第百七十六話 カイザー、スープに感動
乙女軍団が遠巻きに何か相談をしている。
この状況を作り出した原因は分っている。俺の姿だ。
男性型のカイザーから突然女性型に変化して現われたものだから扱いに困っているのだろう。
暫くすると、乙女軍団会議が終わったのかゾロゾロとこちらにやってきた。
「え、えっとカイザーさん?であってますよね?」
「ああ、あっているも何も俺は俺だ」
「スミレが一緒なんだから疑いようは無いけどさ、なんでまたそんな身体に」
「スミレに聞いてくれ」
「貴方がカイザー殿であるなら、この船は今どうなっているのですか?」
「俺の身体はそのままに中身だけこちらに来ている……っていうかそれは馬の時点で突っ込んでくれ」
「反応や口調からするとカイザーさんで間違いなさそうですわね……」
「だから俺だと言っているだろう。見た目は言うな!俺は知らん!ただ、飯を食える身体をスミレが用意してくれた、それだけだよ」
それだけだでは済まされない、俺もそれは分っているから言うな……。
取りあえずこの身体を使うのは食事の時や、やむを得ない事情がある時のみだと言うことを告げておく。
"元の身体"に近いのはこちらだが、それでも今はロボの身体こそが本体だと思っているし、なによりいくらパイロットが乗っているとは言え、不測の事態に備えいつでも俺が動けるようになっていないと不味いからな。
「と言うわけで、今日から俺も飯を食うから俺の分も頼むぞ。……マシューそんな顔をするな……。この身体じゃそこまで分け前を減らすことは無いから……」
そこまで露骨に嫌そうな顔を出来るだなんてあれはもう一種の才能だな。
「はい、ご飯が出来ましたよー。今日はカイザーさんも食べると言うことで、少し特別製です」
スミレ用の予備の食器に俺の分も盛られている。エビベースの魚介スープに鹿の肉のステーキ、白パンにサラダ。
中々豪勢な食事だな。レニーによれば、俺のために魚から鹿肉に変えてくれたらしい。俺は魚でも構わなかったのだが、パインウィードで物欲しそうな顔をして居たのを思いだしたんだと。
……あれはシカと言うより酒を飲みたかっただけなんだが。
ともあれ!
「いただきます!」
まず魚介のスープを一口飲む……旨すぎる……。エビの出汁がとか、貝類の旨味がとかそう言う理屈じゃなくて、この世界に来て始めての食事だ。
体感的にはそこまででは無いが、純粋な経過時間で言えば5800年ぶりの食事である。嬉しくないわけが無い。
「旨いなあ……美味しいなあ……」
「うわ、カイザーが食いながら泣いてる……」
「マシュー、そういう事は言わないものですわ」
「余程食べたかったんだね……」
「カイザー殿……」
こいつらは元々俺が人間であると言うことを知らないから、始めて人の食事というものに触れた感動とでも思っているのかもしれないな。
「異世界の」と付けば強ち間違いでは無いのだが。
しかし、こちらの世界の食事もあまり変わりが無いな。この手の異世界お約束である「人々は旨いと思って食べているものが凄まじく味気ない」などと言うことは無い。それもこれもウロボロス達が異世界知識チートで改革をしてくれていたおかげなんだろうけど、こうなる前の味も見てみたかったな。
しばしの間、久しぶりの食事を堪能し食後のデザートを食べながらのガールズトークタイムに突入した。
……この身体は女性型だからな。ガールズトークと言ってしまっても差し支えは無い筈だ。
とは言え、別に何か華がある話が出るわけでは無い。どこそこの街の何が旨いとか、あのパーツが欲しいとか、聞いていて心配になる話題ばかりだ。
デザートも片付き、未だ続いている汗臭いガールズトークを難しい顔で聞いていると矛先が俺に向けられた。
「所で、カイザーさんはその身体に違和感を覚えないのでしょうか?その……、あまりにも自然すぎると言いますか、特に戸惑いを持たず過されていると言いますか……」
「あたいもそれは思ったな。そんな無駄にデカいの二つくくりつけてんのにさ、特に気にもせず動いてるなんておかしいぞ」
二人は同じ所を話題にして居るように見せかけて、全く違う所を話しているのでは無かろうか。まあ、元々人間だったわけだから身体の造りというか、動かし方については特に違和感が無いし、デカいのについても……いや、こんなデカいのがついていたわけではないが、人間である以上同じものはついていたわけだからな……。
なんと答えたら良い物か、反応に困っていると都合が良く、本当に都合が良くウロボロスから緊急連絡が入った。
『カイザー、機影1。あまり大きくは無いが真っ直ぐこちらに向ってきているよ』
『Unknownは海中、サイズは推測2mと言ったところね』
「む、すまんが女子会はここまでだ。ウロボロスが何か反応を捉えたらしい。みんな、ブリッジに行くぞ」
念のため、船上に展開していたおうちや野営道具をそっくりバックパックに収納しブリッジに向う。
コンパネに置かれている馬に寄り添うように座り、AIを本体に移す。
パイロット達もコクピットに収まり機影の接触に備える。
「Unknownまもなく当機に接触します……3,2,1……左舷に接岸しました」
カメラを向けると何かヒレの様な物が水面から見えている。あれはなんだ……サメ型の魔獣か?
