第二百七話 マシュー
集落の代表者、ガシュールの家に通された我々はこれまでの経緯を説明した。
「此度は本当にありがとうございます……。海までは比較的安全なのですが、まさか海に出てしまうとは……」
「親を思っての行動だったのでしょうな……。しかし、海に魔獣が現れ始めたのはそう昔のことでは無いと聞きましたが、詳しい話を聞かせて貰えませんか?」
「ええ……、奴が現れ始めたのは5年前でしょうか。元々小型の魔獣は居たのですが、船を襲うほど大きな物では無く、男達は僅かながらも漁をしていました。しかし、何時しか奴が現れて……」
ガシュールの話をまとめると魔獣の体長は少なくとも5m、船をこいでいるといつの間にか現れ、船を破壊し人を襲うのだという。
恐らく特に人だから襲っていると言うわけでは無いだろう。水面をバシャバシャと移動する船に惹かれ飛びつき転覆させてしまうのだろう。
そして陸へ逃れようと必死に泳ぐそれを餌と認識し、食らい付く。
マリネッタが無事だったのは恐らく直ぐに気を失い大人しく漂っていたからでは無いだろうか。
これは釣りをする必要があるかも知れないな……。
「ところで、そちらの娘さんは……同族とみられますが、何族ですかの」
そうだ、マシューのことも聞かないといけなかったな。俺が説明しようか?とマシューを見ると、首を振ってにっこり笑った。
「あたいはマシュー、何族かはわからない。昔……、魔獣に運ばれてるところをじっちゃん……、あたいを育ててくれた猫獣人に助けて貰ったんだよ」
「昔……他に何か、当時の事がわかる話は無いかの?もしかしたら力になれるやもしれぬ」
「ああ、マシューって言うのはじっちゃんがつけてくれたんだが、このタグに掘ってあった文字をそのまま名前にしたらしいんだ」
マシューがタグを首から外し、ガシュールに渡すと彼の目が見開かれた。
「おお……これはリム族のタグだ……。上に書かれているのが一族の文字で『リム』下に書かれているのが勇者の名、マシュー……、ああ……マシュー、これはお前の父の名じゃ……そしてお前の本当の名は……いや、自分で見た方がよいじゃろうな。ついてきてくだされ」
俺達が案内されたのは町の中央、壊れた機兵が置かれている場所だった。
片腕を無くし半壊した機兵の前に大きな石碑が置かれ、多くの人名が刻まれている。
「これは大移住の犠牲者を弔う石碑です。リム族の勇者、マシューはこの機兵に乗り一族を護りながら森へ向いました。しかし、もう少しだという所で魔獣の群れに襲われましての……。
何人か、ほんの僅かな者達は森へ辿り着いたようでしたが、殆どの者は森を前にしてやられてしまいました。そんな中、マシューは最後まで戦うと我が子をタグと共に集落の者に託し、自ら囮となって魔獣の群れに向っていったのですが……、託された者も帰ることは無く。
後日、もうすぐ集落だという場所で力尽きているこの機兵を見つけての。中を見たが、既にマシューは……」
最初は何処か他人の話をされているような顔で話を聞いていたマシューだったが、戦いの話になると急に表情を変え、どこか悲しげだが誇らしいような顔をして居た。
「ここじゃ……。マシュー・リム、そしてマシューの娘、リエッタ。流石に生きては居ないと思っていたのでの、ここに名を刻んであるのじゃが……生きていたとは……マシューも嬉しかろうなあ……」
「リエッタ……それがあたいの本当の名前……」
「そうだの、お前はリエッタ、勇敢なるマシューの娘、リエッタだよ」
「なあ、爺さん、あたいはもう『マシュー』として生きてきた。今さら名前を変えるってのはちょっとややこしい……。これからも父さんの名を使うのはダメかな」
