第百六十三話 イーヘイ
「ふぁあ……イーヘイが見えてきたなあ」
「そうだねえ、うわあおっきなまちだなあ」
「私もここは初めてです……ふわあ……」
「私は以前空から……ふあぁ……」
パイロット達が皆眠そうである。
どうやら昨夜はあれから遅い時間まで真・勇者シャインカイザーについて語っていたらしい。
なんとも羨ましい話で、俺もいつか混ざりたいと思うが下手に口を挟むとウザがられそうなのが悲しいところ。
『カイザーってこれの話になると急に』
『マシューやめてあげて』
なんて言われかねん。
それは置いといて、現在我々はイーヘイの北大門に連なる行列に並んでいる。
トリバの首都で在り、ルナーサ同様大きな漁港を持つイーヘイは多くの商人が集まる。
そしてハンターズギルドの本部があると言う事で、ハンター達にとってはフォレムに並ぶ大切な街だ。
このウンザリするような行列は頷けてしまう。
今回ばかりはミシェルの顔で別口からと言うわけには行かないため、入場者相手の屋台で買い食いをしながらノンビリと待っているところだ。
石造りの大きな壁に囲まれたこの街は一体どれくらいかかって作り上げたのだろう。
スミレによれば、この壁は魔獣避けのためだと言うことなので、新機兵文明後に作られた物だろうが、機兵を使っていたとしても中々大変な工事だったのでは無いかと思う。
転生前に日本で大きな防波堤を作っているのを見たことがあるが、あれもかなりの年数をかけて作っていたからな。
日本のように基準にうるさくなくて、サクサク作れるのかも知れないが街の半分を覆う壁はなかなかの労力だったと思う。
……屋台飯を食えないため、こうして見える範囲の情報で暇を潰しているが中々に飽きてきたな。
と、機兵が3機こちらに向ってくるのが見える。
レニーもそれに気づき、緊張した表情を作るが、今回我々はお客さんだ。
向こうにも通達は行っているはずなので、いきなり怒られるようなことは無いはず。
間もなく、俺達の前で停止した機兵、どことなく俺に似ている防衛軍機がコクピットを開きパイロットをが顔を出した。
「そちらの白い機兵はレニー・ヴァイオレット氏が乗るカイザーと見える。コクピットを開き顔をみせてくれまいか」
スミレがレニーにこくりと頷いてみせ、兵士に従うよう促す。
コクピットを開き、レニーがひょっこり顔を出すと兵士が驚いた顔を見せた。
「はい、ブレイブシャイン所属、リーダーのレニー・ヴァイオレットです。赤いのと紫のと黒いのはウチのパーティーメンバーです」
キリッとした顔でノンビリとした声を出すため緊張感は無いが、それなりにきちんと応対している。
それなりに、だが。
レニーは何かを思い出したかのようにタグを取りだし、前に差し出す。
兵士は機兵の距離をやや近づけると、何かの端末で離れた位置からそれを読み取っている。
「あ、ああ、うむ、確かにヴァイオレット殿で間違い無いな。突然失礼した。
貴殿達の事は聞いています。こちらへどうこう願いますか?」
ああ、よかった。これで行列から解放されるよ。
コクピットを閉め、兵士の後に続いて歩いて行く。
このまま門を通してくれるのか、と思ったがそうでは無かった。
どうやら俺達は門前の詰め所に連れてこられたらしい。
レニー達だけ中に入れられるのかと思えば、乗ったまま少々待っていて欲しいとのことで拍子抜けする。
詰め所脇にある機兵置き場で待っていると、銀色に赤いワンポイントが入った軍機がやってきた。
どうやら所謂上の者が応対してくれるようだな。
コクピットが開き、渋いヒゲを蓄えた男性が顔を出す。如何にも軍の強い人という雰囲気だ。
「始めましてブレイブシャインの皆さん。私はトリバ防衛軍 レッド小隊隊長のバルサー・マーベスです」
それを聞いて慌ててコクピットを開き、乙女軍団達も自己紹介をする。
「そうかしこまらず、楽にして下さい……それと、カイザー殿。貴方がたの話も伺っています。どうか、普段通りお話し下さい」
そういう事ならやりやすい。
「そうですか、私はカイザー、レニー・ヴァイオレットの乗る機兵であり、ブレイブシャインの司令官です」
「おお、報告は本当だったのですな……いえ、失礼しました。こちらとしても貴方のような存在はにわかには信じられず……」
「その事についてはこちらも重々承知なので、お気になさらず」
「カイザー、私の紹介もして下さい」
「ああ、彼女はスミレ、このパーティーの戦術担当者であり、私のパートナーです」
「ぬ……これは……妖精様……なのですか?」
スミレがコクピットから飛び出し、隊長の前でお辞儀をしてみせると引きつった顔をする。
やはりスミレはインパクトが強いよな……。
「いや、違う。俺と同じ存在で、極小の機兵と思って頂ければ……」
「なるほど……ああっと、こちらが思っていたより貴方がたの到着が速くてですな……。
現在大統領閣下の方に先触れを出し、予定を伺っているところなのですよ」
「なるほど、いやこちらこそすみませんでした、突然おしかけてしまって……」
「いえいえ、こちらの情報が不足していたからこその自体ですから……」
『……なんだか日本のサラリーマンみたいですよ、カイザー』
気分が壊れるからそんな事を言ってはいけない。
……たしかに言われてみればそんな感じだけれども……。
その後、他の僚機達も改めて自己紹介をし、それを見る度隊長は感心したような顔で頷いていた。
「いやはや、貴方がたのようなパーティーが未だ3級……いえ、2級に上がるのでしたか。
にしても勿体無い。1級はどころかA級こそ相応しかろうに……」
「いえいえ……。この子達はまだ幼いですからな。過ぎた評価は毒となります。
こつこつと成果を上げ、ゆっくりと生長してこそですよ。2級だって過ぎた物ですから」
「うむう、中々立派な司令官でいらっしゃる。うちの軍に貴方が居てくれれば助かりますぞ」
「ははは、機会があれば」
『カイザー』
「言うなスミレ、俺の記憶がこうさせるんだ……」
『いえ、そうではなくてどうやら街には入れそうですよ』
スミレに言われて前を見ればちょうど軍機が駆け込んで来たところだった。
「マーベス隊長!大統領閣下からの言伝をお預かりして参りました!」
「うむ、ご苦労!下がれ!」
「はっ!」
隊長は兵士から何か紙を受け取ると、それに目を通しこちらを向いた。
「お待たせしましたな、ブレイブシャイン!明日の正午、ハンターズギルド本部演習場にて待つとのことです!今日はこのままゆっくりとトリバの街を堪能して欲しいとのこと、確かにお伝え申した!」
「確かに承りました!」
「ちなみに宿は"浜風の唄”がお勧めです。ルストニア殿はルナーサで魚介を食べ飽きてらっしゃるとは思いますが、イーヘイの魚介も中々ですから是非食べ比べて見て下さい」
「ええ、私もイーヘイの魚介は商人として気になっていましたの。これが新たな縁となれば嬉しく思いますわ」
「ははは、ルナーサの将来も安泰のようですな。では、皆様お気をつけて」
再び兵士達に案内され、いよいよイーヘイの街に入ることとなった。
明日は取引先の社長と会うような気分になるはずだ。
今日はせめて目でだけでもイーヘイを楽しんでおこう。




