第百七十七話 リーンバイル直前
エイスケを見送り、ブリッジに戻ると乙女軍団に取り囲まれた。
何か興奮気味で、かつ少々怒っているようだが何があったのだろう。
「カイザーさん!なんですかあの子!」
「あ、あの子?」
「シグレと一緒に歌ってたあの魔獣だよ!」
「ああ、あれはシグレの知り合いらしくてな、音で伝言を……」
「行く前にそんな話をしてましたし、見ていたから知っていますわ!そうではなく、どうしてそんな素敵な方を何故紹介して下さらなかったんですの!」
「ええ……」
そう言えば危険回避のためここに集合させ、待機させたまま様子を見に行ったのだったな。
彼女たちの様子を見るに安全確認後、下に呼ぶのが正解だったのだろうけど……忘れていたのだから仕方が無い。
「うむ、なんだ。ここから島までまだ距離があるだろう?だからなるべく直ぐに帰して、あちらでゆっくり休ませたかったんだよ。うん。明日の夜もまた来るらしいからな。明日は島の目と鼻の先だし、明日はお前達も挨拶をしたらどうだ?」
「……なんだか誤魔化してる感じですよね、カイザーさん。口調もですが、顔とかそのソワソワとした動きとか……」
ぐぬ、参ったな。この身体は嘘がつきにくい。まあ、しかし半分は本当のことを言っているのだからいいじゃないか。
「誤魔化しているわけじゃ無いぞ、レニーだってあの可愛いエイスケと直接会えば早く帰して休ませてあげたいって思うはずだし」
「その可愛いのに会えなかったから私達は怒ってますのよー!」
火に油を注いでしまった……。遅れて戻ってきたシグレの協力でなんとか宥めることが出来たが、まったく明日また会えると言っているのに聞き分けが無い連中だ。
……普段より聞き分けが無いような気がするのだが、それはやはりこの身体だと説得力が無いというか、なめられやすいとかそういう感じなのだろうか……。
そんな俺をニヤニヤと見守るスミレに気づく。そうやって笑ってるお前も大分感情が読み取りやすくなってるんだからな。俺のことを笑ってられんぞ。
◆◇◆
翌朝も良く晴れ、海鳥の声で目を覚ました乙女軍団がワラワラとおうちから現れる。
柵に腰掛け海を眺めている俺を見つけると、口々に「おはようございます」と挨拶をして順番にシャワールームに消えていった。
今まではそんな様子を上から見下ろしていたわけだから何だかとても新鮮だ。
なんというか、漸く異世界で生活での生活が始まった感があるというか、今までより異世界に入り込めた感じがするというか、そんな不思議な気持ちになる。
好き好んで大きな合体ロボに転生したのは自分だが、やはり何だかんだ言ってこの義体も良いものだな。流石に元の自分に近い義体が欲しいとは思わんが、フィギュアサイズの身体は素晴らしい。
しかし、この身体にも欠点はある。しかも今現在リアルタイムでその欠点をひしひしと感じている。
ロボボディの時は勿論、人間だった頃にも特にどうとも思わなかった海鳥。
先ほどから連中に狙われている……。
ちょんちょんとデッキを跳ねながら距離を詰めてくるその動き。人間だった頃はお菓子や弁当を護ればそれで済んでいたが、この身体になった今は我が身を護らねばならない。
シャワーを終えたレニーが簡易浴場から出てきたので助けを求める。
「おーいレニー!助けてくれー!」
優しいレニーは直ぐに向ってきてくれた。
「どうしたんですか、カイザーさん!敵ですか?」
「ああ、ある意味敵だ。さっきから海鳥達が俺を狙って取り囲むんだ!」
「……ッ!」
顔を背けて口に手を当て、小刻みに震えるレニー。……おいおい笑ってるんじゃ無いだろうな?
「レニー?」
「ひゃい……と、鳥って……カイザーさん鳥って……」
「いやいや!笑ってる場合じゃ無い!この身体はまずいぞ!連中からすれば餌にしか見えんらしい!」
「あはははは!」
「笑い事じゃ無い!頼むから俺を持ってブリッジなりおうちなりに連れて行ってくれー!」
そして笑いながら俺を抱っこしておうちに連れて行くレニーを見たマシューにさらに笑われてしまい、改めてこの身体の欠点をシミジミと噛みしめた。
やはりこの身体はなめられる!
◆◇◆
その後は特に問題らしい問題も無く予定通り野営ポイントに到着した。
遠目に見えていたリーンバイルは近くによると思った以上に大きな島であることがわかる。
島単体で国があるくらいなのだから当然なのだろうが、前に見せて貰ったざっくりとした地図ではせいぜい王家の森程度くらいに描かれていたから小さく見積もってしまっていたのだ。
正確に測量をしたわけではないが、恐らくは王家の森2つ分は有るのでは無いかと思う。
おうちをだし、野営の用意が出来たところでスミレからエイスケ反応を伝えられる。
後でごねられるのも嫌なので、乙女軍団を呼び寄せ、全員でエイスケを迎えた。
イルカはやはり女子受けするのだろうな。乙女軍団達はすっかり虜になり、頭を撫でたりヒレと握手をしたりキャッキャとはしゃいでいる。
そんな彼女たちをシグレは不思議そうに眺めている。
「レニー殿達はエイスケの何がそこまで気に入ったのでしょうか」
「シグレはエイスケを昔から同胞と思って見ているのだろうけど、レニー達にとっては賢く可愛い動物にしか見えないのだろうさ」
「ううむ、ああ、子馬のカイザー殿のような具合ですな」
「認めたくは無いが、そういう事だな」
その後、ようやく満足した乙女軍団から解放されたエイスケはシグレに昨日の返事を返す。
「ええと、明日はこのままここで待機して欲しいとのこと。船でやってくる使いが改めてレニー殿達と話、その後どうするか決めるそうです」
「まあそうだろうな。いきなり機兵でやってきて入れてくれと言うのも無理な話だ。そもそも着陸しても怒られない場所を聞いておかないとトラブルの元になるだろうからなあ」
「気の良い連中ばかりですが、滅多に島外から人が来ることはありませんからな。慎重な態度は許して貰えると助かります」
「ああ、分っているさ。明日はよろしく頼むな」
「はい、ではその様に伝えます……」
「どうした?じっと見て」
「あ、いやその姿でもカイザー殿はカイザー殿なんだなあと。可愛らしい見た目でもきちんとして居て、いや、当たり前なのですが、なんというか、カイザー殿は凄いです!」
「お、おう。そうか?ありがとう?」
「はい!では、エイスケに伝えてきますね」
そういってシグレはエイスケの元へ向い、笛を取り出して不思議な旋律を奏で始めた。
沈む夕陽に照らされる海面と相まってなんだか幻想的な雰囲気だ。
明日はいよいよ上陸……できるといいなあ。




