第百六十四話 ショッピング
詰め所から門を抜けると潮の香りが強くなった。
内湾の街であるルナーサとはまた違う香りだ。
ルナーサの香りはもう少し濃い香りで、ほのかに海草の香りが混じる。
それに対してイーヘイで感じられる潮の香りはあっさり目なのだが、それに加えて機械油の匂いが混じっている。
ハンターズギルドの総本山と言う事もあり、街には多数のハンターや機兵がうろついている。
そのためなのか、機械油の匂いがツンと鼻に感じられるらしい。
「これだよ、これ!うんうん、いいねえ。油の匂いだ」
「おお、マシューもわかる?いいよねえ!機兵の香りだよ!」
「……言われてみればそんな香りもしますが……マシューは兎も角、レニー鼻がいいですのね」
レニーとマシューはコクピットを開けたまま深呼吸をしつつ歩いている。
海とハンターの街の空気を全身で堪能したいということらしい。
門から直ぐの所に何件か機兵工房が立ち並んでいた。
これは恐らく、外から戻った機兵を直ぐに修理出来るようにとの配慮では無いかと思う。
町の中央に見える大きな建物、ギルド本部に向う大きな道の両脇にそれがずっと続いている。
それが終わると今度は宿屋街だ。
ずらりと宿屋が建ち並ぶ姿は宿場街リバウッドを思い出す。
店の前には店員が立って愛想を振りまきながら客引きをしている。
「あ、浜風の唄ですよ。先にチェックインしちゃいましょう」
「マーベス隊長がお勧めしていたところだな。ミシェル、頼めるかい?」
「任せて下さいまし」
こう言う時はミシェルが活躍する。
宿に限らず、金銭が発生する場をミシェルに任せるとスムーズに事が進むため重宝するのだ。
多くの場合、何かしらおまけが付いたり、待遇が良かったりするのだが、店主も特に嫌な顔をして居ないことから双方に損が無い範囲で良い取引をしているのだろうな。
こういう時はやはり商人スキル様々だな。
「チェックインしてきましたわ。機兵置き場は宿の裏で、夕食は20時までに食堂にとのことでした。
観光してから改めて来ると伝えてきましたので、まずはゆっくり街をみましょう」
さて、通常の街であればこのまま機兵置き場に向い、そこで俺達はパイロットと別れて待機することとなる……が、イーヘイはギルド本部があるというだけあり、機兵乗りが行動しやすい街作りがされている。
広く作られた道、機兵のまま買い物が出来る仕組みの屋台……所謂ドライブスルー。
そして武器屋も機兵向けの店は乗ったまま入り、試着する事も可能と言うことだ。
「なんて素晴らしい街なんでしょう!」
レニーは終始目をキラキラとさせながらコクピットで興奮している。
多数の機兵が街を歩いている訳なので、時折衝突事故……というか、肩がぶつかることもあるが大きな喧嘩には発展しない。
それは防衛軍の基地があり、街には多数の兵士が巡回しているからだろう。
他の町では殆ど見かけることが無い防衛軍の兵士達がこの街には多数うろついている。
巡回している兵士もいれば、食事等の私用で歩いている者も居てとても悪さをする気にはなれない。
「しかし、何故他の町には兵士がいないのだろうな?彼らがいれば治安も良くなるだろうに」
「それはギルドがハンター達に自治を委ねているからだね。
イーヘイに居る軍はあくまでも外国から国を護るためのもので、トリバのいざこざに対応するものじゃ無いんだ」
「自由を愛するハンター主導の国らしい考え方ですわね。私も其れはいいことだと思います。
ただ……恐らく先の騒動、黒騎士の件で北西の街ザイークや北部に位置するフォレムにも軍が駐屯するようになるのでは無いかと思いますわ」
「そうだろうね、今まで誰も来ないだろうと思っていた北部から乗り込まれたんだから」
レニーが珍しく難しい話を始めたものだからスミレが微妙な顔をしている。
義体を作ってからどんどん人間臭さが増しているよなあこいつ。
「カイザー、あのお店入ってみましょう。面白そうですよ」
スミレが指差す先には機兵向けの武器屋があった。
俺のサイズに合わせて言えば小さめの店舗だが、人のスケールで考えるとやたらでかい倉庫のような建物である。