「父の名を継ぐか……。息子が継ぐことはある、だが娘が……いや、機兵乗りだったな、お前は。であれば……、名前を継ぐのはおかしな事では無いかも知れぬのう」
どうやら戦士の名として親から子に名を継ぐことがあるらしい。しかし、リム族で戦士になるのは男ばかりで、女では前例が無いとのことだった。ただし、マシューの場合は自分の機兵を持ち、戦歴もそれなりに有ることから十分に戦士として相応しい、いや、勇者を名乗るべきだと言うことで許可が下りたようだ。
「では、マシューよ。今日からお前は『マシュー・リエッタ・リム』と名乗るが良い。父の名と自分の名、そして一族の名を名乗る権利を与える」
「ありがとな爺さん!なんか……スッキリしたよ……」
「のう、マシューよ、もう一カ所行ってくれんかの……?お前の母が眠る場所に……、お前の母にも顔を見せてやってくれ……」
「ああ、そっか。母ちゃんも死んじゃってるんだな……」
「お前の母、ナナエッタはあまり身体が強くなくての……。お前を産んで暫くして病にやられ亡くなってしまったんじゃ……。マシュー、いや、お前の父親は忘れ形見であるお前を一生懸命育てて居てな、あの日もコクピットに乗せ、護衛をしていたんじゃ」
「へえ、あたいが機兵のメンテが好きなのは父ちゃんのせいかもしれないな。そんな小さな頃からコクピットに乗せられてたんだ、しかたないよ」
墓地へ向う間、マシューはガシュールから父のこと、母のことを色々と教えて貰っていた。もう少しこの集落が豊かだったら、トリバやルナーサと国交があって街道が整備されていたら……マシューの運命はもう少し違う物になっていたのかも知れない。
しかし、母の墓前で天国の母に報告をするマシューの姿を見ると「もしも」の話を考えるのは野暮だと感じた。
「母ちゃん。あたいを産んでくれてありがとう。残念ながら母ちゃんも父ちゃんも顔は覚えていないけど、きっと強くて優しい人達だったんだと思う。今あたいは幸せだよ。じっちゃんにギルドの皆、ブレイブシャインの皆と仲良く楽しく暮らしてる。
ご飯だって沢山食べてるし、面白いもんも沢山見てるし、魔獣だっていっぱいやっつけたんだぞ。
だから母ちゃん、父ちゃんと一緒にゆっくり休んでくれな!また会いに来るからさ!」
後ろでそれを聞いていたレニー達は耐えきれずに涙を流している。
「うう……マシュー……」
「な、泣くなよレニー!あたいがなんかこう、気まずいだろうが!」
「ぐすっ……マシュー、そこは嘘でも女の子らしくなったとか行ってあげるとお母様もお喜びに……」
「馬鹿!変なこと言うな!」
こうしてマシューの里帰りは果たされ、同時に新たな課題が産まれた。
「……なあ、カイザー。あたい、ここの皆を助けたい。父ちゃんの意志を継いで皆を救いたいよ」
「そうだな……。俺もここはなんとかしてやりたいと思ってたんだ。ガシュール殿、今夜人を集めてくれないか?一緒に飯を食いながら話し合いをしたいと思うんだ」
「そんな、貴方方にそこまで……」
「なにいってんだ爺さん。あたいはこの集落に帰ってきたんだ。同族として、父ちゃん、マシューの名を継ぐ者として手伝わないわけには行かない」
「ごはんは私達が用意しますから、ね?みんなお腹空いてるはずです!お腹が空くと人は悲しくなっちゃうんです!」
「そうですわ!私達は食料だけはたっぷりありますの。皆さんでマシューとマリネッタの帰還祝いをしましょう」
「そうまでおっしゃるのなら……いや、本当に何から何まで……ありがとうございます」
「もうすぐ日が暮れてしまうな。直ぐにでも準備しよう。では、ガシュール殿頼みましたよ」
……さて、俺達はどう動くべきか。この地のまま生活を向上させるか、集落の場所を移すか……はたまたトリバへ移住するか……。
まずは皆の話を聞いてからだな。




