第百八十二話 乙女軍団 買い物を楽しむ
シグレからの連絡で今夜歓迎の席を設けると報告された。なんでもリーンバイル自慢の料理や酒が振る舞われるとのことで、「楽しみにして居て欲しいでござる」と嬉しそうに言っていた。
父親と会ったせいか、シグレの時代劇めいた方言が強くなっている。それに気づいて直そうとしているのがまた可愛らしいな。
しかし、報告を受けた時点で乙女軍団with俺は屋台を制覇する勢いでかなりの量の買い食いをしていたわけで。慌てて腹ごなしをする羽目になった。
腹ごなしがてらに街を見て回ったが、やはりここは日本の影響を受けた文化を持っていると思った。
シグレ達の方言(俺の都合が良いように訳されては居るが)が時代劇めいてるのもそうだが、建物の造りや味噌や醤油に米と言った俺にとって感涙物の食材、そして刀のような「リーンソード」そして何より街を歩く人々の特徴だ。黒髪に和服、これはやはりあの愉快な神が日本を真似て創造した土地なのでは無いかと推測してしまう。
神は異世界の俺をこの世界に召喚したわけだが、コネも何も無い見知らぬ世界からそこの神様の許可無く召喚するなどあり得ないと思うのだ。であれば、元々日本の神と仲良くするレベルで遊びに来ていた神がその影響を受け、この世界を創造し、満足しきった後良いタイミングで死んだ俺を召喚したのでは無いかと勘ぐってしまう。
いつか機会があったらその辺聞いてみないとな。
どこか中世ヨーロッパの面影がある大陸に住んでいる乙女軍団にとってはこの国は未知の文化に溢れた魅力的な場所に映ったらしい。
食べ物は勿論のこと、腹ごなしで店に寄る度目をキラキラさせながら何かしら買っていた。それなりに資金はあるので多少の買い物は問題ないのだが、なんだか「ああ、女子の買い物ってこんなだよなあ」と前世の記憶が蘇ってしまう。
「ほらほら!カイザーさん見て下さい!綺麗な串が売ってますよ!食べ物を刺すなんて勿体ないですよねこれ」
キラキラとした顔でレニーが手に持っているのは串では無く簪だ。
「それは串じゃ無い、この国でそう呼ぶかは分らないけど、「カンザシ」と言う物で髪をとめる道具だよ。すいません、これためして良いですか?」
「えっ……あ、ああ、は、はははい」
しまった。つい気が緩んで普通に話しかけてしまった。お人形さんのふりをしていたのだが、何だか旅行気分でナチュラルに声を出してしまったよ……。
店員のお姉さんが目を白黒させて俺をじろじろ見ているが、今更どうにもならんので許可も得たことだしレニーの髪をまとめて差してやる。
……この娘は髪が長くないから難しいな……。
レニーになんとかつけてあげようと頑張ったが、流石に無理があったのでミシェルを呼んでそちらで改めて実演をする。うん、ミシェルの髪の長さなら良い感じになるな。
ミシェルの髪の色に赤い椿のような花がよく似合う。
「まあ!なんて素敵なんでしょう!有難うございます、カイザーさん」
「はわー、お客さん異国?いや、人間であるかすらちょっと分らないのに凄いでござるな。何処で使い方を知ったのですか?」
お姉さんまでござる口調なのがちょっと面白いが、笑うわけには行かない。
「見ての通り自分はちょっと変わった素性でね。昔住んでた場所で見たとだけ言っておくよ」
と、レニーがなんだが悲しげな顔をして居る。ボーイッシュな髪型は可愛いと思うけど、それじゃ簪は難しいからな……と、いいのがあるじゃ無いか。
挟んで止めるタイプの可愛らしい髪留めも売っていたので、それを買ってレニーにつけてあげた。
しだれ桜のような白い花が5本連なって付いている髪留めで、レニーの髪によく似合う。
意外なことにこの手の物に興味が無いと思っていたマシューが遠巻きにチラチラと俺を見ている。
棚を見るとタンポポのような大きめの花が二つついた髪留めがあったので、それも買ってマシューにつけてあげた。
「へ、へえー。あたいこう言うの興味ないけどこれはちょっと良いかなって思うよ。ふーん」
素直じゃ無いけど可愛い奴だ。マシューは元気で食いしん坊でガサツだなって思う事が多いけれど、きちんと女の子なのはよく知っているぞ。ああ見えて遠慮がちなところがあるからこう言うときちょっと引いて見てるんだよな。
だからこう言うときは少々強引に買ってあげないといけない…………ってスミレ近いな。
いつの間にかレニーの肩から飛び立って無言で俺に迫るスミレが居た。店のお姉さんもまた、そんなスミレに気づいて居たが今更妖精めいたのが1匹増えたところでもう驚かないようである。
「お姉さん、小さめの髪留め売ってないかな?この子につけてあげたいんだけどさ」
「うーん、そこまでちっこいとねえ……あ、待っていいのがあるでござるよ」
そう言って奥に引っ込んだお姉さんは暫くゴソゴソとしていたが、やがて何かを持って戻ってきた。
「これは束にして髪留めにつける部品なんだけど、あんた達なら丁度良いと思うよ」
そう言って手のひらに載せて見せてくれたのは色違いの、かすみ草サイズの花だった。
それを一つ受け取って簪のようにスミレに差してやると丁度良い具合だった。
鑑の前に移動したスミレはポーズを変えながら満足そうにしている。
「おー、可愛いじゃ無いスミレ。レニーとお揃いだし、やっぱ紫には白が映えるよね-」
なんて油断していたらお姉さんの影が忍び寄っていた。
「ほらほら、あんたもつけるでござるよ。女子は皆お洒落しないとねえ」
そう言われ、何だか戸惑っているとスミレが素早くつけてしまった。
「うん、似合ってますよ、カイザー」
笑顔で言われてしまってはかなわない。
店員さんを驚かせてしまったけど、店を出る頃にはすっかり仲良くなって「また来てよお、おおきにねー」と笑顔でお見送りしてくれた。良い店だなあ、帰る前にまた寄ろう。マリエーラさんのお土産に良さそうだしね。
その調子であちこち店を見て回っていると、だんだんに良い時間になってきた。「そろそろ宿に戻ってシグレを待ってよっか」と皆に伝える自分をスミレが変な顔で見ている。
「どうしたの?そんな顔で見てさ」
「カイザー……、その身体に慣れきってませんか……?その、口調が……」
「うっ……」
どうやら知らず知らずのうちに自分……いや、俺まで乙女軍団に浸かりかけていたようだ。
……気をつけねば。