この店もまた機兵のまま入れる大型店舗で、中では何機か機兵が武器を物色していた。
「いらっしゃい、武器は好きに触っていいが、くれぐれもぶん回すなよ。店が壊れちまう」
小型の機兵に乗った髭面の店主が俺達を迎えるが、所謂人形の俺達を見ても特に驚く様子もない。
軍機が歩くこの街ではさほど珍しい型ではないだろうからな。
それに、近年軍機のような人形機兵もイーヘイでは作られているようで、民間機にも多くはないが存在しているらしい。
声を出さなければジロジロと見られること無く普通に活動出来るというわけだ。
店内に置かれている武器は剣やハンマーなどの近接武器が目立つが、銃火器も少量ではあるが置いてあるようだ。
『この世界の銃は魔導炉を使って爆裂魔法を発動させることで弾を撃ち出しているだろう?』
『そうですね、ここに売っているのもパインウィードで使われているものと同様の仕組みのようです』
『魔導炉を輝力炉に改造することは出来るのかい?』
『つまり、魔石やエーテリンの補充に頼らず使えるようにしたいということですか?』
『そういうことだね、出来る?』
『この身体に何が収まってるとおもってるんですか?輝力炉ですよ。
私にかかれば出来ないことはあんまりありませんよ』
『出来るのか!よし、一丁買っていこう!』
通信チャンネルをパイロット全体に切り替え、情報を共有する。
「というわけで、ライフルを1丁買おうと思うのだが……ミシェル、任せていいかな」
「ええ、任せてくださいな。スミレさん、現在のブレイブシャインの財政状況はどうなっていますか?」
「依頼報酬や素材の換金、そしてルストニア家からの援助の合計残金は白金貨2枚と金貨82枚銀貨48枚、以下略ですね」
「ありがとうございます。もう少し余裕を持たせたいところですが、問題は無いですね。では、ちょっと店主とお話してきますわ」
この二人が居ればお財布事情は安泰だな。
間もなく、店主とミシェルがやり合う声が聞こえてくる。
「そこのマクスウェル3式か?そうだなあ、15金貨ってとこだな」
「あら?マクスウェルで金貨10枚も取りますの?シーザーならわかりますがマクスウェルで?」
「あん?馬鹿言うな、2式ならわかるが3式だぞ?それに10枚じゃなくて15枚だ」
「ルナーサですら最近マクスウェル4式が売られ始めてますのよ?機兵の最先端であるイーヘイであれば3式は型落ちもいいところではありませんこと?」
「ぐ、それを言われるとな……じゃあ、12枚でいいよ、それ以上はまけられねえ」
「冗談ですわよね?先程も言いましたが、最近はシーザーの人気に押されマクスウェルはあまり数が出ませんのよ?そのマクスウェルの型落ちを金貨12枚とは……本場のお店でこれですの?」
「なにもんだよお嬢ちゃんよお!あーもう、じゃあ11枚だ!」
「それは勿論、銃弾込みでのお値段ですわよね?」
「ちくしょう!わかったよ!それでいいよ!」
「あら、ありがとうございます♪ ではマクスウェル3式とこの銃弾で金貨11枚、確かに」
「って、銃弾1箱じゃなくて4箱かよ!?……ああ、いいよ……売ってやるよ!」
「ふふ、ありがとうございますの。ルナーサにお越しの際は是非こちらを尋ねてくださいね。
母がやっているお店ですので、悪いようにはしませんわ」
コクピットを店主に近づけ、ミシェルが懐から名刺の様なものを取り出し、店主に手渡している。
それをしげしげと見ていたが店主だったが、直ぐに顔色を変えてミシェルに向き直る。
「おいおい……母って……なるほど、敵わねえわけだよなあ。かあ、勉強させてもらったよ、ルストニアの嬢ちゃん!」
「うふふ、女子供だと馬鹿にせず正々堂々と勝負をして下さった貴方なら良いお付き合いができそうですし、本当に当商会を尋ねてくださいね。トリバの武器は人気がありますし、ルナーサにも良い素材はありますので」
「ああ、近いうち行かせてもらうよ!」
収支的にはとんとんどころか赤字なのかもしれないが、ルストニア商会とパイプが出来たことにより店主はニコニコと嬉しそうにしている。
……ミシェル本当に恐ろしい子……。




