第百七十三話 海上の野営
海上ベースとなった俺の上を恐る恐る乙女軍団が歩いている。
この形状になってしまうと視界はブリッジに付けられたメインカメラ頼りになるため、やや不便に思う。
「広ーーーい……けど、広くないですね」
「俺達の元の大きさを考えてくれ……」
海上ベースと言う名前がついているこの形態だが、流石に質量を無視した変形はアニメ設定でも許されていなかったようだ。
そもそも、玩具の展開を増やすため無理矢理詰め込まれた設定だろうと言われている形態だ。そこまでこった作りにはなっていない。
それでも、”おうち”を一つ置く程度なら可能なので、各自のおうちを毎日交代で出し、集まって過すことに決めたようだ。
本日俺の上に置かれているのがレニーのおうち。流石にベッドを4つ出してしまうと狭くなるため2つのベッドをくっつけてみんなで仲良く眠るらしい。
なんとも微笑ましい限り。
「ほらほら、おうちの用意はもう良いだろ。ここは海上、夜は何がおこるかわからん。今のうちに食事の用意をした方が良い」
「はあい」
気の抜けた返事をレニーが返し、ぞろぞろとおうちから現れる。
流石に俺達の上で火を焚かれちゃかなわんので、収納して置いた魔導コンロを使って貰う。魔石を燃料に熱を発生させるこれを使えば俺が焦げる心配も無いからな。
「……この姿だと何処から見てるか分らないので少々不気味ですね、カイザー」
「なっ、酷い事を言う奴だなスミレは」
「そうは言われましても、せめて顔でも生えていればもう少しマシだったと思いますよ」
「それこそ不気味だろ……円形の浮遊物から生えている顔……いや、そう言うロボットも居るけどさ。
そもそも、俺にはこの身体しか無いんだからしょうがないだろう?」
「そうですね、カイザーに可愛そうなことを言ってしまいました。では、自由に動ける私が代わりに皆を監督しますね」
「ぐっ……今日のスミレは意地悪だな!」
海の開放感がそうさせるのか、スミレのノリがやたら良い、と言うか意地悪になっているというか。人間らしさがさらに増して煽りスキルがレベルアップしてるんじゃ無いかと疑ってしまう。
っと、早め点灯しておくか。
この形態になるとスポットライトを照らすことが出来る。ロボ形態であっても肩や胸からライトを照射することは出来るのだが、この形態だと街灯のように見えるな。
ただし、まだ大陸に近い場所から出られていない。ヘビラド半島と本島の中間地点よりやや大陸よりといった具合の場所なので、漁船から見られる可能性がある。
なのでライトは控えめに点灯し、あまり目立たないようにしてある。
それでもおうちと併設して置かれている風呂やトイレ周辺はきちんと照らされているので、変なことをしない限りは海に落ちると言うことは無いだろうと思う。
が、一応念を押しておくか……。
「言うまでも無いが、海に落ちないようにな」
「落ちるつもりは無いけどさ、落ちても直ぐにあがってこれるんじゃないか?」
「海をなめない方が良いぞ。停止しているように見えるが、これは流されないように俺達が様々な装備を使って現在地を維持しているおかげだ。落ちた瞬間ここから離されてしまったり、手が滑って登れなくなったりするかも知れない。増して、夜の海は暗くて人の目には見えにくい。この形態の俺達は何かあっても直ぐには動けない。くれぐれも注意するように」
「海の魔獣ってのもいるんだもんね、うん、気をつけないと」
一応気持ち程度の柵はついているのだが、腰の高さくらいまでしかないため、油断をしているとそのまま乗り越えて落ちてしまうこともある。
それにレニーも言っているが魔獣の存在もあるからな。一応索敵は欠かさずやっているが、海の魔獣と戦った事が無い以上なんにせよ油断は出来ない。
「ま、落ちないよう気をつけてくれたらそれでいい。早めに風呂に入って今はゆっくりと海の上を楽しむといい」
俺の話が終わると、乙女軍団は再びわいわいと食事に取りかかり、それが済むとさっさと風呂に入って律儀に海を眺めていた。
言った俺が言うのもなんだが、夜の海は大して面白くないだろうに……。
案の定、早めに飽きたようでゾロゾロとおうちに戻っていった。
声から察するにシャインカイザーのアニメ考察をしているようだ。
くそう、俺も混じりたい……。
スミレもさり気なく姿を消しているようだし、きっと連中に混じっているに違いない。
はあ、ほんとズルいAIだよ。
◆◇◆
そして俺達は旅立ってから3日目の野営を迎えた。
着陸前に上昇して確認すると、遠くにそこそこ大きな島が確認できた。シグレに聞けば、やはりそれはリーンバイルだという。とうとうリーンバイルに手が届きそうな場所までやってきた。
明日には到着……と、行きたいところだが無理をして事故を起こすのも嫌なので、明日はリーンバイル沖合で一泊をし、その翌日リーンバイル入りする事に決めた。
海上の野営も既に3日目。慣れた様子で食事の用意を始めたレニー達を見守っていたスミレがブリッジに飛んできた。
「どうしたんだ?あいつらと一緒じゃ無くていいのかい?」
「何時までもここから見ているのは暇かと思いまして」
「まあね。オルトロス達はこの形態の時は大人しくなっちゃうし暇と言えば暇だよ」
「私達も雫と竜也のように並んで海を見ませんか?」
「シャインカイザー5話、雫と握手を交わして共に戦うと誓う熱いシーンの再現か!」
「……そうなんですが、そうじゃなくて……はあ……」
「何ため息をついてるんだ。まあ、そうは言っても俺はここから動けないからな……ああ、そうか。ここで一緒に海を見ると言いたいわけか」
「何を言ってるんですかカイザーは。海を見るならもう少し近い所が楽しいに決まってます。ほら、今丁度夕焼けが綺麗ですよ。行きましょう、カイザー」
「お、おい……そうは言うが、動けないって……」
「しょうがないカイザーですねえ。これに入れば動けますよ」
「これは……俺の義体か……?」
「はい、どうですか?素敵ですよね。さあ、早く接続の許可を出して下さい!リモートでいけますので!」
「そうは言われても……これは……」
スミレが出したのは小さなユニコーン型のぬいぐるみのような義体だった。