パイロット達にも見えるようにモニタに拡大表示をしてやるとシグレがそれに反応した。
「む、あれは……もしやエイ助では……」
「エイスケ?ガア助と同類の仲間か?」
「ええ、カイザー殿、様子を見てきてよろしいでしょうか?」
「ああ、許可する。だが、違うようなら直ぐにこちらに戻れ」
「はい、わかりました!}
そう言うやいなや素早くコクピットを抜け駆け下りていくシグレ。
間もなくUnknownの元にたどり着いてしまう。本当に忍者みたいな奴だな……。
シグレが近づくと、それは海面から顔を出し、船上に両ヒレをおいてシグレに顔を擦りつけていた。それをにこやかに受け入れ、頭を撫でている事から、あれがエイスケとやらであることは確かなのだろう。
「ちょっと様子を見てくる」
義体にAIを移し、シグレの元に舞い降りる。
「その様子からすると、エイスケで間違い無いのか、これは」
「わっ!びっくりした。脅かさないで下さい、カイザー殿。ええ、エイ助で間違い有りません。イルカ型の魔獣で、我々の仕事を手伝う同胞なのですよ」
聞けば、この魔獣はリーンバイル近海に多く生息する魔獣で、心穏やかで知能が高く、海に住む隣人として仲良くしているらしい。
中でもこのエイ助はより賢く、漁や任務で海に出ている物との連絡を担うメッセンジャーと言う事だった。
リーンバイルの人は伝書鳩のような物を使うという話は前に聞いたが、イルカの魔獣まで使うとは驚いたな。
「それで、エイスケが来たと言うことは……」
「はい、リーンバイルが我々の接近に気づいた、そしてリーンバイルの者が乗っているとわかって居ると言う事になりますね」
しかし、メッセンジャーという割には手紙をつけるような装備をしているわけでは無い。それが気になってシグレに聞くと、よくぞ聞いてくれたとばかりに答えてくれた。
「エイ助には手紙は要らぬのですよ。実際に見せた方が良いですな。エイ助、頼みますよ」
シグレに頭を撫でられたエイスケは短く鳴き声を上げると、一拍おいてから静かに歌い始めた。
キュイキュイと何処か優しげなメロディーを聞きながらシグレが筆を走らせている。
全て書き終わると、何度か頷いた後それを見せてくれた。
『ソノフネ ドウホウ ノ モノ ト ミエル ジョウイン ト モクテキ ノ ホウコク ヲ モトム』
「成程、歌が暗号になっているのか」
「ご明察!では、返信しようと思いますが、文面はこれで良いでしょうか?」
俺が読んでいる間に書いたのか、短い返信が書かれたメモ帳を見せる。
『ワレ シグレ ゼンイン デ 4メイ ウチ1メイ ルストニア ノ ヒメ アス マタ レンラク コウ』
ルストニアの姫か。かつての盟友だと言うことだし、この情報は開示するのが良いだろうな。
明日接岸前の最後の野営をとるから、そこでまた連絡がくると。
「良いんじゃ無いかな」
「ですか。では、このまま送りますね」
さて、どうやって返信するのか見物だな。まさかシグレがあの声を出すのか?なんて考えていたら懐から横笛を取り出し、音を奏で始めた。
その音はイルカの声に似た物で、耳に心地良い高音。先ほどとはメロディは違うが、優しげな旋律が奏でられ、それが止むとエイスケが短く2回「キュキュ」と鳴き、片手を上げて海に戻っていった。
「ありがとうシグレ。あれでメッセージが伝わったんだな」
「ええ、エイスケは泳ぐのが速いですからな。朝になる前には到着するでしょう」
それは本当に速いな……。飛んでいる俺達より速度が出ているのは間違い無い。
海中戦も出来なくは無いのだが、不利であることには変わりは無い。
ただただエイスケが友好的であることを嬉しく思った。




