあの様な判断は決して取らなかった筈。まるで人が変わったかの様に妙な判断だと感じました。
ルナーサ侵攻に関してはまだ軍部には情報が降りていないようです。今の所其れを知っているのは皇帝や宰相を含む上層部、皇太子と黒騎士団 団長のみ。
現在、他国に出ていた国民が帰国しているとの情報もありますし、ルナーサとトリバに迅速な情報提供を進言いたします。
私はもう暫く行動を続けようと思っていますが、手紙を送るのは難しいかも知れません。
もし、こちらに来るようなことがあれば『サメの鳥肌亭』にて『もつ煮』をオーダーして下さい。
では。
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ゲンリュウは手紙を火に焚べ、通信機を操作する。カイザーが残していった通信機、これのおかげで即座に連絡を取れる。これは大きなアドバンテージになっている。
帝国から届けられる密書は追手を防ぐため数カ所を経由してから届く。
故に草の元からゲンリュウの元まで10日もの時が流れてしまっている。
「流石にそこまで速く動く事はなかろうと思うが……」
ゲンリュウの発信にアズベルト、レインズが応答する。カイザーは忙しいらしく、『申し訳ないが、声だけ聞かせてもらう』と断りを入れていた。
ゲンリュウが密書の内容を伝えるとアズベルトが納得したような声を上げる。
「やっぱりね。ここの所人の動き、物資の動きがおかしかったんだ。まだ時期ではないというのに、あちらさんの商人たちがさっさと引き上げて行っててね、それもまた結構な量の買い物をしていってくれるんだよ」
其れを聞いたレインズが緊張した声で其れに続く。
「つまりは自国民の避難と物資の補給をしているってことだろ?アズんとこで制限をかけられないのか?」
「やって出来ないことはないけど、下手な行動は相手の動きを早めることになるからね。こちらとしても備えていることを悟られたくはないよ」
「まあ……そうか。確かにな。基地から帰ってきた機兵がうちの分だけで80機、アズんとこで60機、ゲンリュウんとこで40機か。現行機合わせりゃまあまあってとこだが……、帝国の力は未知な部分が多いからな……油断はできねえってとこだな」
「そうでござるな。レインズ殿に預かっていただいている兵はそのままルナーサに派兵して頂いてかまいませぬが、目立つ動きは避けたい。さてどうするか……」
其れを聞いて今まで黙っていたカイザーが口を開いた。
「其れなら問題ない。トリバ・リーンバイル両国のパイロット達は商人に偽装してルナーサに入ってくれ。両国のエードラムは俺が収納して運んでいくよ」
「そうか、カイザーにはそんなズルがあったな!よし!近日中にルナーサに派兵する!アズは上手いこと受け入れてくれ」
「上手いことって……まあ、商人ギルドに手配しておくから、くれぐれも目立った行動はしないようにね」
誰しもが『未遂で終われば良い』そう考えていた。しかし、大陸を揺るがす異変へのカウントダウンは既に始まっているのだった。




